第73話

 コーリアスの祭りも終盤に差し掛かり、夜空に打ち上げられる花火が次々と輝きを放っていた。


「綺麗だな」

「はい! ご主人様と花火が見れて嬉しいです」

「最高なの! おっきくてビックリなの!」


 高台で、ルリとアオの三人で花火を見上げていた。


 ラーナは、フィナーレの挨拶に祭の中心に移動して、第四騎士団もそちらの護衛に駆り出されている。


 俺たちは少し離れた場所で、ラーナを見守るために高台に上がっていた。

 祭の期間は、目まぐるしい事件の連続で慌ただしい日々だった。


 だが、全員無事に祭りを終えられることを嬉しく思う。


「ご主人様は今後はどうされるのですか?」

「シンシアが残した王都の墓について調べてみるつもりだ。その前にアザマーンに行って、ユーダルスの話を聞こうと思っているよ」

「そうですか、それではコーリアスともしばらくはお別れですね」

「ああ、何かあった際には、すぐに戻ってくるつもりだけど、しばらく滞在したらアザマーンから王都に向けて旅をしようと思う」

「かしこまりました」


 俺が今後の方針を話すとルリが寄り添うように手を繋いでくれる。


「主人様とお出かけ嬉しいの!」


 そう言ってルリの反対側から、アオも腕を組んできた。


 二人が俺に甘えてくれるので、祭の最後も楽しい花火を見ることができた。


 ♢


 花火が終わった帰り、フレイナから一緒に酒を飲まないかと誘われて二人を送り届けて、前に一緒に酒を飲んだホテルのラウンジに向かう。


「やぁ、すまないな。明日からは祭の片付けやゴタゴタが続いていて、今日しか礼を告げる時間が取れなかったんだ」

「いえ、大丈夫ですよ。フレイナ様は忙しいですからね。そんなことよりも、祭りの成功、おめでとうございます。」


 フレイナ様はすでに酒を飲んでいるのか、ほんのりと頬を赤くしていた。


「改めて礼をいう。ラーナ様を救っていただきありがとうございます! ソルト殿がいなければ、ラーナ様は誘拐されていたことだろう。あなたのおかげで、全てが上手くいった」


 フレイナ様は真剣な顔をして、俺に向かって深々と頭を下げた。


 俺としては少し照れくさくなって頭を掻いてしまう。


「いえ、僕はただ、皆と一緒に戦っただけです」


 フレイナ様は、俺の言葉に微笑みを浮かべた。

 その微笑みは、とても綺麗で、ルリともラーナとも違う無邪気な笑みに思えた。


「ありがとう。あなたの勇気と知恵が、この地を救ったのだ」


 真っ直ぐで素直なフレイナ様の可愛らしい微笑みに見惚れてしまう。

 普段は毅然とした姿勢を見せる彼女の、この一面が狡いと思う


 思わず口をついて出た。


「フレイナ様、その微笑み、とても可愛いですよ」


 フレイナ様の顔が一瞬で真っ赤になった。

 普段の冷静な彼女が、思わず視線をそらし、照れ隠しに咳払いをした。


「か、可愛いなんて言わないでくれ。私はそんな…」


 その反応に驚きながらも、フレイナ様の可愛いに弱い一面を見るのが好きでついつい言ってしまう。


「すみません、フレイナ様。でも、本当にそう思ったんです」


 フレイナ様は少し困ったような表情を浮かべたが、すぐに何かを思い出したように笑みを浮かべた。


「そうだ、今日しかないんだから付き合ってもらうぞ。今日は祭りだしな! 特別な日なんだ」


 フレイナ様は、俺の発言を誤魔化すようにグラスを差し出してきた。

 二つの杯にワインが注がれる。


「ソルト殿、飲んでくれ。これは特別な酒なんだ。祝いの席にはぴったりだよ」


 差し出された杯を受け取り、フレイナ様と乾杯する。


「「乾杯!」」


 フレイナ様は一気に杯を空け、すぐに次の杯を注ぎ始めた。

 相変わらずの酒豪ぶりに少し驚きながらも、自分の杯も飲み干した。


「フレイナ様は、相変わらずお強いですね」


 フレイナ様は笑いながら肩をすくめた。


「こんな時くらい、少しは酔いたいんだ。可愛いなんて言われて、恥ずかしいからな」


 ソルトはその言葉に微笑みながら、もう一杯を受け取った。


「じゃあ、今日はフレイナ様と一緒に酔いましょう」


 いつも酒で失敗していることはわかっていた。

 

 だが、今日は祭りで楽しく飲める酒なら良いかと思えてくる。


 ♢


《sideフレイナ》


 ラーナ様とソルト殿が結ばれたことは、今朝の間に聞いていた。


 そして、事件が解決して瘴気がコーリアス領から薄れつつあることは、調査でわかっている。つまりはソルト殿はこの地を離れていく。


 酒を酌み交わしながら、私は胸の内で色々な思いが交錯していた。


 戦闘や仕事なら冷静沈着に動いて考えられる。


 今日ばかりは特別な日だと思うと、少しだけ素直になれる気がした。


 彼が「可愛い」と言うたびに、何度も頭の中でリフレインする。


 こんな風に褒められるのは初めてで、何とも言えない恥ずかしさと喜びが混ざり合った感情が心を揺さぶってくる。


 杯を空けながら、ちらりとソルト殿の顔を見た。

 彼の優しい眼差しが私を見つめているのを感じて、心が温かくなる。


「ソルト殿、あなたとこうして飲むのは初めてじゃないけど、今日は特別の日だ。いつもとは違う」


 ソルト殿は微笑みながら頷いた。


「そうですね、フレイナ様。今日はお祭りの最終日だから、特別な日です」


 私は頷き返し、少し照れくさくて笑ってしまう。


「あなたには感謝しているんだ。ラーナ様を救ってくれただけじゃない、私たちみんなの心に希望をもたらしてくれた」


 ソルト殿は少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑んで答えた。


「そんな、僕はただ、自分にできることをしただけです」


 謙遜しているわけじゃない。

 彼は本心からそう思っているんだ。

 優しさが彼の魅力でもあることを理解していた。


「あなたのそんなところが、皆を引きつけるのかもしれないな」


 再び杯を空け、二人の飲む量は増えている。


「そんなに褒めても何も出ませんよ」

「……正直に言うぞ」

「えっ?」

「ソルト殿。あなたといると、普段の自分とは違う自分を感じるんだ。こんなこと、誰にも言ったことがない…自分でもこんな気持ちが私にあるなんて思いもしなかった」


 私の背中を押したのは、ラーナ様だった。


「ずっと強くなければならなかった。冷静なリーダーであることを自分に言い聞かせてきた」

「そうなんですね。フレイナ様は、いつも凛々しいと思います」

「ありがとう。私もそうなろうとしてきた。でも、あなたといると、そんな仮面を外して、本当の自分を見せられる気がするんだ」


 ソルド殿は、真剣な顔で私の話を聞いてくれている。


「本当のフレイナ様?」

「ああ、私も女なんだと理解したんだ。ソルト殿、あなたはきっとコーリアスに留まることなく旅立ってしまう。だから、その前に思い出を作らせてくれないだろうか?」


 酒が入っていなければ、こんなことは言えなかった。


 恥ずかしくて顔が熱い。


 ソルト殿は頷きながら杯を受け取り、ふたりは再び乾杯した。


 ーーーーーーーーーーーーーーーー

 あとがき


 どうも作者のイコです。


 昨日は、たくさんのアクセスがあってびっくりでした。

 今日もよろしくお願いします!

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