第17話
こちらに来てから、ずっと泊まっていたスイートルームから退出する。
一ヶ月後に城郭都市コーリアスで、お祭りが開かれるので、その際には他領から貴族もやってくるそうだ。
俺が泊まっていたスイートルームは、貴族の誰かが使うことになるだろう。
「ソルトさん、準備ができましたか?」
「ソルト殿、我々は準備万端だぞ」
「ああ、今行くよ」
ホテルに迎えにきてもらった二人と共に、冒険者ギルドへ顔を出す。
第四騎士団の馬車をそのまま借りることができたので、今回は荷馬車を借りて荷物を乗せている。
すでに、ラーナ様とフレイナ様には、城郭都市コーリアスを離れることを告げたので、あとは冒険者ギルドに顔を出すだけだ。
「ソルトさん、本日はどうされました?」
受付のトワに出迎えられて、俺はいくつか冒険者ギルドの仕事を請け負う。
「しばらくの間、街を離れることになったから、向かう途中の仕事を受けにきたんだ。まとめて受理してもらえるか?」
「しばらくってどれくらいですか? いつ頃お戻りの予定ですか?」
「コーリアスの領境に向かおうと思っている。あっちの方で瘴気が増えてきているって言っていただろ?」
「なるほどです。ソルトさんは働きものですね。領境までは四日ほどですね。あちらで仕事をすることも考えたら、二週間ほどでしょうか?」
移動だけで往復で八日。
瘴気を解決するのに一週間と思われているわけだな。
「まぁ、どの程度の範囲で広がっているのかにもよるな」
「わかりました。一応、長く見積もって三週間ほどですね」
「ああ、期限を気にしているようだが、何かあるのか?」
「いえ、いえいえいえいえ。一ヶ月後にお祭りがあるので、その時には戻って来られるのかなって思っただけなんです」
俺が質問をすると慌てるトワは何かを隠しているように見える。
「そういうことか? そうだな。クルシュさんとメイも祭りの際には第四騎士団の仕事をしなくちゃいけないから、それまでには戻ろうと思っているよ」
「そうでしたか! ふふ、ではお気をつけて行ってきてくださいね」
祭りの前に戻ってくることを告げると、トワの機嫌が良くなった。
俺はわけがわからないまま、トワに見送ってもらい。
受理された仕事をもって、二人の元へと戻った。
俺が解決出来そうな浄化系の仕事と、領境の行き来で対応できる物を選んでいる。
「お待たせ、仕事もまとめて取れたから、あとは一つ一つ解決していくだけだ」
「ソルト殿は、仕事熱心だな」
「そうですね。わざわざ自分で仕事を増やすなんて」
「そうか? ついでだからな。誰もやらない塩漬け依頼とかも、いつかは誰かがやらなくちゃならない。出来ると思った時ならやってしまえばいい」
荷馬車に乗り込んで、メイが御者をしてくれる。
一つ一つの依頼を確認しながら、二人の言葉に受け答えをする。
そんな俺にクルシュさんが不思議そうな顔をしていた。
「どうして、そんなことをやろうと思うんだ?」
「うーん、クルシュさんならわかるかもしれないが、人はさ、きっと嫌なことをたくさんやらないといけないんだよ」
「嫌なことをたくさんやらなくちゃいけないんですか?」
今度はメイが俺の言葉に反応を示した。
確かに普通は嫌なことなんてしたくないからな。
メイも、クルシュさんと同じように不思議そうな顔をしていた。
「ああ、好きなことばかりをしていると、次第にそれが本当に好きなことなのかわからなくなる。嫌なこととか、大変なことをやるから、好きなことが楽しいんだって改めて理解できるんだ」
「嫌なことをするから、好きな物を好きだとわかるか……」
「嫌なことは嫌ですよ? 好きなものはやっぱり好きですし」
クルシュさんは少し納得した顔をして、メイはまだ納得できない顔をして、俺の言葉に返事をする。
「俺はフカフカのベッドで寝て、美味しい物を食べるのが好きだ。その前に誰かを助ける仕事をして、汗水垂らして働いて、そうやって食べる料理は、空腹になっていて最高に美味しい。それをお腹いっぱい食べて、フカフカのベッドで疲れ切って泥のように眠るのが気持ちいいんだ。だから嫌なことであっても、俺は仕事をやる」
最後まで気持ちを伝えるとクルシュさんが笑い出す。
「あはははは、なんだそれは。ソルト殿は欲がないな」
「本当ですよ。もっと楽しくて好きなことなんていっぱいありますよ。おしゃれをしたり、お化粧をしたり、他には他には、うーん、美味しい物を食べたり?」
「なんだ? メイ、ソルト殿と同じではないか」
「むむむ、甘い物は正義です!」
人それぞれ好きなことが有っていいと思う。
だけど、それだけじゃ人生は楽しくはなれない。
好きなことをするために我慢をして、嫌なことをやって、最高に好きなことを全力で楽しむ。それが俺の生き方だ。
「さて、城郭都市コーリアスを出発しよう。しばらくは戻ってこれないけど、二人はいいか?」
「ああ、問題ない。ラーナ様の視察で何度か離れているからな」
「そうです。私たちは仕事で遠征もありますから」
「なら問題ないな」
メイが御者をしてくれる馬車に数日分の食料と野宿用意をして、俺たちは城郭都市コーリアスの門を通って出立した。
♢
覚悟が出来ていなかったのは、俺の方だった。
「ソルト殿、水浴びしてくるから見張りを頼むぞ」
「ソルトさん、覗きはダメですよ」
旅をするのが、幼馴染たちとは違う女性なんだと理解していなかった。
「あっ! タオル忘れた」
「も〜、クルシュ様、ソルトさんがいるんですから、裸で戻らないでください」
「そういう、メイだって裸ではないか」
俺は目を閉じたまま、どうやって二人の護衛をすればいいのだろう。
「ソルトさん、目をちゃんと閉じていますか?」
「もちろんだ」
「ふふ、本当にソルトさんって紳士ですよね」
「そうでもないさ。今すぐ開けたくて仕方ないから、さっさと行ってくれ」
メイが近づいてくる足音が聞こえる。
「薄目を開けてちょっとぐらい見ても罰は当たりませんよ。今、二人とも裸ですよ〜」
「やめろ」
「ふふ、ソルトさん。可愛いです。だけど、ありがとうございます。今後もよろしくお願いします。それと、もしも我慢できなくなったら、クルシュさんではなく、私を襲ってくださいね」
「えっ?!」
気配が消えて、目を開けると二人の姿はどこにもなくて、川に向かったようだ。
俺の位置からは見えないが、川音と二人の声が聞こえてはくる。
「ハァ、美人が裸でいるって、俺はこれをいつまで我慢できるんだ? ここは地獄だろ。それにメイのあのセリフはいったい?」
クルシュさんを俺が襲うなら自分を犠牲にするってことかな?
その覚悟を裏切るわけにはいかないな。
俺はメイの言葉に興奮しながら、悶々とした日々を過ごしながら領境街の城郭都市にたどり着いた。
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