第54話

 目を覚ました俺を誰かが覗き込んでいる。

 シンシアではないかと驚いて目を開けた。


「うっ!」

「主人様! 起きたの!」


 だが、そこにいたのは青い髪に狼の耳が生えた可愛い顔だった。

 俺を見て犬歯を見せながら微笑む顔はとても愛らしい。

 

 昨日とは変わって、今日のアオはミニスカメイドの衣装を着ているようで、俺の位置からアオの太ももがのぞいている。


 角度を変えれば、見えてしまいそうだ。


「アオ、覗き込んではいけないと言ったではありませんか」

「だって、全然起きないから心配だったの」

「申し訳ありません、ご主人様。何度も外から声をかけたのですが、お返事がなかったので、心配して勝手ながら部屋に入らせていただきました」


 ルリが謝罪を口にしながら事情を説明してくれたので、状況を理解することができた。ルリはロングスカートの昨日と同じメイド服だった。


 アオは昨日のメイド服が動きづらかったのかもしれないな。


「そうか、心配かけてすまない」


 俺は謝罪を口にしながらアオの頭に手を伸ばした。

 

「くすぐったいのです。ワフッ!」


 くすぐったいと言いながら笑顔で気持ち良さそうな顔を見せてくれる。


 素直に甘えてくれるアオはとても可愛い。


 黙っていれば絶世の美少女なのに、こうやって甘えてくれることで、子供やペットのように感じられて素直に接することができる。


「あっ、アオだけズルいです」

「ルリもおいで」


 反対側にルリを呼んで、アオと同じように頭を撫でてあげる。


 長袖にロングスカートのメイドだが、その爆乳は隠しようがないほどに膨れていて、妖艶な年上女性が甘えてくるのはなんとも言い難い。


 ただ、気持ちよさそうな顔をするのを見ていると、美しい女性なのだが、大型犬を撫でているような感覚になってくる。


「さぁ、そろそろ起きよう。今の時間はどれくらいだろうか?」

「まだ、午前中ではありますがお昼前といったところでしょうか?」

「そんなに寝てしまっていたのか、ラーナ様に失礼なことをしてしまったな」

「いえ、朝食の誘いはありましたが、ご主人様が寝ていることを伝えると。旅の疲れが出ているのだろうからゆっくり休んで構わないと仰せでした」


 どうやら気を使わせてしまったようだ。


 コーリアス領の領主代行として忙しい身であるラーナ様にお声かけするのは申し訳ないだろう。


 とりあえず身支度を整えて、街の様子でも見に行こう。

 途中で会えればその時に謝罪を口にして、無理でも夕食時に声をかけさせてもらおう。


「二人は祭りに参加したことはあるか?」

「アオはないの!」

「私もです。ずっと逃げ回る日々だったので。このように堂々と街の中にいるのが不思議なほどで」


 これまでの二人の生き方を聞いているからこそ、このような場に出向くなど考えてもいなかったのだろうな。


 もしも、シンシアが俺の前に二人を連れてこなければ、出会うこともなかった。


 そういう意味では二人に酷いことをしたと思うが、出会わせてくれたとも言える。


 だが、シンシアがバンという獣人を殺したのも事実だ。


「今日から、クルシュさんとメイは街の警備に向かうと言っていたから、一緒に行動はできない。三人でのんびりお祭り見物をしようか?」

「良いの?!」

「ああ、冒険者ギルドには顔を出しておきたいが、それ以外に用事はないからな」

「本当によろしいのですか?」


 俺自身が気分転換をしたいというのが本音だ。

 

「たまにはいいさ。仕事ばかりで休暇をちゃんと取っていなかったからな。今日と明日は仕事は無しだ」

「やったーなの!」

「ふふ、アオ、あまりハシャイではいけませんよ」

「はーい!」


 二人は俺の従者であることを主張したいということで、メイド服のままで出かけるそうだ。


 一応、認識阻害のローブだけは纏っているが、それでも人混みなのでぶつかってフードが外れてしまえばあまり意味はない。


 ただ美しい二人を連れていると認識阻害のロープを纏わせなければ目立って仕方ない。


「今日は楽しんでくれていいさ。ただ、人が多いから走り回るのは無しだぞ」

「わかったの! 主人様と手を繋いでいくの」

「そうですね。お願いします」


 二人と手を繋いで、街に向かって歩き出した。


 コーリアスの城郭都市内部は、かなりの人が溢れていて。

 露天商がある大通りは進むことができないほどに人が多い。


 そこで、路地裏を通って冒険者ギルドに向かうことにしたが、そちらも大勢の人がいて、今日はどこも同じように人でいっぱいだった。


「二人とも」

「わかっております。ご主人様、失礼します」


 そう言ってルリが俺を抱き上げると、壁を飛んで屋根の上に出る。

 さすがはフェンリル種というべきか、身体能力が普通の人とは違って、アオも普通に屋根に跳び上がってきた。


「ありがとう」

「いえ、このようなことはお手のものです」


 俺も多少は肉体強化の魔法を使えば、動くことはできるが、そもそもの運動神経が違いすぎる。


「このまま冒険者ギルドに行こうか」

「はいなの!」


 俺はルリに下ろしてもらって冒険者ギルドがある建物の近くまで屋根を伝って移動した。どこもかしこもコーリアスの街中は人で溢れていて、上から見る景色は爽快だった。


「ふぅ、たどり着いたな」

「これでは間者が紛れ込んでいても分かりませんね」

「ああ、ラーナ様の周囲は警戒を強めているだろうが、街の中に入り込む全ての者たちを調査するのは無理だろうな」


 話をしながら冒険者ギルドの扉を開いた瞬間に、抱きしめられる。


「えっ!?」

「ソルトさん、会いたかったよ」


 そう言って俺を抱きしめていたのは、王都の冒険者ギルドで世話になっていたミリアさんだった。

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