第100話

《sideソルト》


 彼女はどれだけの精神的な衝撃を受けたのだろう。


 尊敬していた父を失い。

 領主としての重責を背負い。

 

 今後は大変な経験をしていくのだろう。


 俺の部屋に来て、わがままを言うようなことは、他の者にはできない。


 ライラは部屋に入ると、ベッドの端に腰を下ろし、俯いたまま静かに息をついた。

 彼女の表情には、深い思案と悲しみ、そして決意が混ざっているように見える。


「弔いは終わったのか?」

「ああ、見送りは終えた。それで、父上の部屋に入って色々なことを知ったんだ。父上はソルトに会って気持ちを入れ替えて、私にアザマーンを譲るための準備をしていたんだ」

「そうだったのか」

「うん。それと、私とソルトを結婚させたいって」

「えっ?! 本当に?」


 俺は驚きのあまり声を上げてしまった。

 ライラは少し顔を赤くしながら、微笑んだ。


「バカ、無理なのはわかっているわよ。だけど……(しょうがないじゃない。好きになったんだから)」

「えっ?」

「なんでもないわよ!」


 彼女は一瞬、言葉を探すように目を伏せた。

 そして、再び顔を上げると、真剣な眼差しで俺を見つめた。


「ソルト、私は可愛くはない。だけど、女としての喜びが知りたいんだ!」


 その言葉に、俺は戸惑った。

 ライラの真剣な表情とその言葉の重さに、どう応えるべきか一瞬迷ったが、彼女の思いを感じ取った。


「では、先に伝えておきたいことがある」

「何?」

「私は変態紳士だ」

「はっ?」

「先に、これは伝えておかなければいけないことなんだ。今から、可愛い黒豹の獣人である君を可愛がる。それを受け入れられるかい?」

「……意味がわからないわよ。私を拒否しているってこと?」

「違うよ。俺はライラを女性として、欲しいと思っている。だが、複数の女性を好きになってしまう最低な男だ」


 そうだ。俺は変態紳士という言葉を免罪符にして、彼女を抱こうとしている。

 喩え、女性が受け入れてくれたとしても良いことではない。


「……私のことを欲しいって思うでしょ?」

「ああ。ライラが欲しい」

「なら、問題ないじゃない」

「えっ?」

「私はあなたに抱かれたい。あなたは私を欲しい。なら、問題ない」


 ライラは深く考えてはいないのかもしれない。

 だけど、受け入れてくれたならよかった。


「受け入れてくれてありがとう。なら、お願いがあるんだ」

「なっ、何よ」

「その耳、ずっと触って見たかったんだ。触ってもいいかな?」

「好きにしなさい」


 ツンツンしているようだけど、こちらのお願いを受け入れてくれているライラの真っ黒な猫耳に手を伸ばす。


「ふぇ!」


 少し情けない悲鳴が聞こえてくるが、俺は構うことなくライラの耳を優しく撫でて、そのまま頭を撫でた。


 綺麗な髪は見た目以上にサラサラとしていて、そのまま彼女の頭を抱きしめる。


「ちょっと、撫でるだけじゃないの?!」

「俺に出来ることは、君の気持ちを少しでも軽くしてあげられることだと思う。ライラの耳はフワフワで、髪はサラサラだった。だけど、心はボロボロになっているんじゃないかな?」

「うるさい! あんたに何がわかるのよ!?」

「俺は君の本心がわからない。だけど、この時だけは、君に寄り添っていたい」 


 俺はそのまま彼女の髪を優しく撫でる。

 首筋や、背中も撫でていくと、ライラが涙を流した。

 夜は長くて、彼女が泣き止むまでしばしの時間をそのまま過ごした。


 ♢


 しばらく泣いていたライラは、顔をあげて、泣いて赤く腫れた瞳を向ける。


「キスして」

「ああ」


 そのままキスをする。

 涙を流して体温を上昇させたライラの吐息は熱いぐらいで、舌を絡ませるだけで、こちらにまで熱が伝わってくる。


 薄い服を脱ぎ放てば、猫のようなしなやかな尻尾と美しくも慎ましやかな胸が現れる。


 まだまだ発展途上の胸は優しく撫でれば、恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めた。


「胸、あんまり大きくない」

「関係ないさ。綺麗だよ」

「うん」


 嬉しそうにキスを求めるライラに何度もキスをしながら、彼女のしなやかなに触れていく。


 人の体とは思えないほどに柔らかくて、背中や尻尾の一部に毛が生えているのも、他のこととは違う。


 比べてはいけないと思いながらも、ライラの良さを探してしまう。


「私、ソルトが好き」

「ああ、俺もライラが好きだ」

「好き!!! 好き!!!」


 何度も好きと言いながらキスをして、彼女を受け入れる。


 変態紳士とは、伝えたが今の彼女をただ、抱きしめて受け入れることしかできない自分は、まだまだ修行不足だな。


 俺はそっと彼女の手を取り、優しく握った。

 ライラは少し驚いた表情を見せたが、すぐに安心したように微笑んだ。


「ありがとう、ソルト。今日はただ、そばにいて欲しい」

「もちろんだ、ライラ。今日は君のそばにいるよ」


 俺たちは静かにベッドで肌を重ね合った。

 お互いの存在を感じながら、穏やかな時間を過ごす。

 ライラの肩を抱き寄せると、彼女はそのまま俺の胸に顔を埋め、安らかな息をついた。


「おやすみ、ライラ」


 彼女の額にキスをして、眠りについた。


 ♢


《sideライラ》


 朝の静けさの中で目を覚ました私は、隣に眠るソルトの顔を見つめた。

 彼の穏やかな寝顔は、昨晩の戦いの激しさをまるで感じさせないほど平和で安らかだった。


 父上を失い、街の荒廃を目の当たりにし、心は深く傷ついていた。


 自分の無力さを痛感し、未来への不安が心を押しつぶされそうだった。

 でも、ソルトはそんな私を受け入れ、優しく包み込んでくれた。


 ソルトの手を握り返すと、その温もりが私の心を少しずつ癒していくのを感じる。

 彼の存在がどれほど大きな支えになっているか、改めて実感する。


「ありがとう、ソルト…あなたが好きよ」


 小さな声で呟きながら、彼の頬に軽く触れる。


 彼の肌は温かく、その温もりが私の冷えた心を温めてくれる。

 昨晩、彼と一緒に過ごした時間は、私にとってかけがえのないものとなった。


 父上が最後に残した言葉と、その遺志を継ぐ決意を固める中で、ソルトは私にとって唯一の光だった。


 彼の優しさと強さは、私が進むべき道を示してくれた。


「あなたがいてくれて、本当に良かった…」


 ソルトが目を覚ます前に、もう一度彼の寝顔をじっと見つめる。


 これから先、アザマーン領を再建し、父上の遺志を継いでいくには、多くの困難が待ち受けているだろう。


 ソルトの寝息が穏やかに響く中、私は新たな一日を迎える決意を固めた。


 心の傷は完全には癒えていないけれど、彼の存在が私を支え続けてくれた。


 前を向いて歩んでいける。


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 あとがき


 どうも作者のイコです。


 この話で、第二章前半は終了になります。

 また、この話で100話目達成になりました。


 ここまでお付き合いいただき本当にありがとうございます。


 また、明日は近況ノートにてご報告があります。


 そちらも見ていただけると嬉しく思います。


 この話も区切りとしては、良いのですが、第二章後半までは書き切ってどうするのか、考えたいと思います。


 いつも応援いただきありがとうございます。

 他作品も書いておりますので、応援いただければ嬉しく思います!

 どうぞ、よろしくお願いします。

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