第44話
ルータスを炙り出すために、一芝居を打ったことで、民衆達の不安を煽ってしまった。彼らは首謀者が捕まったことで、我先に自分たちは関係ないと叫び出した。
広場ではガイン殿に訴える者達が溢れた。
「黙れ!?!!!」
戦場を駆ける将軍の威圧は、普通の市民にとっては死を覚悟するほどの圧が含まれていた。だが、そんな彼らに対してガイン殿の言葉が続く。
「首謀者は見つかった。だが、どこまで関与している仲間がいるのかはわからない。先ほども申したが領主様の裁量で間者の処刑は決められている。そして、領主様からこの街を預かっているのは第二騎士団団長の我である。我は皆を信じたいと思っているのだ。これ以上、迷惑をかけて場を混乱させるのであれば、即刻処刑とする。聞き分けが良い者は家に戻って呼ばれるのを待たれよ」
ガイン殿の言葉に街の者達は不安に駆られながらも、トボトボと家に帰っていく。
それは、ここで反論を口にして殺されるという恐怖による選択だった。
淡々と告げられる事実ほど怖いものはない。
悲惨だったのは、メイの父親だ。
どこかで妻だけは自分の味方であると思っていたのだろう。
メイの母親にクズだと言われてからは茫然自失で、動かなくなってしまった。
また、息子も同じで人を呪いそうだった瞳は信じられないという風に母親を見つめていた。
ただ、母親だけはヒーリングの効果が効いて眠りについてしまった。
「ガイン殿、あとはお願いします」
「ああ、メイのことを頼む」
「このようなことをした相手がメイに会っても良いのか」
「それを判断するのは、俺じゃない。メイだ」
ガイン殿に考えるのはあなただと言った意趣返しを喰らってしまう。
「そうですね」
「此度は、協力感謝する」
「ええ」
ガイン殿と握手を交わして別れた。
メイは、広場が見える個室で待っていてもらった。
事件の全てを見守ってもらうためだ。
メイに対して、俺は酷いことをしたと思っている。
家族を囮にして、ルータスを釣り上げた。
その鍵を担ったのはメイの母親だった。
面会をして、催眠術をかけて深層心理に問いかけた際に白状して知ることになってしまった。
ーーコンコン
「ソルトだ。入ってもいいか?」
「どうぞ」
メイがどんな顔をしているのか不安だった。
俺は今回の芝居を指示した者として、家族を貶め、メイを孤独にしてしまった。
その説明をしなくてはいけないだろう。
「失礼する」
「……ご苦労様でした」
そう言って出迎えたメイは椅子から立ち上がって頭を下げた。
上げられた顔が少し寂しそうに見えたのは、俺の勝手な妄想だろうか。
「……メイは俺に幻滅したんじゃないか?」
「どうしてですか?」
寂しい微笑みを浮かべるメイは、俺が言葉を発すると俯いてしまう。
「ラーナ様やメイは、俺を紳士だと言ってくれた。だが、俺はそんな優しい人間じゃない。仲間だと思っている大切な存在のためなら、他人を蹴落とすこともできる酷いやつだ。それがメイの家族だと知っていても、メイが傷つくかもしれないとわかりながら、助けられるなら手段を選ばない」
昔、シンシアに言われたことがある。
「ソルト兄さんは、とても優しくて残酷な人ね」
そう言った時のシンシアは美しくて、俺は自分のしたことをわかりながら、シンシアたちを守れるならそれでいいと思った。
「……どこかでソルトさんは、紳士的で、温かい心を持っていて、優しいだけの人だと、私は決めつけていました」
それは勘違いだ。
ラーナ様やメイの大きな胸を見て興奮をする奴は紳士じゃないだろ? 温かい心だと思ってくれることも、俺の信念に従っているだけだ。
優しくなんてない。利になると思えば、悪い話にだって乗る。
敵だと見做したなら容赦をするつもりもない。
「だけど、本当は……」
「本当は?」
「凄く狡くて優しい人だったんですね」
「えっ?」
狡くて優しい?
「どうして自分が悪者のように言うんですか? 本当に悪いのは私の家族です。不倫をしていた母です。母に依存して威張っていた父です。働くことなく両親にしがみいていた弟です。そんな家族を利用したルータスもです。そして、家族を見捨ててしまった私です」
俯いていた顔をあげたメイは涙を浮かべていた。
「ソルトさん、あなたは悪い人ではありません。ですが、ズルい人だと思います」
「そうか」
なら、嫌われたなら仕方ない。
メイが助かった。
それだけでよかったじゃないか。
「だけど、そんなソルトさんだから私は……自分の醜さを知りました」
「……」
「私も母と同じです。ソルトさんに助けを求め、ソルトさんに今でも抱きつきたくて仕方ないんです! あなたに依存してしまいたい」
そう言ってメイが俺の胸に飛び込んできた。
俺は彼女を抱きしめて良いのか判断できなくて……。
「今は何も言わないで抱きしめてくれませんか?」
小柄な彼女の頭は俺の心臓に当てられ、大きなロケットオッパイの柔らかさと温かさが伝わってくる。
その体は震えていて、俺はそっと彼女の背中と頭に腕を回して抱きしめた。
痛くならないようにそっと優しく。
「ウウウウンン……」
嗚咽を漏らすメイ、泣いている彼女が泣き止むまで、ただ沈黙のまま抱きしめた。
もしも、声をかけろと言われても今の俺にメイへかける言葉は思いついていなかった。
どんな言葉を発したとしても、嘘くさくて、白々しく響くような気がしたからだ。
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