第98話

《sideソルト》


 逃げる男の瘴気の力は強大だ。


 もしも、ここで俺が負ければアザマーンだけじゃない。

 今回の騒動は、王国全土に広がるだろう。


 瘴気は、どんどん集まって力は強力になっていく。


 だから、気づいた今すぐが一番小さく弱い時なのだ。


 クルシュさんとエリスと共に、決死の覚悟で戦いに挑む。


「クルシュさん、エリス、準備はいいか?」

「もちろんだ、ソルト。これ以上の犠牲を出すわけにはいかない」

「マスター、私はいつでも行けます」


 逃げる男は瘴気の力で魔力と肉体を強化し、俺たちに向けて攻撃を繰り出してくる。瘴気を操るように溶解液を含む触手が空中を舞い、俺たちに襲いかかる。


「気をつけろ! 触手の動きが速い!」


 クルシュさんが剣で触手を切り払い、エリスが敏捷な動きで避けながら聖属性魔法を発生させる。


 俺は聖属性の魔法を詠唱しながら、触手の動きを封じるために光の刃を放った。


「ホーリースラッシュ!」


 光の刃が触手を斬り裂き、瘴気を浄化する。

 しかし、逃げる男は怯まず、新たな触手を生み出して攻撃を続ける。


「無駄だ! この魔石の力を持つ限り、俺には勝てんよ! あの方が俺に与えてくれた力なのだ」


 逃げる男は気配を消しながら攻撃を仕掛けてくる。

 彼の動きを捉えるのは容易ではない。


「エリス、周囲の気配を探れ!」

「了解しました、マスター!」


 エリスが目を閉じて集中し、逃げる男の気配を探る。

 ホーリーエンペラースライムであるエリスは戦闘以外でも補助として、能力を発揮して頼りになる。


「見つけました! そこ!」


 エリスが指し示した方向に向かって、クルシュさんが無属性の身体強化魔法で力を増強し、剣を振るった。


「身体強化、最大出力!」


 クルシュさんの一撃が逃げる男に直撃し、彼の姿が一瞬現れる。

 しかし、すぐに瘴気をまとって姿を消した。


「やはり厄介な相手だ…」


 俺たちは再び攻撃の態勢を整え、逃げる男の次の動きを警戒する。

 奴の瘴気の力は強力だが、決して負けるつもりはない。


「ソルト、次の攻撃に備えよう」

「分かった、クルシュさん。エリス、もう一度気配を探ってくれ」


 再びエリスが集中し、逃げる男の位置を探る。

 だが、奴も黙っているはずがなく、触手がエリスを襲う。


「ホーリーバリア!」


 俺はエリスを守り、クルシュさんに合図を送る。


 攻撃は奴の動きを捉えられるが、奴もまたクルシュさんの攻撃に合わせて触手を放つ。


「見つけた、今度は逃がさない!」

「危ない!」


 俺は右腕に聖属性を纏って、触手を払い除けた。


 クルシュさんが再び剣を振るい、俺を襲う触手を払いのける。


「ホーリーライト!」


 廃屋全体を照らす青白い光の魔法が逃げる男を包み込み、瘴気を取り込んでいた体には効果絶大だったようで、逃げる男の姿が現れた。


 クルシュさんはそれを逃すことなく、剣が再び奴に迫る。


「これで終わりだ!」


 クルシュさんの剣が逃げる男の魔石に突き刺さり、強烈な光が放たれた。

 瘴気が一気に吹き上がって、巨大な化け物に変貌していく。


「まだだ!」


 逃げる男は化け物に自分の身を捧げて、その姿をゾンビキングへと変貌させる。


「くっ…許さぬ、貴様らは絶対に殺す…!」


 逃げる男が最後の抵抗を見せる。


 魔石の破壊によって、封印されていた瘴気が逃げる男に集中して、住民たちを侵していた力も集まっていく。


 逃げる男が化け物に変貌してゾンビキングとなった。


 存在感が増して、息をするのも苦しくなるほどの圧倒的な瘴気が廃墟に充満していく。


「くっ…許さぬ、貴様らだけは絶対に殺す...! あの方のために……」


 瘴気の触手が一層激しく動き回り、俺たちに次々と襲いかかる。

 俺は聖属性の魔法で触手を払い除け、クルシュさんとエリスが攻撃の態勢を整える。


「ホーリーバリア!」


 俺は再びバリアを張り、仲間たちを守ることに集中する。

 触手から全てを溶かす溶解液が放たれ、そこから体を汚染していく。


「グアアあ!!!」


 突然苦しみ出したゾンビキングの方を風の矢が突き抜ける。


「ソルトさん! 助けに来たよ!」


 メイが弓を構え、ゾンビキングを狙い撃つ。

 クルシュさんが剣で触手を切り払い、エリスが聖属性の魔法で援護を始めた。


「ホーリーライト!」


 逃げる男は腐敗の瘴気を放ち、俺たちを押し返そうとする。


 だが、俺はエリスと連携して聖属性魔法の結界を張って腐敗の攻撃を封じ込める。


「皆、今がチャンスだ! 一斉に攻撃を放ってくれ!」


 俺の号令に合わせて、ルリが前に出て、大きなバトルアックスを振りかざす。


「くらえ、外道よ!」


 ルリの力強い一撃がゾンビキングの体を大きく揺さぶる。

 その隙を逃さず、メイが風の矢を放ってゾンビキングを削っていく。


「ソニックアロー!」


 矢が光の軌跡を描き、ゾンビキングの胸に突き刺さる。ゾ

 ンビキングは苦しみの叫び声を上げ、瘴気が一瞬弱まる。


「今だ、クルシュさん、エリス!」


 クルシュさんが全力で剣を振るい、エリスが聖属性の魔法でさらに追撃をかける。


「ホーリースラッシュ!」


 光の刃がゾンビキングの体を斬り裂き、瘴気の発生が落ち着いてきた。


「私も頑張るの!」


 アオは弱ったゾンビキングに飛び蹴りをするが、触手に足を掴まれて、服を溶かされる。


「うわあああ!!」

「アオ!」


 ルリが娘を救うために、前に出て溶解液を浴びる。


 俺は二人に回復魔法と浄化魔法を同時にかけて、遠距離から補助するが、追いつかない。


「私がいく!」


 素早い影が通り過ぎて、ライラが二人を抱えて走り去る。


「ナイスだ!」


 俺は補助に回していた魔力を攻撃に変える。


「これで本当に終わりだ! アクティブセイクリッド」


 ゾンビキングが最後の抵抗を見せるが、俺の聖属性魔法がゾンビキングの体を青白い炎で燃やしていく。


 その力は完全に消え去った。


 魔石が砕け散り、瘴気が空へと舞い上がってに消え去っていく。


 逃げる男の力が完全に消え去った。

 街全体の瘴気も消え去り、住民たちが次々と正気に戻していく。


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