第59話
屋敷に戻ってくるとフレイナ様が、部屋にやってきた。
今日はパーティーに混じるために、身だしなみを整えてルリに髪の毛を整えてもらうことになっている。
「少しだけいいだろうか?」
「はい」
俺が立ちあがろうとすると、フレイナ様が手で制した。
「そのままで大丈夫だ。簡単なお願いをするだけだから」
「簡単なお願い?」
鏡越しに映るフレイナ様は、昨日の綺麗なドレスではなく護衛として動きやすいタイトで足元にスリットが入った服を着ていた。
「改めて、パーティー前の時間にすまない」
「いえ、フレイナ様の方がお時間は大丈夫ですか?」
「私は、着飾ることはないからな。ラーナ様の付き添いをする程度なんだ。そのラーナ様が今は着飾っているからね」
「それはもったいないですね。昨日はとてもお綺麗だったのに」
「からかわらないでくれ」
今日のフレイナ様は凛々しい装いで、ホストを務めるラーナ様の横に立つのだろう。
ルリと、アオは相変わらずのメイド服だが、屋敷のメイドさんと見間違ってしまうので、ドレスに着替えてもらった。
ハニー様から、ドレスもいただいていたそうなので、今度ハニー様に会った際には色々とお礼をしないといけないな。
「それで頼みたいことはなんですか?」
「ああ、ラーナ様が男性を苦手としていることは話したと思う」
「はい」
「だが、ソルト殿のことは、ラーナ様も苦手意識が薄いようなんだ。昨日もソルト殿を男性役として呼んだのも、本日の本番に向けて緊張をしないためだった」
ラーナ様からチラチラと視線を感じていたので、何かあると思っていたが、どうやら男性である俺を警戒してのことだったようだ。
「そうだったんですね」
「そこで本日も出来るだけラーナ様の視界に入る場所にいてはくれないだろうか?」
「うん? どういうことです?」
「ラーナ様は、大勢の男性から視線を浴びると極度の緊張から、話せなくなってしまうことがあるんだ」
「それでしたら、俺が混じると余計に話せなくなるのでは?」
男性の数が増えるのは好ましくないのではないだろうか?
「いいや、それは大丈夫だ。ラーナ様自身が言っていたことだが、ソルト殿を見ていると安心するそうだ。だから、頼む。出来るだけラーナ様の見えるところに」
「……わかりました(パーティーで魔法を使っても良いのかわからないが、いつもは緊張しないようにリラックスの魔法を使っていたんだよな)」
「何かあるのか?」
「いえ、もしもパーティー会場内で魔法を使うと言ったら許してくれますか?」
「人を傷つける魔法ではないんだよな?」
「はい。むしろ、人を癒す魔法です」
「……」
じっとフレイナ様が俺を見た。
その瞳は全てを見透かすように透き通っていて、俺もそれを見返す。
「ふむ。あなたを信じる。本来はパーティー会場で魔法を使うことは非常識なことだ。だが、これまでのあなたの全てを信じる」
「ありがとうございます」
「いいや、お願いをしているのはこっちだ。応じてくれてありがとう」
互いに握手をして、俺はパーティー会場へ向かった。
両手にはルリとアオがいて、本日は先に屋台でたくさんご飯を食べて来ているので、ラーナ様が来るまでは飲み物だけにしておいた。
「ご主人様、本日はお仕事として挑むということですか?」
「そうだ。今日は客としてではなく第四騎士団の助っ人として動く。ルリ、アオ。そのつもりで」
「かしこまりました」
「わかったの!」
二人は俺の言葉に従ってくれる。
怪しい人物や、おかしな行動をしたなら逐一報告してくれることになった。
ラーナ様がやってきて台の上に乗った。
その姿は緊張から青い顔をしていた。
フレイナ様が言われていた緊張からだろう。
俺は少量の聖属性魔法で、リラックスを施した。
ラーナ様は俺を見て微笑んでくれる。
その微笑みはとても美しくて見惚れてしまいそうになるが、これは仕事だ。
俺はラーナ様の瞳を見つめて安心させるように笑いかけた。
どうやらリラックスが上手く効いたようだな。
ラーナ様が話を始めた。
演説を行なっている最中で、俺の視線はラーナ様に向けられていたが、ルリが袖を引いた。
「ご主人様」
「どうした?」
「道化師がおります」
「なっ?!」
ルリの発言に視線を向ければ、シンシアも、道化師もいなかった。
「どういうことだ?」
「匂いです」
「匂い?」
「はい。我々は嗅覚や聴覚が、普通の人間よりも優れています。この場では香水やお酒などの強い匂いを発する物が多いですが、道化師の匂いを忘れるはずがありません」
「わかった。ラーナ様の演説が終われば辿ってみよう」
「アオを置いていきますので、私は先に」
「ああ」
ルリが俺の腕を離してパーティーの人混みに紛れていく。
前回は混乱時で力を落としていたルリだが、現在冷静になって戦っている時にはクルシュさんを凌駕する力を持っている。
「終わったな」
ラーナ様が演説を終えて、貴族たちの中へ挨拶に向かった。
俺はルリを追いかけようと思ったが、獣人の男がラーナ様に強引に触れようとしていたので、ヒーリングの魔法で眠ってもらう。
「良い夢を」
眠ったのを見届けて、俺はフレイナ様に会場を出ることを伝えて、パーティーを飛び出した。
アオがルリの匂いを追いかけてくれて、たどり着いた中庭では、ルリと道化師の装いをしたシンシアが対峙していた
「あなたを絶対に許しません」
「へぇ〜君から恨まれる筋合いないと思うけど?」
「何を言って」
「だって、ソルト兄さんに会わせてあげたじゃない。今は幸せじゃないの?」
「なっ?!」
「おや、そのソルト兄さんが来たみたいだね。やぁ、こんばんは、ソルト兄さん」
シンシアはもう隠す気もないようだ。
俺のことをソルト兄さんと呼んで、ルリの精神を揺さぶる。
「シンシア、どうしてこんなことを?」
「それはね。世界はソルト兄さんが思っているよりも、美しくないからなんだよ」
「どういう意味だ?」
「ふふ、ねぇソルト兄さん。もうすぐで王の墓が復活するだって」
「王の墓? なんだそれは?」
「さぁ、だけど、きっと王都で起きたゾンビパニックよりも酷いことになるんじゃないかな?」
ふわりと道化師の体が浮き上がる。
ルリが追いかけようとするが、一瞬で消えてしまう。
「ご主人様、お話を聞かせていただけますか?」
俺と道化師の会話を聞いていたルリは、困惑した顔で俺を見ていた。
シンシアが消えた空を眺めながら、何を目的にしているのか考えてしまう。
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