第31話

《sideアオ》


 私は生まれた時からお母さんと二人だったの。

 お母さんは優しくていい匂いがして、だけど、いつも色んなことを気にしていたの。


「良いですか、アオ。私たちは特別な種族として生を受けました。普通の獣人として過ごしてはいますが、もしも正体がバレてしまえば、悪いことを考える人もいます。ですから、絶対に人前で狼の姿になってはいけませんよ」

「わかったの!?」


 私は生まれた頃、ずっと子狼の姿をしていたの。

 だけど、ある時から人の姿にもなれるようになって、お母さんは今度は狼の姿になってはいけないというの。


 だから、私はお母さんの言いつけを守って過ごしていたの。


「凄いだろう!?」


 それはいつも遊んでいた山で、村の子供が木に登って遊んでいたの。

 私は遠くから見ているだけで、その輪の中に入ることはできないの。

 だけど、楽しそうに遊んでいる姿を見ているのが好きだったの。


 だけど、その子が木から落ちてしまって、無我夢中で助けようとしていた。


「うわっ?! 狼だ! どうして狼がいるんだ!?」


 助けたかっただけだったのに、木から落ちた子を咥えて助けると、みんなは私を見て驚いたの。私は何も考えないで狼の姿に変身してしまったの。


 それが終わりの始まりになるなんてわからなかったの。


「ふふ、見てたよ。君がフェンリル種だったなんて、こんな吉報を目にするなんて最高の気分だよ!」


 そう言って闇の中から聞こえた声は、すぐに消えてしまってたの。


 だけど、狼になってしまったことをお母さんに謝ると、お母さんは悲しい顔をして、その村から離れるように私たちは山の中に入って身を隠したの。


 だけど、あの声はどこまでも私たちを追いかけてきて、私をお母さんの元から引き離したの。


 それからは、どこかもわからない真っ暗なところに連れて行かれて、それからどれくらいの時間経ったのかわからないの。


 色々な場所に連れて行かれて、ずっとお母さんがいないことに涙が流れてきたの。

 

 どうして……私だけこんなにも悲しい思いをしないといけないの?


 あの子を助けるために狼になってしまったのがいけないの? お母さんとの約束を破ったからいけないの? 私が特別な種族に生まれたからいけないの?


 お母さんに会いたい。


 会えない間に、私はご飯を食べることも辛くなって、殴られて、蹴られて、もう死んでしまうって思ったの。


 最後にお母さんに会いたい。


「もうそろそろ終わりですね。最後の仕上げをしてもらいましょうか」

「アオーーーーーーーー!!!」


 突然、景色が変わって、目の前に狼になったお母さんがいたの。


 凄く嬉しくて……。


「お母さん!」


 私が呼びかけると、お母さんは私を見てくれたの。

 それなのに……私は首を絞められて意識を失ったの。


 もう死ぬだけだって思っていたの。


 だけど、お母さんもボロボロになって私を探してくれたの。


 お母さんに会うまでは死にたくないの。

 誰か、お願いしますの。

 お母さんを助けてほしいの。


 私が助けられたら助けたいの。

 だけど、私じゃお母さんを助けられないの。

 お願いします。私の全てを上げてもいいの、だからお母さんを助けてほしいの。



 温かい……。


 私は生きているの? 目が覚めると不思議な香りがしたの。

 だけど、とても良い匂い。


「アオ、俺ができる事はやろう。お母さんを助けられるなら助ける」


 温かい寝床と、美味しいご飯と、気持ちいいお風呂と、綺麗な服をくれたの。

 お母さんが言っていたの、人の中にも良い人がいて、あなたを愛してくれる人がいるわ。


 そんな人に出会えたなら、ご主人様と呼んでいっぱい幸せにしてもらいなさい。


「ありがとうなの!? 主人に一生を捧げるの!」


 もうダメだって思っていたの。


 本当は誰も助けてくれないって知ってたの。


 お母さんは良い人もいるって言ってたけど、そんな人、今までいなかったの。

 酷い人ばかりで、もうダメだって思っていたの。


 それなのに、目が覚めると暖かい部屋で凄く良い匂いがするの。

 側に近づくとその人は他の人と違って臭くなかったの。


 いつも綺麗にしていて、良い匂いがして一緒に寝てくれて、笑って頭を撫でてくれるの。


 凄く幸せでずっと一緒にいたいって思ったの。


 

 ご主人様が手を取っていってくれたの。


「アオ、お母さんに会いに行こう」

「わかったの! 主人、いいの?」


 本当はわかっていたの。

 もうお母さんは助からないの。


「お母さん! お母さん! 戻ってきてほしいの! また一緒に暮らしたいの! いつも優しいお母さんに戻ってほしいの! 笑ってほしいの!」


 だけど、ご主人様はお母さんを助けようとしてくれているの。

 本気で私とお母さんのことを思ってくれているの。


「キャー!!!」

「ニャー!!!」


 私を守ってくれていた獣人の二人が吹き飛ばされていくの。


 ダメなの。このままじゃご主人様まで、お母さんに傷つけられちゃうの。


 どうしたら良いの?


「もしも、アオが大きくなって大切な人に出会ったなら、その人のことを思って願いなさい」

「願うの?」

「そう、その人を守りたい。その人と共に歩みたいって。そうすれば、神様はあなたに力を与えてくれるわ」


 優しいお母さんの顔と声が浮かんできて、私は願ったの。


「主人を守りたいの!! お母さんからも、他の何者からも。優しくて、ご飯をくれて、一緒にいて暖かくていつまでも側にいたいの、主人が大好きなの!!!!!」


 強く願っていると体が熱くなったの。


 それは次第に強く燃えるように爆発して私の体を駆け巡ったの!?


「うわああああああああ!!!!!アオーーーーーン!!!!」

「アオ?」


 ご主人様が私を呼んでくれている。

 大丈夫だよ、私がご主人様を守るんだ!!!


「ウオーーーー!!!!」

「アオーーーー!!!!」


 私は自分の体が大きくなったのを感じる。お母さんにも負けない。


 お母さんにご主人様を傷つけさせません!



《sideソルト》


 何が起きてるんだ? 目の前でアオが急に成長を遂げて、綺麗な女性になった。


「アオ?」

「私がご主人様を守るんだ!!!」


 口調まで変わって、魔狼にも負けない姿になったアオは、大きな狼になって争いを始める。


 ミーナとハニー様が吹き飛ばされた時はどうなるかと思ったが、アオはやっぱり神話の生き物なんだな。


 だが、これで詠唱に集中できる。


「魔狼の傷は全て治った。この辺り一帯の浄化も終わった。あとは、魔狼の中に取り込まれた瘴気を全て消すだけだ。魔狼よ! 今一度問う。あなたは瘴気の中で何を見た。何に絶望したんだ?!」


 俺は魔狼の心を蝕む瘴気の奥底にある絶望に触れる。


「エクソシズム!!! なっ、これは?!」


 そこにいたのは、赤ん坊のアオを抱きしめたまま泣き崩れる美しい女性だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る