親子
第39話
《sideメイ》
私は家族が嫌いです。
人の話を聞かないで、自分は偉いのだと言い続ける父も。
そんな父に頭を下げて、付き従う母も。
そんな両親から可愛がられて幸せそうに笑う弟も。
そんな家族の中で、何も言い返せなかった自分も……。
私は全てが嫌いでした。
だから、ラーナ様が作る女性だけの騎士団に入隊する際に、諜報部を希望しました。
諜報部は、騎士団の中でも特殊な部隊で、他の部隊よりも多くの知識を得られると思ったからです。
知識が無ければ、重要な情報なのかそうでないのか判断もできません。
そんな判断が要求され、なんでもかんでも仕入れた情報を報告すれば良いというものでもありません。
騎士団の中でも裏方の仕事であり、情報を集めるという泥臭いことをしなくてはいけないのですが、私は自分が必要とされているという実感が持てました。
それでも家族という世界しか知らなかった私にとっては、新たな知識を得られる学びの場であり、また他者の秘密を知るという甘美なことに夢中になりました。
興味がない相手だったとしても、他者の秘密を知ることで相手のことを自分だけが知っているという愉悦を味わえたのです。
そんな一年間の研修を終えた私は騎士として、クルシュ様が率いる副団長の部隊に配属されました。
憧れのクルシュ様は、スラム街出身ではありますが、その心は騎士として誉れ高く。剣術の才能に溢れていたため、武と人望で副団長の地位にのぼり詰められた方です。
その美貌と才能に憧れた女騎士は、私だけじゃありません。
私は出世に興味はありませんでした。
ですが、クルシュ様、ラーナ様、フレイナ様、お三方のお役に立てるようになりたいと努力を続けています。
残念ながら、私は戦闘の才能は乏しく、戦場では役に立てません。
ですが、情報を集めるために他者と仲良くなって懐に入り、普段は得られない知識を習得する貪欲さは持ち合わせていたのです。
「メイ、これはどうすれば良いか知っているか?」
「ふふ、クルシュ様は仕方ないですね」
他にも情報を集める過程で必要な道具の使い方や、知識を蓄えることで得た情報を使って、クルシュ様が知らないことを教えてあげられるようになりました。
クルシュ様は、見た目や戦闘では素晴らしいのですが、普段は魔導具を使うのが苦手で、礼儀作法などもあまり得意ではありません。
ですから、クルシュ様に質問をしていただくたびに、自分が役に立てていると実感が持てました。
「だから、もうあなた方とは関わらないようにしたかったのですが」
私の目の前には、母と弟が座っています。
父親が牢に放り込まれたために、家族の処遇を第二騎士団からどうするべきか問われて、尋問を任されたのです。
もちろん、家族として温情を与えるかもしれないと思われているので、私が最初に尋問をして、その後は第二騎士団の方々が行うことが決まっています。
「メイ! お父さんを解放して頂戴!」
「姉さん! どういうことだよ。お父さんが捕まったって!」
私を非難するように語気を強める二人に、深々と溜め息を吐きました。
「Aランク冒険者、聖光のソルト様に対して、門番として務めている際に不敬を働きました。その罪によって第二騎士団の詰め所に連行されたのですが、そこでとんでもない事実が判明しました」
そう、あれはソルトさんがアザマーン領へ向かった日の夕方。
第二騎士団の詰め所に、クルシュ様と共に呼び出された私が聞いたのは、父が第二騎士団を辞めてアザマーンに行くと言い出したということでした。
「アザマーン領へ行きたいと?」
私たちを出迎えたのは、第二騎士団団長ガイン様でした。
神妙な顔をされて、困っておられる様子です。
「そうだ。それが妙なんだよ。アザマーンに行けば自分は認められる。だから、もうコーリアスには未練はないとか言っててな」
父の言葉に血の気が引く思いがしました。
現在、ガイン様、ソルトさんは、間者の調査を行っています。
そして、父の発言は、まるで自分が間者であると発言しているよう聞こえてしまうのです。
「その顔は心当たりはなさそうだな」
「えっ?」
「悪いな、メイ。お前のことも疑わせてもらっていた。多分、お前の父はアザマーンの間者に上手く丸め込まれて情報を流していた恐れがある。あいつ自身が間者を務められるとは思えないからな。だが、お前は別だ」
ガイン様の威圧が私を襲います。
ですが、クルシュ様が矢面に立って庇ってくれました。
「お待ちください! ガイン様。メイはそのようなことをする子ではありません!」
「おいおい、クルシュ副団長。お前が仲間思いなのは知っている。それにメイが、悪いやつじゃないことは俺もわかっている。だがな、良い人を演じるのも間者の仕事だろ?」
ガイン様の言葉は正しいと思います。
私も諜報部に配属されたことで、様々な情報を見聞きして人の醜悪さを学びました。
そして、表の顔が綺麗な人ほど、裏で暗躍していることが多かった。
裏表なく面白いと思ったのは、クルシュ様とソルトさんぐらいです。
「クルシュ様、反論はしないで大丈夫です」
「メイ?」
「ガイン様、私が関与していないという証拠を見せることはできません。ただ、この二年の間に父とは会っておりません。それは家族も同じです。そして、手紙などのやり取りも一切しておりません。それは調べていただければご理解いただけると思います」
私に証明できる発言はこれぐらいしかありません。
二年より前に、父が間者に使われて情報を漏らしていたなら、私とも接点がある人物なのかもしれません。
ですから、今の発言はなんの意味もない。
ですが、その素振りはコーリアスにいた時にはなかったと思います。
「……わかった。その辺りはすでに調べがついている。メイが犯人だとは思っていない。だが、疑わしき人物であることは互いに理解してほしい」
「……はい」
ガイン様は、厳しいことを話されていますが、私を心配してくれています。
フレイナ様の兄上として、お優しい方であることは知っているのです。
「メイに、家族への尋問を命ずるがいいな?」
ガイン様がクルシュ様を見て、クルシュ様が私を見ます。
私は首を縦に振って同意を示しました。
「わかりました。私はメイの潔白を調べます」
「ああ、任せる。全く、厄介なことばかりだ」
ソルトさんがいなくてよかったと思ってしまいます。
あの人に疑われていたら私は……。
ソルトさんに触れられた胸が熱くなったように感じてしまいます。
ふふ、何を考えているのでしょうね。
まずは家族に話を聞いて、自分の無実を証明しなければいけません。
そうして、私は久しぶりに会う母と弟に対面しました。
「以上が、現在の状況です。単刀直入に申します。あなた方に間者の容疑がかけられています。父はほぼ黒です。お母さん、ホーア。正直に話していただければ、私が話をつけられます。お二人は関係者ですか?」
話をつけられるなんて嘘です。
だが、家族の温情があると思って話してくれるなら、そのぐらいの方便は使わせてもらっていいでしょう。
久しぶりに会った二人に対して、私の心は冷たく凍りついたように動く気配はありませんでした。
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