第111話

 セリーヌ団長を見送った後に、アーシャが走り寄ってきた。


「ソル兄!」


 その元気な声に振り返ると、そこには以前よりも一段と凛々しくなったアーシャの姿があった。


 一年ほど見なかっただけで、彼女は剣を持つ手つきも堂々としていて、女性として美しく、幼かった彼女とは違う何かを感じさせた。


「アーシャ、久しぶりだな」

「うん! ソル兄も元気そうで何より!」


 俺たちは自然に笑顔を交わし、しばらくの間言葉を交わすことなく、ただ懐かしさを感じていた。


 彼女が騎士団でどれだけの成長を遂げたかを見て、俺は本当に嬉しくなった。


「随分と頼もしくなったな。剣の腕前もさらに上がったんじゃないか?」

「まあね! ここの訓練は厳しいけど、その分すごく充実してるよ。私、もっと強くなりたいって思ってる」

「ちゃんと生活はできているのか?」


 アーシャは薄い胸を張りながら語る。その瞳には以前にはなかった強い意志が宿っていた。相変わらずボーイッシュな雰囲気に俺は安心感を覚える。


「当たり前じゃない! ここではみんなが本当に親切でね。セリーナさんも厳しいけど、すごく面倒見が良くて。ソル兄が心配するようなこと、何もないよ」


 俺は彼女の言葉を聞いて安心した。しかし、アーシャの表情には微妙な緊張が残っているのを見逃さなかった。


「でも、何か隠していることがあるんじゃないか? 昔から、隠し事が下手なところは変わってないな」


 アーシャは一瞬視線をそらし、少し動揺した様子を見せた。俺はその反応に確信を持った。


「何かあったんだろう? 俺には話せないことか? ここの人に言えなくて、幼馴染の兄貴になら言えるだろ?」

「うっ!」


 アーシャはしばらく沈黙した後、ついに口を開いた。


「実は……シンシアが王都に来ていたんだ」

「シンシアが?!」


 俺はその言葉に驚き、心の中で動揺を隠せなかった。シンシアは道化師として、そして希少属性ある時空属性として、指名手配されている身だ。


 それが王都に来ているとは。


 やっぱり俺と同じく目的は王家の墓ということか?


「でも、シンシアが騎士団に追われているみたいで、どこにいるのかは分からないの。だから、あんまり大っぴらに動けないんだ……」


 アーシャはシンシアを心配しているのだろう。

 その不安そうな言葉を続けた。


「騎士団の中でも彼女の話題はタブーになってる。でも、ソル兄になら言ってもいいと思って……」


 俺はアーシャの告白を受けて、状況の深刻さを改めて理解した。シンシアが王都にいるという事実は、俺たちにとって大きな転機となるだろう。


「分かった、アーシャ。ありがとう。シンシアのことは俺が何とかする」


 俺は彼女にそう告げ、次の行動を慎重に考え始めた。シンシアの居場所を探し出し、彼女が何をしているのか確かめる必要がある。


 俺はアーシャの様子をじっくりと見つめ、彼女の表情が少しだけ和らいだのを感じた。彼女が少しでも心の重荷を下ろせるならよかった。


「アーシャ、騎士団での生活はどうだ? さっきも言ってたけど、訓練は厳しいんだろう?」


 アーシャは頷きながら微笑んだ。


「うん、すごく厳しいよ。でも、その分だけ成長を実感できるんだ。毎日が充実してるって感じかな。最初は慣れるまで大変だったけど、今ではすっかりこの生活が自分に合ってるって思えるようになったんだ」


 彼女の声には、自信と誇りが感じられた。俺が知っているアーシャとは違う一面を見て、彼女がどれだけの努力を積み重ねてきたのかが伝わってきた。


「そうか。それにしても、こんな立派な場所で働いてるなんて、やっぱり凄いな。セリーナ団長からも信頼されてるみたいだし、みんなからも頼りにされてるんだろう?」


 アーシャは少し照れたように頬を赤らめた。


「うん、ありがたいことにね。最初は何もできなくて、何度も失敗したけど、みんなが支えてくれたおかげで今があるんだ。セリーナ団長もすごく面倒見が良くて、厳しいけどちゃんと見ていてくれる人だから、安心して自分を成長させられるの」

「セリーナ団長か……。さっきも会ったけど、確かにただ者じゃない感じがしたな」

「そうだね。団長は本当に強いし、騎士としても人間としても尊敬できる人だよ。私もいつか、彼女のような立派な騎士になりたいって思ってる。それに強いしね」


 アーシャの目には、真剣な決意が宿っていた。その姿を見て、俺は彼女の成長を嬉しく思うと同時に、少しの寂しさも感じていた。


 昔のように、ただ甘えてくれる存在ではなくなった彼女に、どこか遠くに行ってしまったような気がしていた。


「それにしても、ソル兄には感謝してるんだよ。昔からずっと見守ってくれて、支えてくれたおかげで、今の私があるんだと思う」

「そういうことを言えるようになっただけでも成長したな」


 アーシャはそう言って、俺の目を見つめてきた。その瞳には、彼女の成長と感謝が込められているように感じた。

 

 照れくさくなった俺は、アーシャの頭を乱暴に撫でた。


「うわっ!? ちょっとやめてよ」

「痛いところとかないか? 久しぶりに治してやるぞ」

「え〜どうしようかな?」

「うん? 何かあるのか?」

「いや、ここに来てから一つ不満があって、ソル兄にしてもらっていた時は回復魔法って気持ち良いと思ってたんだけど、あんまり気持ちよくないんだよね。むしろ、傷が治る時って痛いっていうか、気持ち悪いんだよ」


 治る時に気持ち悪い? 俺も自分以外の回復は受けたことはあるが、確かに治る時はなんだか痛みがある。


「ありがとう、ソル兄。今日はいいや。しばらくは王都にいるんでしょ?」

「ああ、また、冒険者として王都活動するつもりだ」

「なら、私もそのうちにソル兄に回復魔法を受けにいくよ」


 その言葉に、俺は胸が温かくなるのを感じた。彼女がこれほどまでに強く成長し、俺のことを気遣ってくれることが、何よりも嬉しかった。


「ありがとう、アーシャ。これからもお互い支え合っていこうな」


 俺たちは再び微笑み合い、しばらくの間、昔話や騎士団での生活について語り合った。


 彼女が騎士団でどんな日々を送っているのか、どんな仲間がいるのかを聞きながら、俺は彼女の成長を感じ、また一つ安心することができた。


 そして、アーシャが王都で新しい人生を歩んでいることを心から祝福したいと思った。

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