第97話

《side逃げる男》


「この世界は素晴らしい! 俺はこの世界を愛している!」


 だからこそ、面白くて楽しく、世界を混乱に溢れさせたいと思うのは至極真っ当な考えであると言いたい。


「あなたはいつもそうね」

「これはこれは、道化師様、お久しぶりにございます」

「ダウトの街ではよくやってくれたわね」

「はい! 計画の半分ほどで、失敗してしまい、申し訳ございません」

「いいえ、あなたはよくやってくれたわ。次の段階にいくにも丁度よかったわ」


 あ〜なんて美しい。


 道化師様はこの世界で唯一無二のお方だ。


 お顔を見たことはないが、きっとこの方の心には、俺と同じく世界を愛する心で満ちておられるのだろう。


「逃げる男、チェイス・パーカー。皮肉ね。追い詰める者という名前を冠したあなたが逃げることに特化している。ただ、その追い詰める力も世界で一番だと思うわ」

「ありがたき幸せ。我々が北に追いやられ、苦渋を舐めている際に、あなた様が救いの手を差し伸べてくれた。我々はあなた様のためであればどんなことでも致しましょう」


 妄信的な発言かもしれない。


 だが、それほどまでに我々にとって道化師殿は大恩と命を賭けるに値する価値のある方なのだ。


「ありがとう。次はアザマーンの領都で、これを置いてくるだけの簡単なお仕事よ」

「これは……、かつてドラゴンゾンビを誕生させた、汚染させた魔石ですね」

「ええ、私の空間魔法で収納しているけれど、いつまでも放置はできないの」

「頭が下がる思い。これは人にとっても我々魔族にとっても危険な物ですからな。引き受けましょう」


 この方は一人で様々なことを抱えておられる。


 そして、同時に何手も先を読み、事件と解決を天秤にかけて犠牲を仕方ないと判断されておられる素晴らしい方だ。


「チェイス、よろしくね。この仕事が終われば、故郷に一度送るわ」

「ありがたき心遣い。感謝いたします」

 

 私は別に故郷に帰りたいとは思っていない。この方の側で働けるなら……。



《sideソルト》


 瘴気が充満するアザマーンの街は、ドラゴンゾンビやワイトキングなどよりも更に力の強さを感じるほどに色濃く瘴気を発生させている。


 しかし、俺たちが思っていた以上に状況は複雑なようだ。


 街の中に入れば、人は存在していた。

 だが、ゾンビのように目は空で、我々を写してはいない。


「ソルトさん、この方々は生きておられます!」


 ルリがバトルアックスで抑えた敵をメイが確認すれば、ゾンビかと思われた住民は生きている。


 そこで、俺は一人一人に浄化の魔法を使っていく。


「リザレクト!」


 浄化の魔法が効果を発揮して、ゾンビ化していた人間が元に戻った。


「どうやら、彼らは瘴気に汚染されて、ゾンビ化が進んでいるようだ。ズーガー騎士団に浄化させた者たちを街の外に! そして、護衛と看病を頼みたい」

「わかった!」


 ライラは俺の指示に従ってすぐに、騎士団に現場を説明して行動してくれた。


 今回の一件は、俺が来ることがわかっていたような事件だった。


 不意に、シンシアの顔が浮かんでは消える。

 何を考えているのかはわからない。


 だが、アオの時も、ルリの時も、そして、アザマーンの時も、シンシアには何か裏があるように思えた。


 だから、今回も何かを俺にさせたいと思っているのかもしれない。


 街の住民たちを浄化していくと、不意に俺の視界にダウトの街で取り逃した逃げる男の姿を認識した。


「エリス!」

「マスター。敵です」

「奴だな」

「はい!」


 今回も逃げる男が絡んでいる。


 そして、その背後に……。


「エリス、追跡を頼めるか?」

「はい! マスター!」


 エリス本体は、俺とともに街の者たちを浄化するために助力してくれて、ルリたちは襲ってくる瘴気ゾンビたちを抑え込む。


「こいつら数が多いの!」

「持ち堪えるのです! アオ」

「クルシュ様、大丈夫ですか?」

「メイは、ソルトさんの護衛を、四方は我々が死守する」


 ライラを伝令役に、俺たちはアザマーンの城門に陣を張って、浄化と押し寄せるゾンビに対処していた。


「マスター、敵が廃屋に入って行きました」

「そこに何かあるのかもしれないな」

「潜入します!」

「無理はするなよ」


 分裂したエリスの分身が、廃屋へと入っていく。


 廃屋の中に入ると、逃げる男の姿が見えてきた。

 異様な瘴気をまとい、何かを企んでいるようだ。


「そこに原因がありそうだな」

「はい! マスター」


 瘴気を確認したエリスの分身たちに逃げるように伝えて、俺たちは押し寄せるゾンビたちをアザマーン内に閉じ込めて、俺たちは廃屋に向かう決意をする。


「原因を取り除くために、廃屋に向かう。ライラ、ガーズー騎士団には助けた者たち保護を頼む」

「任されよう!」


 俺は押し寄せるゾンビたちが、少しでも浄化できるように広範囲に、エリアリザレクトを発動する。


「これでしばらくは持つはずだ」

「行きましょう。ご主人様」

「道は私が切り拓こう」

「私もやるの!」


 クルシュさんが魔法によって動きを止めたゾンビをアオと共に開いてくれる。


 エリスの案内で、俺たちは廃屋へと辿り着いた。


「見つけたぞ、逃げる男!」


 俺たちは一斉に武器を構え、廃屋へと飛び込む。

 逃げる男は驚いた様子を見せながらも、冷笑を浮かべた。


「ふん、またお前か! だが、私を捕まえることはできない!」


 逃げる男は瘴気を纏い、前に会った時よりも存在感が増していた。


「皆、気をつけろ! この男は強力な瘴気を取り込んでいる!」


 俺は警告の声を上げる。


「おまかせを! ご主人様」


 この中で一番強いルリが前に出てバルメアックスを構える。


 廃屋の中では長物は不利に思えるが、そんなことを感じさせない動きで、ルリが逃げる男に攻撃を仕掛けた。


「ぐっ!」

 

 ルリが動きを封じ込めようとする。しかし、逃げる男は次々と攻撃をかわし、瘴気を操って反撃してくる。


「ルリ、後ろだ!」


 俺の声に反応し、ルリが後ろから現れた瘴気を斬り払った。


「ありがとうございます、ご主人様! しかし、厄介ですね」

「私の矢で!」


 メイが矢を放つが、瘴気に阻まれて逃げる男には届かない。


「無駄無駄無駄無駄! 貴様らの攻撃程度で、この魔石を持つ俺に叶うはずがない」


 どうやら手に持っている魔石によって力を強めているようだ。

 その魔石から強い瘴気を感じる。


 俺は覚悟を決めることにした。


「クルシュさん、あいつに対抗できるのは、俺とあなた、それにエリスだけだ」

「そのようだな」


 無属性であるクルシュさんは剣を抜き放って、全身に魔力を纏った。


 ルリたちには、外から押し寄せるゾンビを任せて、俺はクルシュさんとエリスと共に逃げる男に対峙する。



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