第110話

 王都に到着してから、俺たちは生活に慣れるために二日を過ごして落ち着きを取り戻していた。


 街の中心部に位置する一軒家が、新たな拠点として俺を含めた五人が十分に生活できる広さがあった。


 リビングには大きな窓があり、朝の柔らかい光が差し込むと、部屋全体が穏やかな雰囲気に包まれる。仲間が集まれる広いリビングとキッチンではルリが嬉しそうに料理を作ってくれる。


 そのリビングで、朝食を取りながら仲間たちと過ごしていた。


 ルリがキッチンで忙しく動き回り、香ばしいパンの匂いが部屋中に漂っている。


 アオとメイはソファーでくつろぎながら何か楽しげに話している様子だ。一方、クルシュは窓際に立ち、王都の街並みをぼんやりと眺めていた。


「みんな、おはよう。いい朝だね」

「そうですね、こんな平和な時間が持てるなんて思いもしませんでした」


 ルリはこれまで多くの経験をしてきた。

 フェンリルとバレないように過ごさなければならなかった。


 今は獣人として過ごしていて、料理をしながら振り返り笑顔で応じてくれる。


「落ち着いて、みんなで過ごせることに感謝しなければならないね」


 俺は窓際のクルシュに視線を移した。


「クルシュさん、外の景色に何か心惹かれるものでもあるのかい?」


 クルシュさんは少し驚いたように振り返り、軽く首を振った。


「いいや、ただ王都はコーリアスとは違って、常に祭りのように人が多いんだな。窓の外を歩く人で溢れているんだ。だから圧倒されてしまって」


 クルシュさんはコーリアス領のスラム街で育ち、ラーナとフレイナによって拾われてコーリアスで育った。王都の街並みには圧倒されるのかもな。


「そうか。無理をしないで、今日はゆっくり過ごすといい」


 俺はクルシュさんの様子を気にかけておこうと思う。


 ルリがテーブルに朝食を運んできてくれる。


 フレッシュなサラダと、焼きたてのパン、香ばしいスープがテーブルを彩る。みんなが席につき、賑やかな朝食の時間が始まった。


「ソルトさん、今日はどんな予定ですか?」


 メイの質問に少し考えた後に答えた。


「今日はまず、冒険者ギルドに行ってミリアさんから王家の墓についての情報をもらう予定だよ」

「そうなんですね。王都でも冒険者として活動しないとですね。私たちも」

「ああ、自由にしてくれて構わないよ。俺は元冒険者仲間に会いに行ってこようとも思っているんだ」

「元お仲間ですか?」

「ああ、今は、王都の騎士団に勤めているんだ」

「こちらの騎士団ですか? エリートさんですね!?」


 メイとの会話を周りが聞きながら、朝食はのんびりとすぎていく。


 俺はアーシャの顔を思い浮かべた。

 懐かしい顔に会いに行こうと思う。

 彼女にも、王家の墓について何か知らないか聞こうと思う。


「幼馴染さんなの? お元気だといいの!」

「ああ、きっと元気だよ。彼女はいつだって強くて頼りになるからね」


 俺はアオに答えつつ、心の中でアーシャのことを思い出していた。彼女との再会が少し楽しみでもあり、また懐かしさも感じていた。


「私たちはどうすればいいですか?」

「王都の過ごし方は、この二日間で伝えたから自由にしてくれていいよ。資金管理はルリに任せた。冒険者をするのも、市場で買い物するのも自由だよ」

「かしこまりました。ご主人様」


 今後の方針を決めて朝食を終えた。


 俺は冒険者ギルドへ向かい家を出た。王都の街並みは活気に満ちており、朝の市場では商人たちが声高に商品を売り込んでいた。


 俺はその喧騒の中を通り抜け、ギルドへと向かう。


 冒険者ギルドの建物は、王都の中心部に位置しており、周囲には様々な店が軒を連ねている。ギルドの入り口をくぐると、そこには忙しそうに働く受付嬢たちや、依頼を受ける冒険者たちの姿が見えた。


「ソルトさん、お待ちしていました」


 受付に立つミリアさんが俺を見つけて、にこやかに声をかけてくれる。


 彼女はいつものようにお団子ヘアにメガネをかけ、知的で親しみやすい笑顔を見せていた。


「おはよう、ミリアさん。例の件、どうなっているかな?」


 ソルトはすぐに本題に入る。


「ええ、少しだけど情報を集めました」


 ミリアさんは手元の書類を取り出し、手渡してくれる。


「王家の墓についてですが、最近何か怪しい動きがあるみたいです。特に夜になると、墓の周りで奇妙な現象が報告されています」

「奇妙な現象? 例えばどんなことが?」


 俺はミリアさんの説明に興味を持ち、身を乗り出す。


「幽霊の目撃情報が増えているとか、夜間に墓の周辺で不思議な光が見えるとかですね。それに、王家の墓には何か隠された秘密があるという噂も広まっています」


 ミリアさんは少し声をひそめて話した。


「なるほど、やはり何かがありそうですね」


 ソルトはその書類をじっくりと確認しながら、頭の中で情報を整理していた。


「ありがとう、ミリアさん。これを元にもう少し調べてみる」

「ソルトさん、気をつけてくださいね。王家の墓に関わることは、思った以上に危険かもしれませんから」


 ミリアさんの声には、俺の身を案じる響きがあった。


「ありがとうございます。注意を怠らないようにします」


 俺は、ミリアさんにお礼を伝えてギルドを後にした。


 次に向かうのは、アーシャが所属する騎士団の駐屯地だ。


 王都の北側に位置するその場所は、厳重な警備が敷かれ、重厚な門が印象的だった。俺は門番に用件を告げ、アーシャと面会する許可を得て中へと入った。


 広い訓練場では、騎士たちが剣術の鍛錬に励んでいる。


 その中に、見覚えのある姿があった。アーシャだ。彼女は一心不乱に剣を振るっており、その姿勢は以前の頼りない姿よりも凛々しく見えた。


 ソルトはしばらく彼女の姿を眺めていたが、声をかけるタイミングを計っていた。


 その時、俺の元に鋭い眼差しで話しかけられた。


「あなたが、ソルトさんですね?」

「はい? そうです」

「私は王都第三騎士団団長を務めるセリーナ・グレイヴです」

「冒険者のソルトです」

「ええ、アーシャから兄のような存在だと聞いています」


 握手を求められて、応じる。

 その瞳からは鉄の意志を持ち、部下たちから絶大な信頼を得ている女性だと伺える。


「彼女からあなたの話を聞いています。今日は何の用件ですか?」


 どうやらセリーナさんは、俺の行動を警戒している様子だ。

 こちらの様子を注意深く観察している。


「王都で仕事をするために戻ってきたので、アーシャに会うのも一年振りなので、会いにきたんです」


 俺は王家の墓について聞いても仕方ないと思って、素直に目的を伝えた。


「なるほど、アーシャに会うために一つ聞きたいがよろしいか?」

「はい?」

「アーシャを冒険者に戻そうという気持ちはないのだな?」

「えっ? いや、ありません。彼女が選んだ道を尊重するつもりなので」

「そうか、ならばいい」


 どうやらアーシャの引き抜きを気にして会いにきたようだ。


「ソル兄!」


 そんな俺たちの元へアーシャがやってくる。


「ゆっくりしていってくれ」


 セリーヌさんは、それだけを告げて立ち去っていった。



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