第79話
《side???》
私にはまだ名前はない。
ずっと暗くてジメジメした場所にいて、生まれた頃から強い力を持っていた。
食べた物を吸収してどんどん強くなれる。
だけど、だんだん食べると気持ち悪くなってきて、次第によくわからない気持ちがどんどん増えて何が何かわからなくなっていた。
でも、今の私はただの従者に過ぎない。
名前を持たず、形もない。マスターに付き従って、彼の役に立つために日々を過ごしている。
マスターは聖属性魔法を使う冒険者で、たくさんのメスを側に侍らせている。
きっと人間のメスが好きなんだろう。
マスターの力は人々を救い、癒すことができる。
私もマスターに体を綺麗にしてもらったから、わからなかった考えが整理できて、今は一緒にいられることが嬉しい。
だからマスターの姿を見るたびに、私の心は温かくなる。
もっとマスターの近くにいたい。
彼に愛されたい。
だけど、私はモンスターでそんな願いが叶うはずがない。
「今日も頼むぞ」
マスターが私にそう声をかけてくれる。
本当の名前を持たない私は、いつか消えてしまう。
それまでマスターと一緒にいられたらいいな。
「ねぇねぇ、ソルトさん。この子に名前を付けないんですか?」
メスの中で一番小さいメスが、私を指差してマスターに問いかける。
私は心の中で叫んでしまう。
余計なことを言うな人間。
私はマスターに従うことができれば幸せなんだ。
マスターのそばにいるだけで幸せなんだ。
余計なことを言って捨てられたらどうするんだ。
「名前か、うん。考えておくよ。真っ白で綺麗なスライムだからな。聖属性、同じ属性なのも嬉しいから、ちゃんとした名前を付けてやらないとな」
そう言ってマスターが抱き上げてくれる。
嬉しい! 名前つけてくれる? 一緒にいてもいいの?
それから旅が続いて、ダウトの街にたどり着いた。
ここは隣の領との境で、独特な文化と風習に溢れているそうだ。
あの薄暗い場所から出たことがない私にとっては、毎日が新しい発見の連続だ。
マスターは、たどり着いた街で人々の治療や支援をしながら仕事をしている。
私も消毒や浄化のお手伝いをして忙しいが、マスターは絶対に守ってみせる。
この身が滅びても、マスターのために頑張るんだ。
「よく頑張ってくれたな。本当に聖属性の補助をしてくれると、こんなに助かるのか。そうだ、名前を決めたぞ。お前の名前は今日からエリスだ。ありがとう、エリス。君のおかげで、凄く助かったよ」
マスターの言葉で胸が高鳴る。
名前をもらえた!!! 嬉しい! だけど、もっと愛されたい! 私も他のメスたちみたいに、マスターに好きになってもらいたい。
夜になって宿に戻ると、マスターは他のメスたちにゆっくり寝たいから部屋に来ないでほしいとお願いをしていた。
だからマスターの部屋にいられるのは私だけ。
疲れた様子でマスターがベッドに横になる。
私はそっとマスターのそばに寄り添って顔を見つめる。
マスターの寝顔はとても穏やかで、私の心を癒してくれる。
マスター……。
心の中で何度も繰り返す。
願い、もっと名前を呼んで。
マスターにとっては、ただの道具に過ぎないのだろうけど……。
私はマスターが大好きだよ。
夜通しマスターのことを思っていると、名前をもらって魔力の上昇が感じられた。
運命の瞬間が訪れた。
私はエリス。マスターが名前をくれたネームドモンスター。
「えっ?」
「マスター」
初めて自分の意思で声を出すことができた。
「だっ、誰だ?!」
「マスター、エリス」
「えっ? エリス?」
「私、エリス」
上手く話せないけど、マスターが大好き。
「えっと、もしかしてエンペラースライムのエリスってことか?」
「そう、だよ」
「マジか! 確かに名前を授かってネームドモンスターになると進化すると聞いたことがあるが、まさか女体化するなんて!」
体はスライムのままだけど、私の体は人間の女性のような形をしている。
「マスター…ありがと」
「お礼?」
「名前くれた。助けてくれた。ありがとう」
気持ちを伝えたい。
あの薄暗い場所から助けてくれた。
名前をくれた。
一緒に旅に連れていってくれた。
全部嬉しい。
「う〜ん、進化して女性の姿になって感謝を伝えてくれたのか? そうか、エリスは優しいんだな」
そう言ってマスターが頭を撫でてくれる。
嬉しい。もっとして。
「もっと!」
私は我慢ができなくてマスターに抱きついた。
「うっ!? なっなんだこの感触は! リアルスライムボディーの女体だと! くっ、これも変態紳士として受けれるべき存在ということなのか?! モンスター娘すら愛する! ふっ、変態紳士とは罪深き業なのだな」
マスターが何を言っているのかわからないけど、マスターは優しく抱きしめてくれた。
「マスター大好き!」
「そうか、ありがとう。俺もエリスのことをこれからいっぱい知って好きになっていくよ」
「うん!」
優しく微笑みながら、私の名前を呼んでくれる。
「エリス、今日は疲れたからもう寝たいんだ。一緒に寝よう」
「うん! 嬉しい!」
マスターは私をギュッと抱きしめてくれて、頭を撫でてくれる。
ずっとこのままでいたい。
マスター、大好き!
♢
朝になると他のメスたちがやってきた。
「また女性が増えているじゃないですか!?!」
「あ〜、どうやらエンペラースライムが、女体化したらしい。奇跡だと思うが、まぁ俺は受け入れるつもりだ」
「さすがはご主人様です! それでこそ変態紳士です!」
メスたちが何やら騒がしくしているけど、マスターを傷つけるなら許さない。
「エリスだ。仲良くしてやってくれ」
「エリスちゃんっていうの! 私はアオだよ! よろしくね」
「私はクルシュだ」
私が戸惑っていると二人のメスが名乗って、挨拶をしてくる。
戸惑う私にマスターが頭を手に置いてくれる。
「エリス、みんなは仲間だ。仲良くしてくれ」
「はい! マスター!」
マスターの命令は絶対! みんなと仲良くする!
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