第23話

 ガイン殿との会合を終えた俺は二人に事情を話して、アザマーン領への潜入をすることを告げた。


「つまり、間者の調査をしに行くというわけだな」

「危ないです!? ソルトさん一人でなんて!」

「だが、二人の顔は割れてしまっている。それに冒険者は、どこの領に赴いてもおかしくはない。瘴気の専門家である俺が、瘴気の調査でアザマーン領に行くなら、尚更理屈が通る」


 フレイナ様に頼まれたわけではないが、ラーナ様の事情を聞いて、放っては置けないだろう。


「ソルト殿にそこまでの仕事を頼んでしまってすまない。ソルト殿が向こうに行っている間は、こちらの瘴気は我々が処理しておこう」

「はい! 頑張ります!」


 ダウトの街は二人には色々と危険に思うので、あまり出歩いてはほしくないが、何もするなというのはお門違いだろう。


「あまり無理はしなくていいですからね」

「なんの、無属性の私は魔物を倒すことぐらいしか出来ないさ」

「そうですね。風属性の私では、魔物を吹き飛ばすことしかできません」


 二人は少し意地になっているような物言いだったが、とにかくあまり無理はしてほしくない。


「怪我をしたら、しっかり回復魔法をかけますが、本当にご無理だけはなさらずに」

「回復魔法!!!」

「ぬふ〜」


 俺が回復魔法を口にすると、クルシュさんは顔を赤くして驚いた顔をする。

 対して、メイは目をトロンとさせて満足そうな顔をした。


「どうかしましたか?」

「なっ、なんでもない!」

「そうですよ。ソルトさんの回復魔法が気持ちいいってだけです」

「おい! メイ」

「変なことではないですよね?」

「まぁ、昔の仲間も回復魔法をされている時は気持ちよさそうだったな。マッサージのように感じるのかもな」


 俺は自分に回復魔法をかけても、そこまで気持ちいいとは思えない。

 だが、シンシアやアーシャも回復魔法をかけた時は気持ちよさそうにしていた。


「とにかく、お互いに命を大事にしながら行動を心掛けましょう」

「わかった!」

「はいです!」


 それぞれの無事を約束して、俺は二人と別れて、通行証を使って門を通った。


 領が変われば、匂いが変わると誰かが言っていた。


 門を隔てただけなのに、潜った瞬間に、全く別の街に来たのではないかと思うほどに匂いが変化した。


 コーリアスが、田舎の土と草木の香りが溢れる自然の匂いなら。

 アザマーンは、酒と女性、さらに獣の香りが混じる独特な匂いをしていた。


「お兄さ〜ん。冒険者? よかったらうちに寄っていって〜」


 呼び込みをしているのは、獣人の女性だけじゃない。

 煌びやかに着飾った様々な種族の女性たちが、門を超えた瞬間からこちらに呼びかける。


 俺は恥ずかしさで、足早にその場を離れて、冒険者ギルドを探した。


「あそこだ!」


 冒険者ギルドを表す看板を見つけて飛び込んだ。

 ギルドの中は、どことも変わらない雰囲気だったので、ホッと息を吐く。


「うん? 何にゃ?」


 小柄で可愛らしい猫の獣人女性が、俺に気づいて声をかけてくる。

 服装は冒険者ギルドの受付が着ている服と同じなので、職員さんで間違いないだろう。


「冒険者だ。仕事を受けるために来た」

「おお! 人間の冒険者がここに来るのは珍しいにゃ! 冒険者たちは、だいたいがあっちが目的にゃからな」


 ユラユラとリボンをつけた尻尾が目の前で揺れる。

 しなやかな体付きをしているのに、胸元だけはご立派なモノをお持ちの猫獣人の受付さん。


「そうなのか? 俺は聖属性の冒険者で、こっちで瘴気が出たと聞いて王都から来たんだ」

「そうだったのかにゃ!? それは助かるにゃ! 確かに、最近は瘴気の量が増えていて、冒険者をしている獣人の中にも魔物化して、狼男とか、熊男になって困っていたにゃ!」


 その身に獣と同じ性質を持つ獣人は、人よりも魔獣人化しやすいようだ。


「そういうことを解決するために来たんだ」

「本当かにゃ?! それは凄く嬉しいにゃ! 私は冒険者ギルドの受付をしているミーアにゃ。よろしくにゃ!」


 自己紹介をしながら、俺の腕に自身の体を巻きつけて、大きなOPに腕が挟まれる。


「嬉しいにゃ、嬉しいにゃ!」

「あっ、あの距離感が近くないか?」

「そうかにゃ? 獣人には普通にゃ! さぁさぁ、仕事を説明するからこっちに来るにゃ!」


 ミーアに腕を取られたまま歩き出して、カウンターに移動する。

 態度とは裏腹にミーアは真面目な受付で、最近起きている瘴気による事件をまとめてくれていた。


「私たちじゃ対処できないにゃ! ソルトにゃんが来てくれて嬉しいにゃ!」

「そう言ってもらえると俺も来た甲斐があるな」

「にゃはは、もしも全ての仕事を片付けてくれたなら、私がサービスしてもいいにゃ!」

「さっ、サービス!!!」

「それぐらい大変なことなのにゃ! 頑張って欲しいにゃ!」

「あっ、ああ」

「それとハニー様には気をつけるにゃ」

 

 バニーガールの領主ハニー、彼女の名前が出て戸惑っていた心が落ち着きを取り戻す。


「気をつける?」

「そうにゃ。ハニー様は気に入った男を連れ去ってしまうと噂があるにゃ。ソルトは真面目で、可愛いから気をつけた方がいいにゃ!」

「あっ、ああ。忠告感謝する」

「分かればいいにゃ。さぁ、早速仕事をお願いするにゃ。日が暮れる前に帰って来た方がいいにゃ」

「ああ、そうするよ」

「夜は、女たちが獣になるにゃ!」


 ミーアの言葉に、先ほど通り過ぎた歓楽街を思い出して、背中に冷たい汗が流れ落ちたような気がする。


 俺はあの美しき煌びやかな光景をいつまで我慢できるだろうか? 


「どうしても我慢できないにゃら、前借りで相手をしてあげてもいいにゃ」


 そう言って制服の胸元をチラリとめくって谷間を見せるミーアの誘惑に、俺は首を振る。


「しっ、仕事に行ってくる!?」

「にゃはは、ソルトは可愛いにゃ。本当に食べちゃいたいにゃ」


 ミーアにからかわれながら、俺は冒険者ギルドを後にした。


 メイにしても、ミーアにしても、最近は女性とのスキンシップが多すぎる!?


 いつか歯止めが効かなくなるぞ、このままでは……。


 俺はストレス発散も兼ねて、全力で瘴気を浄化して回った。

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