第66話

 時刻は、夕暮れを迎えようとしていた。

 

 祭りも佳境に入り、何事もなくこのまま全てが過ぎ去ってくれるならそれが一番良いと思い始めていた時間。


「ご主人様」

「ああ、気配が変わったな」


 町全体の雰囲気が重苦しく、濃霧に包まれていく。


「これはなんでしょうか?」

「わからないが、霧を発生させるということは何かを隠したいということだろう」


 ラーナ様たちは屋敷で待機してくれている。

 俺たちはこの霧の原因と発生場所を特定する必要がありそうだ。


「クルシュさん、メイ。俺たちはこの霧の原因を解明するために街に向かう」

「ああ、頼む。我々は屋敷に戻って、ラーナ様の護衛を務めよう」

「ソルトさん! ご武運を」


 二人と別れて、霧の原因を突き止めるために動き出す。


 街に向かえば、コーリアスの城郭都市全域に霧が立ち込めていた。

 どこに誰がいるのかも見ることができない。


「これは!」

「ソルト様の浄化でも、霧を晴らすことはできませんか?」

「ああ、これが死属性や魔属性なら払うことができるんだが、単なる濃霧としての水属性なんだ。何度か試してみたがダメだった」

「そうでしたか」


 相手が目眩しとして霧を発生させたことはわかるが、城郭都市全体ほどの霧をどうやって。


 空気は冷たく、風も一切感じられない。


「人工的に作り出したってことか?」

「どういうことですか?」

「霧を発生させるためには色々な条件が必要になる。その条件を揃えて魔法で発生させたわけではないということだ」


 わざわざ、手の込んだ仕掛けをして霧を作り出して何がしたいんだ?


「ラーナ様の誘拐以外に何を仕掛けようとしている?」

「誘拐以外の仕掛けですか?」

「ああ、これだけ大規模な霧だ。誘拐だけで終わらせるはずがない。もっと大きな何かを隠すしているように思える」

「大きな何か?」

「変な匂いがするの!」

「変な匂い?」


 アオの言葉で、匂いを感じようとするが俺では何も感じられない。


「確かに変な匂いがします。腐敗臭と言えば良いのでしょうか?」

「腐敗臭?」


 腐敗臭ということは俺の浄化でどうにかできるはずだが、先ほどから聖魔法を制限されているような気がしてならない。


「すまないが、その匂いがどこから来ているのか探れるだろうか?」

「わかりました。やってみます」

「ううう! 臭いの!」


 アオは涙目になっているが、今は二人の鼻に頼るしかない。


 二人が誘導してくれる場所に向かっていけば、そこは下水道へ繋がる場所だった。


「ここがそうか?」


 入り口までくれば、俺にも臭さが伝わってくる。


 そして、この場所から霧が立ち込めていた。


「中に入ろうと思うが、二人が辛いならここで待っていてくれ」

「いえ、流石にここまで匂いが強くなると、もう鼻が効かなくなりました」

「うん。もう大丈夫なの」


 完全に鼻声で話をする二人に、若干の緊張感のなさを感じるが、それはそれで可愛いのでありだろう。


 二人は戦闘時であってもロングコートのメイド服を戦闘服として着用しているので、下水の中では汚れてしまう。


 よく似合っていたので、惜しくはあるが、ラーナ様に新しい物を用意してもらおうかな?


「何かお考えですか?」

「いいや、二人のメイド服が汚れてしまうなって思っただけだよ」

「大丈夫です! バニー様から五着。ラーナ様から三着いただきましたので、色や用途に応じて対応可能です」

「ミニも同じ数だけあるの!」


 すでにラーナ様にメイド服をいただいているだと!


 俺の知らないところで、女性同士の繋がりができているようだ。


「それならいいか、今は戦闘用のメイド服ってことでいいんだよな?」

「はい! ご主人様」

「そうなの! 主人様!」


 二人とも楽しそうなので、問題はないだろう。


 俺たちはそのまま下水道に突入していく。


 下水道の中はいくら浄化をしていても、腐敗が溜まるものだ。

 コーリアス領は整備が王都に比べれば行き届いていないので、浄化をかけながら進んでいくが、二人は辛そうな顔をしている。


 下水道は魔物が出没する一種のダンジョンと化していることが多い。

 スライムや、ゴブリンなど下等な魔物が生息して生きている。


 食べ物や汚染水は魔物たちの食糧になってしまうので、住みつきやすいのだ。


 それらを倒しながら、進んでいくと……。


 霧がさらに濃くなっており、腐敗している匂いが一段階強くなる。


「ここだな」

「ご主人様」


 扉を開けようとすると、自分が開けるとルリが俺を退かせる。


 俺は少しでもルリの負担を減らすために聖属性の結界を張って匂いや扉が開いた際の弊害をサポートする。


「開けます」


 アオは背後の敵を警戒しながらルリの言葉に頷く。


 ゆっくりとルリが扉を開いていくと、その腐敗臭はかなりの強さを誇り、ヘドロの塊のような真っ黒に腐食した化け物が部屋全体に充満していた。


「スライム……なのか?」

「多分ですが、デスヘドロスライム。エンペラースライムの亜種だと思われます。属性は水ですが、腐敗物を大量に取り込んだのでしょう。死属性が混じっています」


 説明の間に冷気が立ち込め、当たりが凍りついていく。


「どうしてこんな奴がコーリアス領内に!」

「誰かが持ち込んで、屍人を食らわせていたのでしょうね」


 冷静に分析するルリの言葉に、シンシアの顔が浮かぶ。


 本当にシンシアがこんなことをしたのか? 


「こんな化け物が街に出れば、街は滅びるぞ!」

「死属性を浄化していただけますか?」

「倒せるのか?」

「水属性だけならば、エンペラースライムなら」


 ルリの額にも冷や汗が見える。


 つまりは、かなりの強敵であることは間違いないようだ。


「わかった、やってみよう。時間を稼いで欲しい」

「かしこまりました。アオ! 相手の攻撃を受けてはいけませんよ」

「わかったの!?」


 三人はそれぞれの役割のために動き出した。

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