第19話
「これはどういう状況だ?」
「ソルト殿!?」
クルシュさんと立派な鎧を纏った男性騎士が連れ立ってこちらにやってきた。
状況を問いかけた騎士に、身なりがよかった門兵が平伏したまま説明を始めてくれる。
「ガイン様! こちらの方はAランク冒険者の聖光ソルト様で、第四騎士団の者たちと共に門を通る手続きを待っていただいている間に、バカな門兵がソルト様を下賎と罵ったのです」
メイと父親の家族関係は、今回の問題に関係はない。
立派な鎧を纏った騎士は、メイの父親を一瞥して、マントや鎧が汚れる事を気にする事なく俺の前で膝を折った。
「まずは、部下の非礼を詫びさせていただきたい。私はガイン。第二騎士団の騎士団長をしている。コーリアス伯爵から、男爵位を賜って、この街の管理を任されている者だ」
位としては、俺と同等で街の長が自ら頭を下げてくれたことに、俺は手で制した。
「貴殿の謝罪は不要だ。私が怒りを感じたのはこの男に対してだけであって、あなたにではない。何よりもあなたが治める街に滞在させてもらおうと思っているのだ。遺恨を残したいわけじゃない。謝罪は不要なので、立って握手をしても良いか?」
普段の口調では無いのは、互いに貴族位として話をしているからであり、これは公式のやり取りであると周りに公言しているのだ。
「貴殿の懐の広さに感謝する」
ガイン殿は立ち上がって握手をしてくれた。
さすがは騎士だ。
力強く、騎士として鍛えられた剣ダコが感じられる。
「この者の処分についてだが」
「それについても気にしないでいただきたい。私が親子の間に仲裁に入り、その無知な者が聡い娘の言葉を聞かずに、暴走したに過ぎない。門兵ならば知っているべき知識がなかったことが罪だ。その者に知識を与える機会を設けていただければそれでいい」
貴族として、言い回しは遠回りになるが、要約すれば……。
バカな男に勉強させろよ。
それだけだ。
「手厳しいな。わかった。そのようにしよう。謝罪も不要と言うことであれば、私からは何も言うまい。代わりにこの街での、快適な滞在の約束をさせてもらおう」
「それは何よりも嬉しいことだな」
握り合っていた握手を離して、俺たちの話は終わりを告げた。
無知な者が聞いていても、何を言っているのかわからないだろう。
実際、メイの父親は二人のやりとりを理解していない顔をしていた。
「さぁ、ソルト殿。日が傾き始めた。美味い酒を出す店があるのだ。今宵は奢らせてもらおう」
「それは感謝する。ホテルだけでなく、酒までいただけるとは至れり尽せりだな」
快適な滞在は、危険がある街の中でホテルを取って街の長が客として出迎えた事を示してくれる。
また、長と共に酒を飲み交わすことで、客の上に、【大事な】という言葉がつくことになる。
それは手を出せば、街の長を敵に回すことを意味する。
「ガハハハ、さぁこちらだ」
メイに馬車を任せて、その誘導は説明をしてくれた門兵がしてくれる。
父親の処分は、ガイン殿が別の門兵に指示を出してどこかに連れて行った。
「ソルト殿?」
クルシュさんが、不安そうに俺の名を呼ぶ。
「荷物などがあると思うので、先にホテルへ戻っておいてください。ガイン殿と夕食をいただいてきます」
「わっ、わかった! 気をつけてな。第二騎士団は、その」
「クルシュ副団長……」
クルシュさんが何かを言おうとしたが、ガイン殿が口元に指を当てて黙っていろと仕草をする。
「大丈夫ですよ、クルシュさん。一緒にお酒を飲んでくるだけです。男同士の酒は楽しいので楽しみです」
「くくく、イケるくちか?」
「自信はありますね」
「ほう、なら賭けをしよう。俺が負ければ、お前の言うことをなんでも聞いてやる」
「私が負ければ?」
「クルシュ!」
「はっ、はい!」
「お前が一晩俺の相手をしろ」
完全にセクハラであり、パワハラだな。
