第99話
逃げる男の力が完全に消え去り、街全体の瘴気も浄化された。
住民たちが次々と正気に戻り、街には清浄な空気が広がっていく。
だが、逃げる男の瘴気によって街は大きな被害を受けていた。
瓦礫と化した建物、崩れ落ちた家々。かつての賑やかさは見る影もなく、荒廃した光景が広がっている。そこに、少しずつ住民たちが戻り始めていた。
俺たちは息を整え、廃屋から外に出た。
仲間たちも皆無事で、喜びと安堵の表情を浮かべている。
「ソルト、お疲れ様」
クルシュさんが肩を叩いてくれる。
「ご主人様、やりましたね」
「主様、凄いの!」
「やりましたね」
裸同然のルリとアオにローブを渡して、メイに二人のことを頼む。
二人を救ってくれたライラに視線を向けた。
「これで一歩前進だ」
「ソルト、ありがとう! あなたのおかげでアザマーンの街が救われたわ。もしも、あなたが一緒に来てくれなければ、街を救うことはできなかったわ」
いつもは素っ気ない態度を取るライラが、素直に微笑みながら言った。
その姿に、俺は救うことができてよかったと心から思えた。
「ライラ。アザマーン領の未来はすぐそこだ」
「ええ、ソルト。一緒に来てくれる?」
「ああ、乗り掛かった船だ。最後まで付き合うよ」
「ありがとう」
浄化された街の中心で、俺たちはユーダルスに会うために中央の建物へ足を向ける。
♢
《side ユーダルス》
私はこれまで多くの過ちを犯してきた。
実の兄を殺し、道化師に騙され、他領の姫を誘拐しようとした。
そして、今度は愛する街を危険に晒してしまった。
それでも、ここで終わるわけにはいかない。
領主が座る椅子に私は腰を下ろしてあの子を待つ。
アザマーン領主最後の仕事として、威厳を持って座り続ける。
部屋の扉が開かれて、二人の人物が部屋に入ってくる。
大きくなった。
以前とは見違えるほどに立派になった娘の姿に微笑んでしまう。
「父上!」
髪は綺麗に整えられ、服装も男勝りな軍服。
その仕草は男性的でありながら、憧れる女性の姿をしている。
「ライラ、久しぶりね」
私が声をかけると、ライラは戸惑った顔を見せる。
そうね。この姿を見せるのは初めてだもの。
「あら、ソルトちゃんも来てくれたのね。そう、あなたがいたから街は救われたのね」
「ユーダルス。アザマーンの街は浄化された。あとは、お前とライラの話し合いだけだ」
「……そう。あなたにはたくさん助けられてばかりね。ずいぶんと大変だったようだけど、おかげで助かったわ」
その声に、ライラが驚いた表情を見せた。
「父上? あなた…一体どうしたのだ?」
ライラは戸惑っているが、私には時間がもうない。
「実は、逃げる男の瘴気によって意識を奪われた者たちと戦ったの。私に仕える側近を斬る。それはとても辛かった」
私は口から血が吹き出すのを感じたが、それを拭う力すらもうない。
「ライラちゃん。今日を持って、私はアザマーン領主の任をおります。今後はアザマーンの当主にはライラちゃん。あなたを任命します」
「えっ?」
ライラは混乱と驚きが入り混じった表情をしていた。
「ちっ、父上は、かつて、強く頼もしい人でした。私はそんな父上に憧れていました」
「そう、ごめんなさいね。こんなダメなパパで。だけど負の遺産は逃げる男と共に私が持って逝きます」
「父上!」
「俺が回復魔法を!」
近づこうとしたソルトを手で制した。
「多くの兵を斬り、瘴気に取り込まれないように、自ら傷を負いながら意識を保っていたの。ソルトの回復魔法でも、もうダメよ。私が死ななければ瘴気がまた生まれてしまう」
ライラはその言葉に驚愕し、目を見開いた。
「ユーダルス…そんな危険を冒してまで…」
「ええ、でも私は今も変わらずアザマーン領を守りたいと思っているの。それが私の使命だから」
ライラは一瞬戸惑ったが、すぐに理解の表情を浮かべた。
彼女は深呼吸をし、私に歩み寄った。
「パパ、ごめんなさい! パパの気持ちをわかっていなくて」
泣き崩れるライラに私は手を伸ばして頭を撫でた。
「ありがとう、ライラ。あなたたちの助けでアザマーン領は救われたわ」
その言葉を最後に、ユーダルスは目を閉じた。
俺はすぐに近づいて回復魔法をかけるが、その心臓は動くことはなかった。
「ソルト!」
「すまない。死んだ者を蘇らせる魔法は、俺にはない」
「うっうあああああああああ」
ライラが泣くのをただ、抱きしめ続けることしかできなかった。
♢
《sideソルト》
その日の夜に死んだ者たちを集めて、送り火がたかれた。
アザマーン領では死んだ者を燃やして送る。
「アザマーンに住む者よ! 此度、アザマーンの領主となったライラ・アザマーンだ。ユーダルスの死を持って、一時代は終わりを迎えた。今度は我々の時代だ。皆で力を合わせて、アザマーン領を再建しよう!」
ライラの決意を込めた演説に、これからのアザマーンは彼女を中心に変わっていくのだろう。
俺たちは屋敷の一角をあてがわれて、休息を取ることにした。
「ソルト、入っても良いだろうか?」
夜、一人で部屋にいるとライラの声がした。
「ああ、大丈夫だ」
「すまない」
そう言って部屋へと入ってきたのは、踊り子のような衣装を身に纏ったライラだった。
「えっ!」
「入っても良いか?」
「あっ、ああ」
俺が部屋に招き入れるとライラはベッドに腰を下ろして、俯いてしまう。
「弔いは終わったのか?」
「ああ、見送りは終えた。それで、父上の部屋に入って色々なことを知ったんだ。父上はソルトに会って気持ちを入れ替えて、私にアザマーンを譲るための準備をしていたんだ」
「そうだったのか」
「うん。それと、私とソルトを結婚させたいって」
「えっ?!」
「バカ、無理なのはわかっているわよ。だけど……」
顔を真っ赤に染めるライラ。
「一晩、私を抱いて欲しいの」
「えっ?!」
「私が女として可愛くないのはわかっているわ。これが父上が残した最後の遺言なら、私は叶えてあげたい。それに(私もあなたと結ばれたい)」
「……本当にいいのか?」
「こっ、これ以上、私に恥をかかせないで!」
俺は大きく息を吐いて、ライラを受け入れることにした。
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