第72話

 一晩明けた翌日、コーリアスの訓練場には、ユーダルス・アザマーンと、その残党が捕えられて地に伏している。


 ユーダルスが捕えられた時には、毒々しい気配に誰もが身震いしていた。


 あの薬でイライラしていたユーダルスのことを、アザマーン領の者たちも恐怖していたようだ。


 本来のユーダルスは、雷属性なのだが、多くの闇の魔法を体に取り込んでいて変貌を遂げていた。


 闇属性に変化していくうちに、精神を保つことができなくなり欲望に忠実な、数々の悪行を重ねてきた恐ろしい存在になっていた。


 しかし、聖属性魔法を何度も叩き込むことで、闇属性は払われて、一晩、厳重に監禁されたユーダルスの様子は、昨日とは打って変わっておとなしくなっていた。


 聖属性の魔法は、ユーダルスの体と心にこびりついた闇属性を浄化して、一つ一つ洗い流していった。


 聖なる光で浄化されることで、ユーダルスの中に蓄積された毒気は抜けたようだ。


 その過程で、ユーダルスの体も大きな変化を遂げていた。


 最も劇的な変化が訪れたのは、毒素と欲望が溜まっていた金の玉が落ちてしまった。


 それは彼の体に蓄積された毒素がそこに溜まっていたからであり、闇属性と聖属性がせめぎ合った結果、ユーダルスの中で限界に達した証拠でもある。


 同時に彼の運命を変える出来事となった。


 その瞬間から、ユーダルス・アザマーンの体だけでなく、心の中でも変化を遂げた。


「これが、浄化されるということなのね」


 顔を上げたユーダルスは、ムキムキの筋肉を誇りながらも、その口調は女性のように柔らかくなっていた。


「ユーダルス・アザマーン。あなたに問います。此度の一件、あなたがしでかしたことは理解されていますか?」


 一晩を超えた影響なのか、ラーナはユーダルスを前にしても怖気付くことなく、毅然とした態度で問いかけた。


「……ええ、わかっているわ。私はとんでもないことをしてしまった。ごめんなさい、ラーナちゃん」

「ラーナちゃん?」

「ふふ、私も不思議なのだけど、憑物が落ちた気分なの。昨日は凄く苦しかったんだけど。今朝、目を覚ますととても頭がスッキリしていたの」


 ユーダルス・アザマーンは、今朝目覚めて鏡に映る自分の姿を見つめ、以前の自分とはまるで別人のように感じたそうだ。


 かつての粗暴な態度は消え、柔らかな表情が浮かんでいた。


 毒気が抜けた体は軽く、心もまた軽く感じた。


 そして、不思議なことに自分自身の新しい一面に目覚めたのだった。


 金の玉を失ったことで、ユーダルス・アザマーンは自分の中にある女性としての感性を強く感じるようになった。


 その感覚は驚くほど自然で、新たな自分を受け入れるきっかけとなった。


「私は…変わったの」

「…そう……ですか」

「だから、私は自分の過ちを受け入れるわ。どんな罰でも。ただ、私には娘がいて、その子を次のアザマーン当主に任命する権利だけは許して頂戴。後見人はハニーにお願いしたいの」


 ユーダルス・アザマーンは己の罪を認め、清々しい顔で全ての罪は自分にあると告げた。


 それは昨日までの粗暴なユーダルスではなく、別人のような顔をしていた。


「此度は、あなたが私を誘拐してコーリアスを乗っ取るために画策していると判断させていただきます。相違ありませんか?」

「ええ、私はあなたが欲しくて無理矢理でも誘拐しようとしたわ」


 今のユーダルスは安らぎと調和を求めるようだった。

 

 新しい自分を受け入れることで、自分の過去と向き合い、改心することができたのだろう。


 第四騎士団はユーダルスの変化に驚いていたが、全面的に罪を認めたこと。

 そして、明らかに昨日とは別人のように変わり果てたユーダルスを、アザマーンの領主の座を降りるという約定を結ぶことで解放することを約束した。


 幸い、ラーナを含め、誰も傷を負うことなく被害も軽微で済んだことが罪を軽くするきっかけになった。


 もちろん、街に被害が出た分に関しては賠償責任は問うことになったが、命まで取らなくても良いということになったのはかなりの減刑と言える。


 まだ、真に改心したのかはわからない。


 だが、今のユーダルスの態度が演技だとしたら、約定が意味を成すだろう。


 1、被害にあった者や破壊した物の賠償。

 2、アザマーン領主からの解任。

 3、今後、ユーダルスとは同盟関係で互いに不干渉とする。


「これからは、誰かのために生きていくわ…命を助けてくれてありがとう」


 ユーダルスは過去の罪の償いを誓って深々とラーナに頭を下げた。


 これからの人生を人々のために捧げることで、これまでの自分の人生を清算するという。


 ♢


《sideユーダルス・アザマーン》


 沙汰を告げられて、アザマーンに帰る日……。


 自分の人生を変えた男、冒険者ソルトが見送りにきていた。


 彼に対して恨みはない。

 むしろ、心からの感謝を伝えたい。


「ソルトちゃん、あなたのおかげで、私は新しい自分に出会えたのよ」

「そっ、そうか。それはよかった? のか?」


 ウィンクをしてあげると照れたように苦笑いを浮かべる。


「もちろんよ! これからは過去の罪を償い、善を求める道を歩んでいくわ」


 私は愛情たっぷりの投げキッスをしてあげる。

 そんな私にソルトちゃんは優しく微笑んでくれた。


 ーーードクン!


 その微笑みに私の胸が高鳴る。


「ユーダルス・アザマーン。一つ問いたい」

「何かしら?」

「お前の口から道化師という言葉が出た。彼女と知り合いなのか?」

「……そうね。教えてあげてもいいわ」

「本当か?」

「ええ、その代わり、一度アザマーン領へ遊びにきて頂戴。私の娘を紹介したいの」

「娘を紹介?」


 私の心は女になった。

 

 だけど、体は男……。


 ソルトちゃんと結ばれることはできない。

 だけど、彼の素晴らしさを娘に知ってほしい。


「新しい領主を発表するパーティーを開くつもりなの」

「わかった。必ず行かせてもらうよ」

「ありがとう、ソルトちゃん。本当にありがとう」


 別れを告げた後、私は手下たちと共に新たな帰路に着くために出発した。


 手下たちは私の変化を戸惑いつつも受け入れてくれた。

 

 道中、手下の一人が話しかけてきた。


「ユーダルス様、本当に見事な演技でした。上手く切り抜けましたね」


 その言葉に一瞬何を言われているのかわからなかったけど、理解して彼の頬をツンツンする。


「皆、私のことをこれからは姉御と呼びなさい」

「ふぇ?!


 手下たちは驚いた表情を浮かべた。


「呼ばなかったら承知しないわよ」


 私が力こぶを見せながら伝えると、全員が頷いてくれる。


「「「へい! 姉御!」」」


 新しい自分を受け入れ、筋肉マッチョな姉御としての道を歩むことを決意した。


「ふふ、お利口さんね。ソルトちゃん、私は結ばれることはできないけど、あなたのママンになれること楽しみにしているわ。それに道化師ちゃんは、ちょっと悲しい子なのよ。それをあなたに伝えるべきか、見極めさせてもらうわ」


 愛しのソルトちゃん。


 次に会えるのを楽しみにしているわね。


 ーーーーーーーーーーーー

 あとがき


 どうも作者のイコです。


 本日もどうぞよろしくお願いします!


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