この男がどういう人間なのか、わかったような発言だ。
俺は自分の心がスッと冷たくなるのを感じる。
「ガイン殿!」
俺はクルシュさんを賭けることはできないと断るつもりだった。
「いいでしょう! 私はソルト殿を信じます!」
だが、俺が言葉を発するよりも早く、クルシュさんが同意してしまう。
「クルシュさん!」
「良いのです。元は私の部下がご迷惑をかけました。ガイン殿だけが詫びの印を示すだけではソルト殿に申し訳がありません。ならば、私がソルト殿に示す詫びだと思ってください」
「くくく、いいねぇ。楽しくなってきたじゃねぇか」
メイが原因であることをクルシュさんはわかっていたのか。
「ガイン殿。私は、あなたが嫌いになりましたよ」
「そうか?」
「クルシュさん、行ってきます」
「はい! くれぐれもお気をつけて」
クルシュさんと別れて、ガイン殿と二人で酒場に入っていく。ホテルは酒場の前を取ってくれたので、戻ることは簡単だ。
だが、果たしてこの酒場から出してもらえるのか? 多分、周りにいる客たちは全てが第二騎士団の者たちなのだろう。
荒くれ者の団員たちがこちらを見て、ガイン団長にヤジを飛ばす。
「皆の者たち聞け! 今から、Aランク冒険者ソルト殿と飲み比べをやろうと思う。勝敗を決める証人はお前たちだ! 俺が負けたら、なんでもソルト殿の頼みを聞く。俺が勝てば、麗しのクルシュ嬢が、俺様の夜に付き合ってくれるのだ!」
「「「「うおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」
男が集まると言うことは、酒と博打と女の話が多くなる。
仕事から離れれば、それしかないのかと言いたくなるほどだ。
「樽を二つもってこい! 駆けつけ一杯だ」
フレイナ様も酒好きで酒豪だと言っていた。
このガイン団長と気が合うんじゃないか?
「樽の一つや二つは飲めるんだろうな?」
「もちろんだ」
「いいねぇ〜。俺と飲み比べができる男はいねぇ! 楽しみにしているぞ」
そう言って樽を持ち上げて樽ごと飲み始めるガイン殿。
俺もそれに負けないために樽にコップを入れて、ワイン掬いながら飲み始める。
一樽、二樽、三樽を飲んだところで、浄化の魔法も効果が薄れてきた。
腹の中がワインでいっぱいになって、上からも下からも出そうだ。
「おっ、おぱえものおへものが?」
もうガイン殿も何を言っているのかわからない。
呂律が回っていないうえに、状態が怪しい。
「おい、お前たちの団長が倒れたぞ。誰か決着を告げろ!」
「おいおい、敵陣で簡単に帰れると思ってるのかよ?」
「はっ?」
「俺たちを倒してみろよ」
「俺がクルシュ副団長と夜を供にしてもらうんだ!」
「俺だ!」「俺だ!」
バカな事を言い出した酔っぱらい連中に向けて、俺は癒しと眠りを誘う聖属性魔法ヒーリングをかけてやる。
ここにいるのは酔っぱらいだけだ。
気持ちよくみんなで寝ればいい。
「給仕をしてくれたあなた」
「はっはい!?」
「私の勝利だと、ガイン殿が起きたら伝えてくれ」
「わかりました! 凄かったです」
俺は親指を立てて、酒場の前にあるホテルへ足を向けた。
浄化しきないほどのアルコールに足元がおぼつかない。
「きゃっ!」
「うん?」
「そっ、ソルト殿!」
「クルシュしゃん! ただいま。帰りました! 勝ちましたよ! あなたを守りました!!」
「お帰りなさい! ふふ、ありがとうございます。さぁ部屋まで案内します」
俺は朦朧とする意識の中、クルシュさんの肩を借りて部屋へと戻った。
♢
次の日に、目が覚めると俺を挟むようにクルシュさんとメイが眠っていた。
どういう状況なのか、誰か説明してくれ?!
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