第94話
《sideライラ》
会議室を飛び出した私は、廊下の端にある小さな窓辺に駆け寄り、息を整えながら顔を両手で覆った。
(な、何であんなこと言っちゃったのよ…)
胸が高鳴り、顔が熱くなるのを感じる。
思わず大声で否定してしまったじゃない。
本当はソルトの存在がずっと気になっていて、この気持ちがなんなのか戸惑っているけど、やっぱり顔を見て話をすると胸が熱くなる。
(ソルトのことが嫌いなわけじゃない。だけど、これがなんなのかわからない)
風を感じて頭を冷やす。
ギルドの窓から外を見つめ、ソルトとの出会いを思い返してみる。
私が魔物に襲われて、それを助けてくれた。
傷ついた仲間たちも全て救って、全員の傷も治してくれて、全てを解決してくれた人。
強くて男らしい毛深くて筋肉ムキムキな男こそが私の理想のはずよ。
お父様がそう教えてきたのだから。
だけど、ソルトはどこか男らしくなくて、優しさと誠実さを保つような理想とは正反対の存在。
そして私を救ってくれた勇敢さと決断力を保つ人。
だけど、この心を揺さぶってくるのは何?
(彼がいなかったら、私はどうなっていたんだろう…)
ミーア様やハニー様が私を見て笑っていたのはなんなの?
ソルトが私に対して謝罪したときの真剣な表情を思い出すと心がムズムズする。
「ライラさん」
ソルトが私を呼んで気遣ってくれる言葉が、浮かんでは胸を揺さぶる。
(この気持ちはなんなのだろう…でも、ソルトに対してどう接すれば良いのかわからない)
窓の外はダウトの街の明かりが光り始めている。
深呼吸をして、心を落ち着ける。
この光景を当たり前にしない。
獣人族であっても女性の地位を確保するんだ。
自分の感情と向き合い、少しずつ整理していく。
(ソルトを前にしても普段通りに過ごす)
決意を固めて、気持ちとともに少しだけ笑顔を作る。
気持ちを整理して、再び会議室に戻ることを決めた。
♢
《sideソルト》
ハニーとミーアと話をしていると会議室の扉を開けてライラが戻ってきた。
ライラに視線が集まる。
俺も戻ってくるとは思わず、驚いた表情で彼女を見つめてしまう。
「ライラ…さん?」
俺は声が緊張して少し震えてしまう。
視線を受け止めたライラは深呼吸をして、勇気を振り絞って口を開いた。
「ソルト、私はあなたに協力をお願いしてもらいたい」
意を決したように彼女が言葉を発した。
「そして、本当にありがとうございました。あなたがいなければ、私たちガーズー騎士団は壊滅していたと思う。そして…今までの態度、ごめんなさい。私の態度が冷たかったこと、許してほしい」
ライラは顔を赤くしながらも、俺の目を見てお礼と謝罪を口にしてくれた。
俺は驚いた後に笑ってしまう。
「ライラ…俺も謝るよ。君を傷つけたこと、本当にごめん」
二人の間に流れる温かい空気に、ミーアやハニーがニヤニヤとした顔でこちらを見てくる。
「うんうん、これでよかったにゃ。ライラ、ソルト、これからも力を合わせて頑張ってほしいにゃ」
ミーアの言葉に、ライラと視線を合わせる。
互いに頷き合って、俺は握手を求めるように手を差し出した。
『これからは…もっと素直に……』
「うん? 何か言ったか?」
「何も言ってない! 今後は我がガーズー騎士団の助っ人としてよろしく頼む」
「ああ、こちらこそだ」
握手をした瞬間、ライラの手が少し震えているのが伝わってきた。
その震えが何を意味しているのか、俺には分からなかった。
だけど、心の奥底で彼女は俺を拒否しているのかもしれない。
「それじゃあ、これから一緒に頑張ろう」
「ええ、よろしく、ソルト」
ライラはすぐにいつもの冷たい表情に戻った。
「ライラ、何かあったらすぐに言ってくれ。俺は君を助けたいんだ」
言葉に出してから、俺は少し照れくさくなってしまう。
しかし、ライラはその言葉を真剣に受け取ったようで、少し驚いた顔をしてから頷いた。
「ありがとう、ソルト。私は強いから、そんなに心配しなくてもいいわよ」
そう言って強がるライラだが、俺はその背後にある不安や心配があるように感じる。
ライラは確かに強いかもしれない。
だけど、まだ若く誰かを頼っても問題ないはずだ。
それでも彼女は一人の人間であり、助けが必要な時もあるだろう。
「分かった。でも、君が本当に困った時には、頼ってくれ」
「分かったって言っているでしょ! でも、あまり期待しないでね。ソルトに頼る私じゃないんだからね!」
ライラがムキになって怒り、頬が少し赤くなっていた。
会議が終わり、俺たちはギルドマスター室を後にした。
外に出ると、街の灯りが美しく輝いている。
「ライラ、どうしたんだ?」
外に出るとライラは俺を見つめていた。
「何でもないわ。ただ、これからのことを考えていただけよ」
「そうか、今後は助っ人として仲間だ。よろしく頼む」
「ええ、そうね。あなたがいるなら…」
ライラが呟いた言葉が風に流されて、俺の耳には届かなかった。
「じゃあ、俺たちは少し散歩してから宿に戻るよ。ライラも気をつけて帰ってくれ」
「分かった。おやすみ、ソルト」
ライラが立ち去る背中を見送りながら、俺は彼女との距離が少しだけ縮まった気がした。
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