第43話っす

 メイとの面会を終えた俺は、すぐに行動を開始した。

 アオとルリに協力してもらって、ちょっとした仕掛けをする予定だ。


「二人の力を貸してほしい」

「ご主人様のご命令であれば、どんなことでも致しましょう? 誰を殺しますか?」

「主人様の命令嬉しいの!? どんな魔物を殺すの?」


 親子揃って殺すことに思考がいくのはなぜなんだろう? フェンリル種として狩猟本能でもあるのだろうか?


「いや、そう言うことじゃないんだ。ちょっとした噂を街に流してほしい。そして、もう一つ。やってほしい仕事がある」


 俺は午前中に二人に話をつけて、一日中駆け回ってもらった。特別なことじゃない。


 ただ、ダウトの街に間者が入り込んで、捕まった者たちの証言で、ダウトの住民全員が、アザマーン領へ情報を流した間者だと噂してもらうだけだ。


「こんなことでよかったのでしょうか?」

「みんな驚いた顔はしていたの! だけど、自分には関係ないって言っていたの」

「ああ、十分だな」


 認識阻害のローブを被ったまま、あらゆる場所で二人に間者の話をしてもらうことで、どこから聞いたのかわからない噂を街の者達は耳にする。


 最初は、どこかで聞いた話だと言う噂程度ではあるが、それを聞いたという者が増えれば増えるほど、真実なのではないかと疑い始める。


 それは次第に無実でも間者にされてしまうという噂に変わっていく。


 それを耳にした者はどう思うだろうか?


 俺は転生者として、ネット社会も経験していた。


 その際に、嘘か真かわからないフェイクニュースが流れても人は大騒ぎをする。


 事実無根のティッシュが販売を制限すると、SNSで聞けば、次の日にティッシュを買い求める人が溢れるように……。


 それが自分のことになれば、嘘なのか本当なのか確かめるまでもなく不安にかられて行動してしまう。


「さて、あとは」


 一芝居を打ってもらう約束をしたガイン殿の登場を特等席で待っていた。


「街の者たちよ! キケー!!!」


 昼から夕方に差し掛かる時間、メイの家族三人がガイン殿と兵士に連行されて広場に姿を現した。

 兵士が周りを固めていると言っても街の者達の注目は高い。


「この者たちは、間者の疑いをかけられた者達だ! 皆も知っていると思うが、王国の法として、間者として疑われた者は領主の裁量で処刑が許されている。だが、この者たちが言うにはダウトの街に住む者たちは皆が協力者だという」


 猿轡を噛まされた父親は、ガイン殿の言葉に反論をするように暴れているが、兵士に取り押さえられる。


 母親は狂ったように笑っていて、弟は街の者達を怒りをぶつけるように睨みつける瞳を向ける。


「ガイン様! それは嘘です! 私はそんなことしてません」

「私もです! こいつらが街の者達を道連れにしようとしているのです!」


 数名の街人が、否定を口にするが、その者たちは兵士によって抑えられる。

 流れていた噂が本当になったと街の者たちは思うだろう。


 もしかしたら、自分も処刑されるかもしれない。


 そんな思いが込み上げてきて、メイの家族に石が投げられる。


 傷を負う家族の姿をメイもどこかで見ている。

 家族のことを思って、心を痛めているかもしれない。


 ここで終わりじゃない。


「私も君たちのことを信じたい。だが、こやつらが言うのだ。街の者達は、バカだと。誰かの秘密を簡単に話してくれたとな」


 ガイン様の言葉に、街の者たちはそれぞれの顔を見て、首を傾げ横に振る。

 今の言葉では理解が得られなかったのだろう。

 

「お前たちに聞きたい。世間話をしているつもりで、悩みを打ち明けたことはないか? 親切にされて、ついつい余計なことまで話したことはないか? 特定の人間に相談事を持ちかけたことはないか? そんな者がお前たちの周りにいなかったか?」


 ガイン様の言葉に、全員が一人の人物へ視線を注いだ。


「私はいつも親切に挨拶をしてくれて、何度か助けられたから」

「俺だってそうだ。いつも声をかけてくれて、何か困るとつい頼って」

「わっ、私もです」


 不思議なほど、皆が一人の人物を見た。


 それはある意味で不自然なことであり、心当たりがある人物に対して、負い目があるのか、皆が視線を向けながらも、疑心暗鬼に陥っている。


「皆さん、バカなことを考えていませんか? 私がそんなことするはずがないじゃないですか?」


 ガイン殿がメイの家族を兵士に預けて、市民を堰き止める役を任されていた兵士の元へ向かう。


「ルータス、お前が間者なのか?」

「はは、バカなことを言わないでください! 団長。私は毎日真面目に仕事をしてきただけです」

「そうだな。俺から見てもお前は真面目で親切でいいやつだった。まともな文官がいないダウトの街で、お前は俺を助けてくれていた。数字のチェックや、街の管理、見回りも率先してやってくれたな」

