第65話

《sideユーダルス・アザマーン》


 目を覚ますと日が昇っていて、何が起きているのか分からなかった。


 だが、考えてみれば簡単なことだ。

 ラーナ・コーリアスが、俺の酒に強力な睡眠薬でも混ぜていたのだろう。

 間者のルータスが捕まったんだ、多少の計画が露見していてもおかしくはない。


 本来であれば、昨日はラーナに宣戦布告をかけて教えてやろうと思ったが、もうどうでもいい。


「おい、道化師。本当に事件を起こせるんだろうな?」

「うん? そうだよ」


 一昨日ぐらいから、道化師の様子がおかしい。

 いつもこちらをからかうようにふざけた態度を取るやつだったはずなのに、随分おとなしい。


「おいおい、お前の計画に乗ってここまできているんだぞ! そんな調子で大丈夫なのか?!」

「さぁ、どうだろうね。もう仕掛けは済ませたから、後は君しだいじゃない?」

「あぁ? 仕掛けを済ませただと?」

「そうだよ。時間がくれば自動的に発動する。だから、今日で君とはお別れだね」


 クソが、結局この良い尻をした女を手に入れることは叶わなかったか、一昨日からしおらしくなったことで色っぽさまで出てきやがって、ますます抱きてぇじゃねぇか。


「そうだ。君に教えておいてあげるよう」

「あぁ?」

「向こうには、狼の獣人で凄く綺麗な母娘がいるんだ。家令さんだけじゃなく、女騎士団も粒揃いだ。君なら、制圧して全てを手に入れられるんじゃない?」

「ほぅ〜、祭りという休戦調停を無視しろと?」

「ふふ、事件が起きるどさくさに紛れて家令さんを攫おうとしているくせに」


 妖艶な笑みを浮かべた道化師は、まさしく悪である。


 こいつを敵に回すのは得策ではない。

 計画を聞いた時には、成功するのか悩ましいところではあったが、間違いなく成功できる。


 そう思えるまで道化師が言った通りの展開が続いている。


「ふん、とにかく貴様が仕掛けたというなら、それに乗るだけだ」

「ふふ、そうだね。君との縁も今日までだ。成功を祈るよ。私の仕掛けは済んでいるから、見守るだけだよ。それじゃあね」


 そう言って道化師はいつも通りに外に出ていく。


 だが、これが最後だと言われてもそんな気がしないぐらい気軽な物言いの別れだった。


「ふん。後は計画を実行するだけだ。そして、俺は晴れてラーナの夫になって、この領地も内部から手に入れてやる」


 そう、俺が目論んでいる計画は単純な話だ。

 

 王国は地方のことまで目を配ることはない。

 貴族の領地は貴族が守るものであり、俺は領地経営など興味がなく王都でのうのうと暮らすコーリアス領主に変わって、コーリアス領を手に入れる。


 そのためにラーナを手に入れる必要があったが、逃したことが今でも悔やまれる。


「おい、野郎どもは準備ができているんだろうな?」

「へい。ユーダルス様のご命令通りに配置しております」

「よし。後は時間を待つだけだ」


 くくく、ラーナよ。


 明日は共にベッドで迎えることを楽しみにしているぞ。



《sideソルト》


 ランチを囲むテーブルは、上座にラーナ様、正面にフレイナ様、隣にクルシュさんが座っている。


 ラーナ様を中心に話をしているのだが、ラーナ様は朝から胸元が開いた服装をしていて、フレイナ様はブラウス。クルシュさんは軍服のような姿でそれぞれ違う服装をしている光景がどうにも不思議に見えてしまう。


 先ほどから三人がキラキラと見えているのもあるが、前世の記憶が蘇ってきて。


 ラーナ様は簡易ドレス。

 フレイナ様は男装の麗人。

 クルシュさんは軍服。


 それぞれがコスプレをしているように見えてしまう。


 しかも、それが普通の生活で着られる服なので、興奮しないはずがない。


「改めて、ソルトさん。頼みたいことがあるのですが、よろしいですか?」

「はい! ラーナ様のためならばどんなことでもお力になりたいと思います」

「まぁ! ソルトさんは口がお上手なのね」

「いえ、本心からですよ。ラーナ様が心を痛めている原因を全て取り除いてあげたいと思っています」

「ふふ、ありがとうございます。それでは早速なのですが、今晩の警備に加わってはいただけないでしょうか?」

「警備に?」


 予想通り、アザマーン側から何か仕掛けがあるとすれば今日だとラーナ様たちもわかっているのだろう。


「それは構いませんが、俺は聖属性で浄化と回復ぐらいしか役に立てませんがよろしいですか?」

「もちろんです。相手がどのようなことをしてくれるのか分からないので、備えておきたいのです」

「そういうことでしたら、喜んでご協力させていただきます」

「ありがとうございます」


 ラーナ様が話すたびに、胸がバウンドしているが、そんなことで動揺するようでは本物の変態紳士にはなれないだろう。


 俺は余裕を持って微笑みを浮かべる。


「皆さんを守るぐらい言えれば良いのですが、不甲斐ない我が身を恥じるばかりです」

「ソルトさんに恥じることはありません! むしろ、昨晩で確信しました」

「確信? 何をでしょうか?」

「私はソルトさんに対しては、男性恐怖症を発症しません。今も、こうやって話をしていても問題ないのです!」


 そう言ってラーナ様が立ち上がって、俺の側に近づいてくる。


 座っている俺の目の前に爆乳が目の前に!


「ソルトさんの手を握っても良いですか?」

「ええ。もちろんです」


 俺はラーナ様が緊張しているのが伝わってきたので、微量のリラックスを発動して手を握りながら安心させてあげる。


「ふぅ〜、やっぱり大丈夫です」

「何がでしょうか?」

「私は男性から触られると震えが止まらなかったのです。ですが、ソルトさんには触れても問題ありません」


 リラックスの魔法を使っているからだろうか? う〜ん、これはズルをしているようで申し訳ない。


 だけど、これをきっかけにしてラーナ様が男性恐怖症を克服できるなら協力を惜しまない。


「それはよかった」

「ラーナ様、いつまでソルトさんの手を握っているんですか?」

「はっ?! 申し訳ありません。はしたなかったですね」


 そう言って恥ずかしそうにラーナ様が離れていく。


 目の前にあった爆乳が遠ざかっていくのは悲しいが、追いかけないのもまた紳士。


「協力いただきありがとうございます。配置などはフレイナからご連絡を差し上げます」


 その後はランチを食べながら楽しく談笑していた。


 ルリに言われるまでは気づかなかったが、女性と接するのがこんなにも楽しいとは知らなかった。

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