第41話

 ガイン殿が待っていたのは、ホテルの前にある酒場だった。


 二階に部屋をとってあるようで、酒場の喧騒から少し離れて、個室でガイン殿と向かい合う。


「悪いな。帰ってきて早々に呼び出しちまって」

「いえ、色々なことがこちらもあったようですね」

「ああ、まずは報告から聞かせてくれ」

「ええ!」


 俺は連れて帰ってきたアオとルリのことを話さなければならないので、向こうで起きた瘴気事件の話を掻い摘んで伝えた。


「それで助けた獣人を一緒に連れ帰ったと?」

「ええ、主従関係を結んでいるので俺の願いを聞いてくれます。冒険者登録もしているので、問題はないはずです」

「主従関係? 奴隷契約みたいなものか?」

「まぁそう思ってもらえれば」


 この世界には奴隷が存在している。

 人に命令できる契約と言われると、奴隷契約を思い浮かべるのはありふれたことなのだ。


「まぁ、そっちはいい。それで? 間者のヒントは手に入れたのか?」

「ハニー様と飲み比べをして、聞いた話ですが、使えない者を調べてみろと」

「使えない者? どういう意味だ」

「領主は、人の心を掴むのが上手いようです。使えない者と言われている人物を利用していると推測しました」


 多分だが、ハニー様の言われていたことは、向こうの領主は人を上手く使うことに長けていると言いたかったのだろう。


 だからこそ、認められていない者や、他者から使えないと思われている者は、認められて声をかけられるだけで、自分が必要とされていると思って、ベラベラと情報を話してしまう。


「あ〜、すまん。つまりはどういうことだ?」

「第二騎士団に限らず、認められておらず、自分はもっと出来ると思う者全てが間者として、情報を話している恐れがあります」

「なっ!?」


 俺の出した結論は、ダウトの街に住む者であれば誰でも間者としての可能性がある。


 この世界は、それほどまでに忠誠心が高くはない。


 世間話をしてるつもりで、重要な情報を話してしまう。


「それじゃ意味がないだろ?!」

「はい。ですが、それらの情報をまとめ、大事な情報だけを報告している頭脳となる人物が存在すると思います」

「頭脳?」


 そうだ。メイの父親だけじゃない。

 誰が、何を話しているのかなんてわからない。


 何気ない気持ちで話した噂話。

 世間話でしていた、誰かの予定。

 誰かが誰かの秘密を語り話をする。


 だが、それらが有益な情報であると吟味して、大切な情報だけをまとめる、頭脳と呼ばれる諜報機関のような役目が必要になる。


「つまりは、間者をまとめる奴を捕まえれば、いいってことか?」

「はい。例えば第二騎士団で使えない人間がいたとして、その使えないという人物に優しく接する者や、親しくしている者。街の人たちに対して親切で評判がよく、何気ない話を聞けるような人物はいませんか? 優しそうで、親切で、お話が上手な人です」


 こうしてガイン殿に話をすることで、俺の頭の中でハニー様が言われていたヒントが繋がった気がした。


「……お前の口ぶりから言えば、第二騎士団が担っている自警団や門番を指しているのように聞こえるぞ。何よりも、メイは犯人じゃないと言っているのか?」

「さぁ、それを考えるのは俺の仕事ではありません。俺は知り得た情報を伝えて、こちらの組織の頭脳となる方に考えてもらうだけです」


 正直に言えば、ガイン殿に怒っていた。


 メイを捕まえる確たる証拠はあったのか? その理由を聞いていないこともあるが、あまりにも浅はかな判断をしていると思ったからだ。


 最初に会った時にクルシュさんに対して発した言葉、一晩付き合えと軽く言ってしまう。


 クルシュさんがフォローしようとしていたとしても、どうしても納得できない部分があった。

 短絡的に物事を考えて、言葉を発しているとは思えない。


 その場の思いつきで言われているように感じてしまう。


「ふぅ、痛いところを……。ああ、お前の言う通りだ。正直に言えば、俺は街の管理なんてできるような頭は持ってねぇ」

「……」

「馬に乗り槍を振り回すことには長けている自信はある。親父が騎士爵で活躍して、俺も騎士団に入って評価されて、今の地位を手に入れた。だが、いきなり街の運営や管理が務まるはずがねぇ」


 弱音を吐いたガイン殿は、俺に向かって頭を下げた。


「お前がもしも間者を突き止めているなら、力を貸してほしい。クルシュも、メイも、俺にとっては妹分だ。フレイナの部下たちを守るために何をすればいいかわからなねぇ。それに俺が預かっている第二騎士団に犯人がいるなら突き止めるための知恵を貸してくれ」


 ガイン殿に、頼れる軍師が居たなら助言を仰ぐこともできたのだろう。

 

 今の状況で誰が味方で、誰が敵なのかわからない。


 外部の人間である俺に頼りたくなる気持ちもわからないわけじゃない。


「俺のことは信用してもいいんですか?」

「ソルト殿を信じるのか、その判断は、俺にはできなかった。だが、クルシュ、メイが言ったんだ」

「二人が?」

「ああ、もしもの時に頼りになるのはソルト殿だってな」

「随分と信用されたものですね」

「ああ、あの警戒心が強いメイが、ソルト殿は頼りにしていると言っていた。そして、クルシュはソルト殿に命を救われ、もしも裏切られて命を取られるなら、ソルト殿がいいともな。どうすればあの二人にそこまでの信頼が得られるんだ?」


 クルシュさんは、元々ラーナ様のために命を投げ出す覚悟を持っている人だった。

 それが俺に命を救われて、同じように感じてくれているんだろう。

 

 メイにそこまでの信用を得られた自信はないが、嬉しいことだ。


「だから、頼む。知恵を貸してほしい。俺だけでは、この街に入り込んだ間者を見つけることができない。そして、ラーナ様を狙う作戦もわからねぇ。掴めているのは、コーリアス領で行われる祭りの際に何かを起こすと言うことだけだ」

「コーリアスで開かれると言っていた祭りですね」

「ああ、そうだ」


 その情報もどこからもたらされたものなのだろうか? 特定出来ているとは思えないな。


 むしろ、必要な情報であればここで話してくれるはずだ。

 それを話さないと言うことは、伝える必要がないと言うことだろうか?


「一人、気になっている人がいます」

「誰だ?」

「その前に作戦を伝えます」

「作戦?」

「はい。それは……」


 俺はガイン殿に一芝居打ってもらうための作戦を伝えていく。


 自らの不甲斐なさを理解している人間は、無能ではない。


 ガイン殿を少しだけ認められるところを見つけた。

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