第84話

 ハニー様に事件の解決を約束して、俺は消える男の調査を始めた。


 いくつかの遊郭に聞き込みを行えば、確かに朝方になると忽然と消える男は目撃されていた。

 

 だが、覚えている記憶は皆が金払いがよくて陽気な男ということで、顔が姿などは全く覚えていない不思議な光景だった。


 また、その男の相手をした遊女は悉く体調を崩して、俺が診た女性たちと同じ症状が出て数名の犠牲者も出ているという。


「マスター」

「どうした、エリス」


 消える男の情報はあっても、掴めていない状況の中でエリスが俺の耳元で囁いた。


「魔物の気配する」

「魔物の気配?」


 エリスに導かれるように、一軒の遊郭に向かっていけば。

 陽気で楽しそうな男がいた。


 もしかしてあいつが噂の消える男なのか?


「あの男から魔物の気配がするのか?」

「うん」


 街の中で病にかかった人々を訪ねたが、男の特徴については全くわからない。

 だから、観察を告げることしかできないのがもどかしい。


 遊郭に入っていくのを見て、俺も後を追いかける。


 ハニー様の使いとして調査していることは遊郭全体に知らせており、怪しい人物であることを番頭に告げれば、協力を約束してくれた。

 

 すでに一晩分の金貨を支払われており、一人の客として認識されている手前、無茶なことをして遊郭に迷惑をかけるわけにはいかない。


 そのため、隣の部屋に通してもらって、遊んでいる客として隣の男を監視させてもらう。


「あいつが今回の原因なんだろうか?」


 隣の部屋から聞こえてくる声は、快活で楽しそうな声であり、遊女達も陽気で楽しそうな男と過ごす時間を楽しんでいるようだ。


 男の言動も、それほど怪しいことはない。


 酒を飲み、遊女を褒め、そして楽しそうに遊女と遊んでいる。


 不吉な感じも、嫌な雰囲気もない。

 ただ、エリスが魔物の気配がするという一言以外に現状の怪しむ要素を見分けられない。


 遠目からその男の特徴を描いておこうと筆と紙をもらって、観察を続ける。


「マスター」

「うん?」


 エリスに呼ばれたことで、空気が変わったことに気づくことができた。

 もしも、エリスがいなければ楽しい遊郭の光景が続いていると思っていただろう。


 先ほどまでの陽気で楽しい雰囲気が一瞬で冷たく暗い闇に覆われたような気がする。


 いや、俺が聖属性だからハマらなかっただけかもしれない。


 遊んでいる様子を装うために、俺の部屋にいた遊女が眠りについている。


「どういうことだ? 何が起きている?」


 外の住人達は気づいていないということは、この遊郭だけが包まれた結界のような者がいるということだ。


「やっぱりあいつが病を引き起こしているのか?」


 エリスが部屋を飛び出して、淡い青白い光を放ち、その男に襲いかかる。


「なっ!」


 突然のエリスから襲撃を受けて男は驚いた顔見せる。

 男の手には何か液体らしき物をもっていた。


「お前がこれまでの病気を振り撒いた犯人だな」

「誰だ貴様は!」

「俺はソルト、今回の事件を調査していた者だ」

「くくく、そうか。バカな遊女達ばかりだと思っていたが、どうやら突き止められるとはな」

「貴様の手にある物が、病魔の原因なのか?」

「さぁ、なんのことかな? これは遊女をその気にさせる薬だよ」


 ここに来てシラを切ろうとする男の様子を観察する。


「この結界を張って、遊郭全体の空間を遮断してまですることじゃないな。それにこんな大掛かりな魔法は、魔属性か、時空属性にしかできないはずだ」

「くくく、よくわかってるじゃねぇか」


 俺の言葉に陽気な男は楽しそうに笑う。


「そうだ。これはあの方に一時的に空間を遮断するためにいただいた空間遮断の魔導具だ。そして、この魔物は専用の病魔を食べさせたスライムだ」


 男の発言で手にもっていた物がスライムで、それが原因で一連の事件が起きたことは理解できた。


 だが、あの方という発言がどうしても気になる。


 時空を遮断する魔導具と言われて、シンシアの顔が浮かんでくる。


 もしも、今回のことにもシンシアが絡んでいるなら、彼女は本当に何をしたいのだろうか?


「お前には聞きたいことがたくさんありそうだ」

「悪いが俺には無いね。バレたならこの場をやり過ごして次の街に行くだけだ」

「それを俺が許すとでも?」

「この空間で動けるだけで十分に嫌な奴だ。だが、それでもこの力はあの方に借りた物だ。俺の力がお前に劣るとは思ってねぇよ」


 先ほどから男の認識が定まらない。


 目に焼き付けておこうと思っているのに、意識が逸らされるような不思議な感覚を覚える。


「逃げることに関して、俺は誰よりも優れている。認識阻害の能力は今まで誰にも捕まえられたことはない」


 確かに男の存在は希薄になって、認識しているのも難しくなる。

 

 だが、今回の原因であるスライムだけは、手に入れて見せる。


「エリス!」


 最初の攻撃から、身を潜めていたエリスが小さくなって奴の間合いに入っていた。


「ぐっ! どこから!」

「お前がそれをいうのか?」


 不意を突くのが上手い奴が、不意を突かれて慌てる。


「バインド!」


 聖属性の拘束魔法を発動して、捕まえようとするが、すでに奴の姿は消えていた。


「くそ! エリス」


 俺の魔法は失敗したが、エリスは消える男からスライムが入った容器を奪っていた。


「よくやった!」


 犯人を逃してしまったが、原因を手に入れることができたことは大きい。


 俺はすぐに病魔となったスライムを調査する。

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