第29話

 アオのことについて俺が常識だと思っていたことは、非常識な認識だった。いや、転生者である俺は記憶の混同があると言っても普通に考えればあり得ないことだ。


 転生前の世界では、獣人なんていないし、魔法も存在しない。

 それなのに自分が転生したという事実で何でもありだと考えてしまっていた。

 

 子犬から美少女になるような現象も、普通に起きるのかと思ってしまっていたな。


 出会う人がほとんど美女や美少女で、みんなおっぱいがバインバインなのも、きっと非常識なことなんだ。


「でっ? その話がホンマなら神話に出てくるフェンリル種ちゃうかな?」

「フェンリル種?」

「そや、魔神と女神の間に生まれた魔狼の一族で、神々の血が混じっていたフェンリルが地上の者と交配をして生まれた種族や。人にも魔狼の姿にも成れるって話やで。知らんけど」


 ハニー様の説明は伝承の言い伝えぐらいの御伽話だそうだ。


 アオが神話級の存在であるフェンリル種である可能性は高い。


 魔狼フェンリルが、どうして神話級かと言えば、神話の時代に滅びたとされているからだ。だが、それが今も生き残っていたとすればあり得ないことではない。


「生き残っていたと考えるのが妥当だろうな」

「そやろね。これでこの街に迫っている魔狼の正体も分かったわ」

「どういうことだ?」

「どう見ても、その子は幼体にゃ」

「まぁ子供だな」


 アオに視線を向ければ、ミーアが出してくれたジュースを美味しそうに飲んでいる。その姿がまた可愛い。


「フェンリル種なら、長命種のはずや。アオは、何歳なんや?」

「何歳? え〜と、生まれて十六年なの!」

 

 十六歳か十七歳ってことか?! にしては明らかに幼く見える。

 三歳〜五歳の間ぐらいだと思っていた。


「長命種やから幼体の期間も長いねん。そんで健康的で活動的な体へ成長を遂げると、その時期が一番長くなるはずや。この子は成長前の幼体。つまりは、ある程度の年齢になったらいきなり普通の女になるんやろな。知らんけど」


 ハニー様が物知りなのは、長命種であるエルフと交流を持った際に色々と教えてもらったことがあるそうだ。


 憶測でしかないと後付けしていた。


「つまりは、どう言うことだ?」

「多分やけど、子犬から人間になったんは、ソルトさんを主人やって言うとるからやろな。ソルトさんと話をするためやろ。そんで発情して子作りがしたくなったら急に女になるってことや。知らんけど」


 ハニー様は、先ほどから説明はしてくれるが、何だか凄く不機嫌な態度だ。


 こんなにも可愛い幼女がいきなり大人の女性に成長するってことか? 正直想像ができない。まぁ今すぐじゃなくて、数年後とかの話だろうな。


「アオのことは理解できた。今後のことは考えないといけないが、とりあえずは十六歳なら冒険者登録ができるよな?」

「出来るにゃ。冒険者は身分がなくても、名前と年齢が達していれば誰でも成れるにゃ」

「なら、アオの登録を頼む。面倒を見るにしても、身分証は必要だからな」

「分かったにゃ。準備するにゃ」


 冒険者登録を行うためには、専用の機械に血を流すことで簡易契約を結ぶことで、すべての冒険者ギルドに反映させるシステムがあるそうだ。


 異世界はとんでもないアイテムを作り出すものだ。

 それが常識だと言われれば当たり前のことなんだろう。


「なんや世話するか?」

「まぁ、母親を見つけるって約束したからな。見つけるまでは世話をするつもりだ」

「ハァ〜、分かっとらんな」

「えっ?」

「さっき言いかけたけど、ええか? この子は魔狼フェンリルや。そんで、ダウトの脅威になってるんはなんや?」

「えっと、魔狼? あっ!」

「そや、その子の母親が、多分こっちに迫って来てるってことや。その理由は何やと思う?」


 ハニー様の質問に俺は視線をアオに向ける。


「アオの奪還?」

「そうやろうな。バンがなんで殺されたのかは知らん。せやけど、バンが瘴気を操れていたんは、魔狼をダウト周辺で滞在させて、人や魔物を殺させたことで瘴気を発生させていたからや」

「操る方法がアオだってことか?」

「フェンリル種を見つけて、その子供を連れ去った。それを知った母親が子供を探して暴れとる」


 本当にそうだろうか? 子供を探すためだけに暴れるのか?


「そうやって瘴気を生み出して、聖水を買わせるか、ウチを手に入れる算段やったんやろ。自分で言うのは嫌やけどウチはええ女やからそこまでしたってことやろな! アホくさ」


 自信満々に髪をかきあげるハニー様。胸を張ることでその爆乳がぐん! と強調される。俺は言葉もなく、その自信満々な可愛らしい顔をじっと見つめる。


 無言が続いたことにハニー様は耐えられなくなったようだ。


「そこはツッコんでや! 自分で言うなやって!」

「あっいや、事実だからツッコミはいらないかなって」

「くぅぅぅ!!! もうええ!!!」


 なぜか地団駄を踏んで顔を真っ赤にするハニー様。

 俺はアオの頭を撫でながら、ハニー様が落ち着くのを待った。


「なんにゃ? 何でハニー姉が暴れているにゃ?」

「俺がツッコミをしなかったからかな?」

「そう言うことにゃ、まぁ気にしなくていいにゃ。ちょっと寂しがり屋さんなのにゃ、かまってちゃんにゃ」

「ミーアちゃん!」

「はいはい。それよりも今は魔狼の対処にゃ。ハンターが魔狼の位置を把握してくれたにゃ。その子は魔狼の子供だと思うにゃ! その子を返せば解決できるかもしれないにゃ」


 ミーアの説明で直面している問題の解決方法は理解した。


 ただ、アオは母親を助けて欲しいと俺に言った。

 それを返すだけで助けたことになるのだろうか? どうしてもそう思えない。


「分かった。俺がアオを魔狼の元に連れて行こう。アオ、君のお母さんに会いに行こう」

「お母さんなの? 助けてくれるの」

「ああ、約束しただろ」

「ありがとうなの! 主人、大好きなの!!」


 十六歳と聞いたので、抱きしめられるのはちょっとだけ抵抗感がある。

 それでも見た目は四歳ぐらいの幼女なので、欲情はしないで済む。


「もう一つ聞いてもいいか? アオは子犬の姿にも戻れるのか?」

「戻れるの!」


 そう言ってアオは子犬の姿になった。


「ハァハァハァ」


 子犬の姿になって息を吐いている。


「その姿では話せないのか?」

「ワン!」


 うん。無理なんだな。


「女の子に戻れるか?」

「ワン!」


 返事をすると、幼女の姿に戻った。


「戻ったの!」

「ああ、ありがとう」


 俺が頭を撫でてやると嬉しそうな顔をする。


「うわ〜、ホンマにフェンリル種やん!」

「神話級にゃ! 目の前で見ると変身って凄いにゃ! てか、それをソルトさんは手懐けているにゃ!」

「しかも主人って、女の子に主人って呼ばせたい性癖なんやな? ウチらも言うた方がええかな?」

「私は別に嫌じゃないにゃ!」

「なっ! ウチはちょっと抵抗あるわ〜」


 黙って聞いていれば、人のことを好き勝手に言ってくれる。


「そこ! 変な憶測で話をしない! ミーア、魔狼の居場所を教えてくれ。アオ、いくぞ!」

「はいにゃ!」

「分かったの!」

「誤魔化してるやん」


 俺は急いで冒険者ギルドを飛び出した。

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