第108話

《side ソルト》


 朝の光が柔らかく部屋に差し込み、昨日の出来事が遠い記憶のように感じられる。だが、俺の心にはまだ重い荷が残っていた。


 それは、この世界での俺自身の存在に関する秘密だった。


 メイとアオを救うために全力を尽くした昨晩、俺は強く感じた。


 彼女たちを含め、仲間たちは俺にとって特別な存在だ。だからこそ、これ以上隠し事をして彼女たちを欺き続けることはできないと思ったのだ。


 朝食を終えた後、俺は仲間たちを一か所に集めた。


 彼女たちの顔には、何か重大な話があることを察した表情が浮かんでいる。

 ルリ、クルシュさん、メイ、アオの四人が真剣な眼差しで俺を見つめていた。


「みんなに少し話があるんだ」


 自分の声が震えないように、必死に冷静を保ちながら口を開いた。だが、心臓が強く鼓動しているのが自分でもわかる。


「どうしたのだ? ソルトさん」

 

 クルシュが心配そうに問いかける。

 俺は一瞬、彼女たちの顔を見渡した。そして、意を決して話し始めた。


「実は…今まで黙っていたことがある。俺は、この世界ではない別の世界の記憶を持っているんだ」


 時間が止まったかのような沈黙が訪れた。


 何を言われているのかわからないと思う。


 彼女たちの目が驚きに見開かれ、言葉を失っているのが見て取れた。


 俺はその反応を理解しつつも、心の中で深く後悔していた。彼女たちをこんな風に驚かせてしまうことが、本当に正しかったのかどうか。

 

 ただ、親しくなれた者に自分のことを知って欲しいと思った。

 流されるだけでなく、自分を知ってもらって、認めてもらいたい。


「俺が覚えている記憶は、もう一つの世界のものだ。そこでの俺は、ただの普通の人間で、冒険や戦いとは無縁の生活を送っていた。だが、ある日突然この世界に目覚めたんだ。俺がなぜここにいるのか、何をするためにこの世界に来たのか、それはまだ完全にはわかっていない。ただ、ソルトとしての記憶にあるシンシアを救いたい」


 自分が話すたびに、彼女たちは真剣な顔で聞いてくれる。


 ただ、沈黙が続く中、俺は言葉を選びながら、彼女たちに伝えなければならないことを必死に考えていた。


 しかし、予想外の反応が返ってきた。


「ご主人様、そんなことで私たちの気持ちは変わらないです」

「えっ? そんなこと?」

「はい。何も問題ありません」


 ルリが真っ直ぐな瞳で俺を見つめながら言った。


「そうだな。ソルトさんがどこから来たとしても、あなたが今ここにいることが大事なのだ」


 クルシュも静かに頷きながら、同じ思いを伝えてくれた。


「ソルトさん、あなたが別の世界から来たなんてロマンチックですね! でもそれがソルトさんなのですよね? 何が違うのでしょう?」


 メイは首を傾げて、悪戯っ子のように少し笑いながら言った。


「主人がどこから来たって関係ないの。アオは主人が大好きなの」


 アオが目を輝かせながら、真剣な声で言い切った。


 四人から、自分を肯定する言葉が聞けて、俺は心から嬉しいと思えた。

 彼女たちの言葉が俺の心に深く染み渡っていく。その瞬間、自分の中にあった不安が一気に解けていくのを感じた。


「みんな、本当にありがとう。俺がどんな過去を持っていても、君たちがいてくれることが、俺の力になってくれている。君たちがそばにいてくれるなら、どんなことでも乗り越えられる気がする」


 俺の言葉に、彼女たちは笑顔で答えてくれた。

 その笑顔は、どんな困難にも負けない強さを持っているように感じられた。


「ご主人様、私たちはあなたと共にいます。これからもずっと、あなたのそばに」

「どんな冒険が待っていようとも、私たちは一緒に歩んでいくだけだ。だから、ソルトさんも私たちを信じて進んでいってほしい」


 ルリとクルシュさんの言葉は、本当に俺の心を支えようと考えてくれている。


「ソルトさんがいなかったら、私たちはここまで来られなかったと思います。だから、これからも私たちを引っ張っていってね」

「主人はアオの大切な人。だから、どんなことがあっても一緒にいたいの」


 その言葉に、俺は胸が熱くなった。

 彼女たちが俺を支えてくれていることが、どれだけ大きな力になっているのか、改めて実感した。


 ここにはいない。ラーナやフレイヤ、ライラにも伝えたい。

 だけど、彼女たちの顔を見にいくためにも、俺は王都にいく。


 シンシアを止めて、平穏で穏やかな日々を取り戻すんだ。


「本当にありがとう、みんな。俺は幸せ者だよ。これからも一緒に旅を続けよう。どんな困難が待ち受けていても、俺たちなら必ず乗り越えられる」


 その言葉に、四人が一斉に頷いた。彼女たちの中に、揺るぎない信頼と強い絆が感じられた。



 俺は王都に入る前に、四人に気持ちを打ち明けることができて、心から安堵していた。


 聖属性を使える、高潔な紳士なんて思われたくはない。

 ただ、ヘタレで変態な、紳士でいたいと思う。


 外の風がそっと窓を揺らし、俺たちを包み込む。新たな冒険に向かう俺たちの絆は、これまで以上に強固なものとなった。


 どんな未来が待っているのか、それはまだわからない。だが、俺たちはこれからも共に歩み続ける。そして、この旅の中で、俺の使命を見つけ出すことができると信じている。


 今はただ、この瞬間を大切にしながら、仲間たちと共に新たな一歩を踏み出す覚悟を固めた。


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