第58話
《sideラーナ・コーリアス》
豪華なドレスに身を包み、来賓を出迎える準備を行う。
本来であれば、兄であるコーリアス領主が行うことではあるが、長らく王都から兄がこちらに戻ってきたことはない。
この二年前に、一度だけ家令としての役目を任命された際に戻っただけだ。
兄は昔からそうだった。
領地のことなど興味がなく、王都で貴族らしく暮らすのを夢としていた。
だから、家令を務める者に領地を預け、お金を送っていれば満足するような人だ。
人に興味がない。もしくは辺境である田舎に興味がないのだろう。
「ラーナ様、そろそろ」
「ええ、フレイナ。今日はよろしく頼むわね」
「はっ!」
家令として務めて二年。
フレイナやクルシュと共に大きな判断を何度も下してきた。
私が男性が苦手だったこともあり、男性よりも女性を優遇しているという声を上げる者もいた。
実際にそうなってしまっている部分も多いだろう。
男女平等などありえない。
どちらかを立てれば、どちらかは立たない。
そう見られてもおかしくはないのだから……。
金色のドレスは豪華なだけでなく、男性を惹きつける胸元が大きく開かれ、今にも飛び出してしまうのではないかと思う。
腰に巻いたコルセットは運動していると言っても苦しい。
髪をアップしているので重く感じてしまう。
着飾るのが嫌いなわけではないが、来賓を迎えるためにいつも以上の姿になった自分の姿に結局は男性に媚び諂っているように感じてしまう。
フレイナを見れば、護衛として動きやすい。タイトで足元にスリットが入ったドレスを着ていて羨ましく思う。
身長もあり引き締まった体をしているフレイナだから似合うのだ。
私はフレイナほどの筋肉もなくて、胸ばかりが大きいのでアンバランスな体をしていることだろう。足は細くて棒みたいだと自分でも感じる。
「行きましょう」
「はっ!」
貴族の九割が、男性が家を継いで爵位を授かる。
例外として、女性が活躍した場合や、夫や父親が急死して爵位を継ぐ者が女性しかいない場合ぐらいなものだ。
私は自分の二年間に恥じることのない仕事をしてきた。
だが、所詮は家令であり、領主代行でしかない。
他の貴族様よりも位は低く、ただの女でしかないのだ。
来客たちが待っているダンスホールは、昨日の身内だけが行った小規模なパーティーではなく、屋敷の中で一番広いダンスホールで開かれる。
シャンデリアの光に照らされて、大勢の人々にいつもは数が少ない男性が大半を占めている。
心臓がギュッと掴まれたような息苦しさを感じながら、私はダンスホールに作られた主賓が話をする台へと向かう。
私の元夫の弟であるユーダルス・アザマーンを筆頭に、辺境を守護する他領の貴族様方。
ここで私が無礼なことや、頼りない姿を見せればコーリアス領は舐められ、下に見られてしまうことだろう。
「皆様、今宵はコーリアスの繁栄を願う祭に参加していただきありがとうございます」
目を閉じて頭を下げ挨拶をする。
そして、目を開けて私が見た正面にいた人を見て、不思議な感覚を覚える。
気持ちが落ち着いて先ほどまでの緊張がなくなっていた。
彼は、拍手をして優しい瞳で私を見てくれている。
たくさんの人たちから視線を浴びて、全身に突き刺さるような感覚を覚えるが、彼の視線だけは私の瞳に集中している。
だから、安心して彼だけを見つめながら話ができる。
「コーリアス領は、この二年で大きく飛躍することができました。騎士団の配置を変えることでそれぞれの地域の問題に対処できるようになり、現在は農業と文官の教育に力を入れることができました」
まだまだ辺境のコーリアスは、文官と呼べる者が少ない。
優秀な者は王都や豊な土地へ出て行ってしまう。
だからこそ辺境の地で育ち、辺境の地を豊かにすることで、力だけが優遇されるような環境ではなく、領地として魅力的に成長を遂げなければならない。
「これまで学校は存在しませんでしたが、文官として育ってくれる教養ある者たちを育てるために、少しずつ歩みも始めました」
最初は貧しい子達がご飯を食べに来てくれるような方法で人を集めましたが、二年で文字や数字を理解できる子供や、大人が集まり、文官になれそうな者たちを私の側に置いて教育を始めた。
「コーリアスは、辺境として確かに田舎だと思われ、発展がゆっくりかもしれませんが、これまでとは違った形で成長を遂げたいと思っています」
男性ばかりが力で、抑えつける環境ではなく。
女性も共に考え、共に働き、協力できる環境を整えたい。
それは適材適所だと私は思っている。
フレイナの兄であるガインはとても強い。
だが、あまり勉強は得意ではなかった。
荒くれ者の第二騎士団をまとめる力はあるが、街を任せる技量はなかった。
それを理解できる人間は一体どれくらいいるだろうか?
コーリアス領内だけども、五つの街と、二十を超える村が存在する。
「この祭りは、今後の発展繁栄を祝うものです。どうぞ、同じ辺境で生きる皆様にご教授とご協力をよろしくお願いします」
私が最後の挨拶をすると拍手が起こる。
ずっと不思議だった。
男性が苦手だと思ってきた。
そのはずなのに……彼、ソルトさんが私の正面で、私を見つめてくれるだけで、気持ちが落ち着いて勇気をもらえたような気がする。
「それではどうぞパーティーを楽しんでください」
ここからは賓客たちへの挨拶に向かわなければならない。
コーリアス領はアザマーン領とフリーゲル領という二領に面しており、アザマーン領は同じ伯爵として対等。フリーゲル領は子爵家で格は落ちるが同士であることは間違いない。
さらに、敵国であるザックラン共和国からも現在は同盟を結んでいるので、使者がやってきて賓客席に座っていた。
三人の貴族と外交官が、私のもてなすべき相手であり、その他の人々は護衛や商人といった順番になるだろう。
「皆様、本日はよくぞおいでくださいました」
「ふん、義姉上。そのような畏まった挨拶をするものではない。我々は義理とは言え、一度は姉弟の契りを交わしたものです」
「アザマーン様、改めて領主に任命おめでとうございます。こちらまでご足労いただきありがとうございます」
「うむ。そんなことよりも酒を注いでくれるのであろう?」
「はい」
三人の殿方から、突き刺さるような視線は胸や体ばかりに感じて、これが普通の男性なのだと思い知らされる。
「おっと、姉上そのような遠くては注ぎにくかろう」
そう言って強引に手を伸ばしたユーダルスに捕まると思った瞬間に、その手はだらりと力が抜けて椅子に深々ともたれていく。
どうしたのだろう?
そう思っていると、他の二人も怪訝な顔をされていた。
「お疲れだったのでしょうか?」
「そっ、そうかもしれませんな」
私は賓客のお二人にお酒を注いで、その場を離れました。
嫌なことが起きると覚悟していたので、内心では安堵して離れることができました。
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