第91話

《sideライラ》


 回復魔法と言われて行われた魔法は体中を駆け巡る熱い波動のように脈打った。


 この男! 私の体に何をした! 冒険者ソルトの放った魔法が、予想をはるかに超える強さで私を包み込んだ。


 確かに体の痛みが次第に和らいでいく。

 だが、それ以上に恐ろしい快感とも言える心地よい温かさが全身に広がる。


 まるで、全てが洗い流され、私の体を変えていくような感覚に、思わず声が漏れてしまった。


「きっ、貴様! 何をする!」


 私は自らの両手で身を隠して叫び声を上げた。


 このような魔法は知らぬ!


 自分の体に起きた衝撃に驚きと同時に怒りが込み上げる。


 私は未来のアザマーン領主だぞ。


 このような辱めを受けるなんて! ソルトの顔を睨みつける。


「いや、俺もまさかこんなことになるとは……」


 ソルトは少し困惑した表情を浮かべている。

 彼の優しさが垣間見えた瞬間、胸がドキドキと高鳴るのがわかる。


 クソッ! なんなんだこの感覚は! 私はこの感覚を知らない。


「なんだよ、その顔。別にアンタの魔法なんて頼んだわけじゃない!」


 自分でも訳がわからない。


 私はわざと強い口調で言い放って、ソルトに対する苦手意識を持った。


 なんなんだ! この胸の高鳴りは! 


 クソッ! 私の怒鳴り声によって表情を曇らせたソルトの顔を見ていると、胸が苦しくなる。


 だが、この体に起きた衝撃は普通ではない。

 奴が優しくしようとするだけで、こちらは逆に腹立たしく感じてしまう。


 そんな自分が情けなくて、ますます強がりたくなる。


「もういい。今は一人になりたいから出て行ってくれ!」

「でも、ライラさん、無理はしないでください。あなたの体が心配なんです」


 ソルトの言葉に心が揺れる。


 どうしてそんなに優しくするんだ?


 その優しさが逆に私を困惑させる。


 ソルトの言葉に対して素直になれない! 


 そんな自分が、悔しくてたまらない。


「いらないって言ってんだろ! あんたなんかに心配される筋合いはないんだよ!」


 そう言いながらも、内心では、もう一度あの魔法を使って見てほしいと思っている。


 それにソルトの優しさに触れるたびにドキドキしている自分がいるのを感じる。


 こんな自分が怖い! 


 未来のアザマーン領主は強くあらねばならない。


 父上であるユーダルスには、ずっと強さこそが全てだと教えられてきた。

 だが、弱者である女性たちを守るために、私は自らの騎士団を作り出した。


 女性ばかりの騎士団だ。


 彼女たちを引き連れて、ハニー姉様やミーア姉様に協力してもらって父上に反旗を翻す。


 そう決めたはずなのに、なぜこんなにも弱そうで優しいだけのソルトの前で、気持ちがこんなにも揺らいでしまうのか? 理解できない。


「とにかく出て行ってくれ。……でも、ありがと」


 最後の言葉は、ほとんど聞こえないくらい小さな声で呟いた。


 自分でも、考えて発した訳じゃない。気持ちが溢れたようなものだ。


 ソルトの存在が私の胸に少なからず、爪痕を残したことは間違いない。


 でも、それを認めたくない。


 こんな弱そうな男に頼りたくない。

 私は自分の力で立ち上がるんだ。


 ソルトの気持ちいい魔法の存在が、私にとって心動かすものであっても認めるわけにはいかない。


「大丈夫、私はやれる」


 ソルトが出て行った扉をつい目で追いかけてしまう。


「失礼するにゃ!」

「ミーア姉様」

「ニャはは、こうやってゆっくりと話をするのは久しぶりにゃ」

「そうですね。この度は我々ズーガー騎士団が大変迷惑をかけました!」

「ニャはは、若い間は色々と無茶をしたい気持ちもわかるにゃ」


 ミーア姉様と私はそれほど歳は離れていない。


 だけど、ミーア姉様はハニー姉様と共に若い頃から冒険者として働いて武勇と功績を示してこられた。


 そして、ダウトの街で女性たちを守るための仕事に取り組んでいる。


「ただ、今回の事件を解決してくれたのは、私で無いにゃ」

「どういうことですか?」

「さっき出て行ったソルトが、ライラの傷を治して、ズーガー騎士団のみんなを魔物が取り憑いて操っていたのを取り除いて退治してくれたのにゃ」

「そうだったのですか?!」


 礼も少なくて、むしろ怒鳴ってしまった。

 ハァー、私は何をしているのだ。


「落ち込んでいるなら、ソルトに謝ってお礼を言うにゃ」

「はい! そうします。ですが、あの魔法を使われて、体と心がバラバラになったような気がしました」

「にゃはは、う〜ん、ソルトの魔法は確かに女にとっては凶器に感じるのはわかるにゃ」

「ミーア姉様もあいつの餌食になったのですか!?」

「餌食とは違うにゃ。う〜ん、ライラにはまだ早いのかもしれないにゃ」


 ミーア姉様は困った顔をして、「どう説明したらいいかにゃ?」とブツブツと言葉を発しておられた。


「私は恐さと、よくわからないモヤモヤを胸に感じました。確かに体は回復魔法で痛みは消失しましたが、代わりによくわからない体のモヤモヤが残って、ソルトが優しい顔をするとイライラするのです」

「ニャはは、そうにゃね。これは誰かが言ってわかるものではないにゃ。自分の気持ちが思う通りで良いと思うにゃ」

「……恩人であることはわかりました。必ず謝罪と礼を述べます」

「それがいいにゃ。もう少し休んだら、みんなでご飯を食べようにゃ」

「はい!」


 ミーア姉様には色々と気を使わせてしまった。


 だけど、今後のアザマーン領について、やっと話ができる。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 あとがき


 どうも作者のイコです。


 またまた早いですが、時間は来週の水曜日投稿予定です。

 どうぞよろしくお願いします!

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