領境
第15話
《sideメイ》
私はコーリアス領でも平均的で平凡な平民の家に生まれました。
父は第二騎士団の所属で門を守る兵士をして、母は裁縫が得意で服を作る工場で働いて家計を支えていました。
三つ下に弟が生まれて、父は男の子だという理由で弟を大切にするようになりました。
母は単純に下の子を可愛がっていたのかもしれませんが。
「お姉ちゃんなんだから我慢しなさい。弟に譲ってあげて」
それが母の口癖のように私の耳に残っています。
家族といても楽しくない。
だから、私は一人で過ごす時間が多くなり、母に習っていた裁縫を頑張っていました。
だけど、あまり上手くできません。
初めて包丁を使って料理をした時には、自分でも驚くほど上手くできたのが嬉しかった。
だから両親に褒めて欲しくて……。
「お父さん! 私が作ったんだよ」
「女なんだ。それぐらい出来て当たり前だろ」
「お母さん」
「やっとお手伝いができるようになって嬉しいわ。女の子は料理も裁縫も出来て当たり前よ」
両親に私は褒められたことがありません。
出来て当たり前だというだけです。
包丁を使うのが上手かったのは、短剣の才能があったからなのだと、今はわかりました。
十四歳になって、父が門兵から第二騎士団ごと領境の警備にいくことが決まり、家族も領界の街に引っ越しをしなくてはいけなくなりました。
コーリアスも辺境の田舎なのに、さらに田舎に行かなくてはいけない。
私は引っ越すことが嫌で、しかも十五歳になったら、父の勧める相手と結婚をしろと言われています。
「メイ、お前は親の言うことを聞いていればいいんだ!!」
父は私の意見を聞くことなく、頭ごなしになんでも決めつける人でした。
どうしてこんなにも心が満たされないのだろう? 両親は私を愛していない? 私が期待する答えを返してはもらえない。
そう感じた私は、愛されたいと思っていたことを諦めました。
そうしたら凄く心が軽くなって、自分も何か仕事をして、一人で生きていけないかと思って、自分にできることを考える時間が増えました。
裁縫は苦手、料理と刃物を使うのが得意。
身長は伸びなかったけど、胸だけは大きくなって、同い年の男子だけでなく、年上の男性からも卑しい視線を向けられることが多い。
この体を使えば稼げるかもしれない。
だけど、父に幻滅したように、男性に対しても幻滅していた私には考えられない選択だった。
だから、新しく家令となられたラーナ様が、女性だけの騎士団を作られると聞いた時、志願することを決意するのに躊躇いはありませんでした。
そして、私は騎士団に入隊して運命的な出会いを果たしたのです。
銀色に輝く髪に、美しい容姿。
こんなにも美しい女性がいるのかと思うほどに、綺麗な人に私は見惚れてしまったのです。
「あっ、あの」
「うん? 新しく騎士団に入った者だな。私は副団長をしているクルシュだ。よろしく頼む」
「はっ! はい?! メイって言います!! よろしくお願いします!」
見た目の美しさに反して、男勝りな口調がアンバランスで、私にとってはそれがよかった。
カッコいい!!!
クルシュ様、私はこの方についていきたい。
強くなって、一緒に働きたい!!
私はクルシュ様の部下になるために、戦闘技術だけでなく、料理や調査技術を磨いて一年後には副団長所属の歩兵部隊に配属されました。
ラーナ様、フレイナ様という素敵な上司に囲まれる環境に、私はもしかしたら男性ではなく、女性が好きなのかもしれないと思うほどに、幸福を感じていたのです。
家族も領境に行ってしまって、心に平穏が訪れていました。
「メイ、すまないな。私のような無属性と共に残ることになってしまって」
人生とは上手くいかないものです。
私たちがラーナ様の護衛として、領地視察している際に、誰が死属性の中でも天災級のワイトキングに遭遇するなど思うだろうか? 私はそんなことになるなんて思いもしなかった。
だけど、クルシュ様と共に戦って死ねるなら、それも良い人生なのかなって。
「メイ?!」
クルシュ様の叫び声で、私が失敗したことを知った。
スケルトンに切り付けられた。
ああ、私の人生はなんて意味のないものだったのだろう。
こんなところで終わるなんて……。
「ンンン。あれ?」
死んだと思った私が目を覚ますと、仲間たちに囲まれていた。
「目が覚めたか、メイ」
「クルシュ様?」
「我々は助けられたのだ」
「助けられた?」
「ああ、この方にな」
クルシュ様のお膝で眠る男性。
あどけない顔をして間抜け面に見えました。
「申し訳ありません。途中で離脱してしまって」
「何を言っているんだ! メイが居てくれたから、私は頑張れたのだ。私の方が感謝こそすれ、メイが謝るようなことじゃない」
やっぱりクルシュ様が好きです。
それから私が助かった経緯を教えてもらって、クルシュ様からソルト様がどれだけ身を削って私たち二人を助けてくれたのか知りました。
そして、私のファーストキスが奪われてしまったそうです。
増血剤を飲ませるために、口移しをしたと聞いた瞬間に、眠っているソルト様の唇を見てしまいました。
なんだか恥ずかしくて、凄く気になって、体が熱くなるのを感じます。
これまで男性に興味など持ったことはありませんでした。
だけど、唇を奪われて、命を助けられて、ご挨拶をした際も……。
「ソルトだ。よろしく頼む」
「メイと申します。案内をさせていただきます」
「よろしく頼む」
視線を私の瞳に合わせて、体に向けられる視線を感じませんでした。
だけど、女性に囲まれて恥ずかしそうに少し頬を赤らめている顔は可愛くて、私はどうしようもなくソルトさんのことが気になるようになってしまったのです。
ラーナ様から、クルシュ様と共にソルトさんの助手になるように言われて、小さくガッツポーズしたほどです。
私は初めて男性に興味を持ちました。
「本日より、ソルトさんの助手として配属されました。メイです」
「ああ、頼む。と言ってもメイとは一番長く一緒にいる気がするな。今後も助けてくれ」
「はい! もちろんです。今度はどこに向かわれますか?」
「領境の街近くに瘴気が濃くなっているところがあるらしいんだ。そこまで案内を頼めるか?」
「えっ?! 領境の街ですか?」
私は両親の顔が浮かんできて、嫌な汗が背中に流れました。
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