「そうですよ! 門番だけじゃなく、誰よりも真面目なだけで!」


 良い人戦略という言葉を聞いたことがある。


 誰にでも親切で、誰にでも優しくて、コミュニケーション能力が高く。

 普段は自分の用事を放っておいても、他者のために働いてくれる。


 そんな人物がいたという。


 だが、ある時その人物は気付いたのだ。


 他者の悩みは、金になると……。


 良い人を頼って相談を持ちかける者がいた。


 それは他者からすれば有益な情報であり、その有益に感じている人物にも、相談を受けていた良い人は思うのだ。


 その相談事を結びつければ良いのではないか? 実際にそれは大きな成果となって帰ってきた。互いに手に手をとって喜び合い。


 良い人に感謝と謝礼を与えた。


 だから、良い人は良いことをして、どんどん多くのパズルのピースを集めて、大きなパズルを完成させてしまう。


 完成したパズルを、よりそれを欲する者へ提供することで、大きな利益を手にする。


 領地の機密情報などはまさしく。


 軍の動き。

 金の動き。

 名産品の秘密。

 領主のスケジュール。

 護衛の強さ。

 街全体の管理。


 全てが有益な情報になって、売れば売るほど金になる。


 そんなことを知らない者達からすれば、自分の息子が兵士になって活躍をしている話をしただけかもしれない。


 農家として、今年の収穫数を伝えただけなのかもしれない。


 文官がいないために、助けてくれる者を頼っただけなのかもしれない。


 その全てが、間者に利用されているなど考えもしないで。


 気付いた時には、すでに全ての情報は奪われてしまっていたなど、誰も考えもしない。


「証拠がありません!」

「証拠ねぇ」


 ルータスが、もしもメイを捕らえなければ、計画は完璧だったのかもしれない。

 俺がここまで動こうとは思わなかったからだ。


「ルータスさん」

「ソルト様!」

「間者は疑われただけで殺されるだけなのでは?」

「おっ、お待ちください! 確かに街の者達から視線を私は注がれました! ですが、その程度のことです」

「メイは、家族の告発で犯人になりました。証拠も何もなく、その程度のことでです」

「それは家族ですから! ですが、私は違う! 他人に対して、ただ優しくしていただけです」


 まだ言い逃れをしようとするルータス。


 だから、俺はメイの母親の猿轡を外して、リフレッシュの魔法をかける。


「えっ?」

「あなたに聞きたいことがあります」

「はい?」


 同時に俺はヒールと、ヒーリングもかけた。


「ハウウ」


 ヒールは少量で体力を回復させるだけにして、ヒーリングは睡眠状態にする。


 三つの魔法をかけることで、新たな魔法がかけられる。


「あなたにとって旦那様はどんな方ですか?」

「クズです!」


 メイの母親が発した言葉に父親が、驚いた顔を見せる。


「息子さんは?」

「ごくつぶしです」


 今度は息子が母親を見る。


 これは一種の本音を言わせる深層心理を呼び覚ます魔法でヒプノシス。


「それではルータスさんは?」

「愛する人です」

「ほう、旦那さんではなく、ルータスさんが愛する人? 今、彼は間者の疑いをかけられています。事実ですか?」

「……彼は、私が寂しい時に優しく言葉をかけてくれました。そして、優しく抱きしめてくれたんです」


 メイの母親は、メイに似て可愛らしい女性だ。

 ただ、化粧などしないで、男性に縋って生きてきた。


 それが処世術だと言えばそうだが、ある意味でルータスにとっては一番操りやすい人物だったのだろう。


「彼は間者ですね」

「……はい。彼に街の者達から情報を集めてほしいと言われました」

「嘘だ! 出鱈目を言うな!?」


 ルータスは叫び声をあげて、腰にぶら下げていた剣を抜き放ってメイの母親を殺そうとする。


 だが、ガイン殿の動きは凄まじかった。


 ルータスの剣を弾き飛ばして、一瞬で組み伏せた。


「じっくり聞かせもらおうか」


 威圧を放ったガイン殿は、情けなく俺に頭を下げた人物と同じとは思えないほどの迫力を持っていた。

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