第10話

《sideクルシュ》


 二年前の私は十六歳になっていて、それまでの人生を必死に生きていた。

 髪を短くして、男として装う生活。

 

 コーリアス領は、決して良い領ではなかった。


 辺境という言葉に相応しいほどに田舎で、発展も遂げていない。

 いや、貴族や他所から来る者たちにとっては、良い街だろう。


 冒険者ギルドも、ホテルも充実している。


 だが、ここに住んでいるスラム街の者たちには何も還元されていない。

 

 領主であるコーリアス伯爵は王都に住んで、最低限の統治だけしか行わない。


 だから商人や金のある者たちとの格差が生まれて犯罪率も高かった。


 だけど、そこに救世主が現れた。


 好き勝手に振る舞っていた第一騎士団を領主の護衛として王都に派遣して。

 第二騎士団、第三騎士団として虐げられていた騎士たちに、領境、国境の警備をさせることで騎士団としての役目を与えた。


 これまで不正や横領などコーリアス領に蔓延っていた犯罪を第二、第三騎士団とともに撲滅したラーナ様は、多くの反発を抑え込んで第四騎士団を作り上げた。


 女性だけの騎士団。その呼びかけにスラム街で生きていた私にも希望が持てた。


 幼い頃からゴミを漁って生きていた。

 男を装わなければ身が危ない出来事が多くあり、奴隷商人が目を光らせる。


 男だけが優遇される社会。


 ラーナ様はそれを変えるために、第四騎士団を女性だけの騎士団として作り上げた。そして、スラムに住んでいる者も、孤児も関係なく登用してくれた。


 私は何も無いただのスラム出身の女性というだけで採用されて、最初は言葉使いも、剣も、何も出来ない。口が悪く態度も悪い奴だったことだろう。


「あなたは生きることに必死なのですね。だけど、これからは女性が社会を作り、強さを示し、領地を支えていきます。あなたも参加してくれますか?」


 ラーナ様の言葉は私に必要だと言ってくれた。


 スラムに住んでいる人として見られなかった視線。

 

 だけど、ラーナ様は私を一人の人間として見てくれた。

 だから、私はラーナ様の剣になろうと思った。


 剣として生きるために、礼儀を学び、剣術を修練して、誰よりも努力してきた。


 だけど、最も必要な属性が、私には無かった。


 どれだけ自分に絶望したのかわからない。


 それでもフレイナ様は言ってくれた。


「クルシュさん、君以上に努力をして剣の才能を開花させた者はいない。私の誇りだ。無属性だったとしても君は第四騎士団の副団長として、誇るべき人物だと私は君を副団長に推したんだ。君は今のままで十分に素晴らしい人だ」


 その言葉が、今の私を支えてくれている。


 ラーナ様が危険になった際にも喜んで命を差し出すことができた。

 ワイトキングを相手に、私は自分の剣が叶わないことがわかっていても、死霊に挑むことができた。


 ラーナ様が必要だと言ってくれた。

 フレイナ様が誇りだと言ってくれた。


 ワイトキングを相手に、ここで死んでも構わないと思えた。

 大切な二人のためなら命など惜しくはない。


 覚悟を決めていた私はソルト殿によって救われた。

 

 騎士として、私はソルト殿に恩を返したいと思った。


 だけど、それ以上にラーナ様が、フレイナ様が、必要だと言った。

 ソルト殿に仲間になってもらうために、私も助力しよう。


 そんな安易な気持ちで、トワに協力してもらってソルト殿の仕事に付き合うつもりだった。


「クルシュさん、君は属性が無いんじゃない。君しか持っていない属性をちゃんと持っているんだ。だから誇ってくれ。クルシュさんの無属性は強いよ」


 今まで、無属性を誰もが魔法が使えない存在だと思っていた。


 誰も、無属性が強いなんて、言ってくれる人はいなかった。


 誇りだと言ってくれた人がいた。

 だけど、誇りを持っていいと言ってくれた人はいなかった。


 腫れ物を扱うように、私を見る人ばかりで、第四騎士団の副団長になっても、無属性だということで下に見る者も多くいた。


 それらを全て否定するソルト殿に、私はなんと声をかけて良いのかわからない。


「ソルト殿」

「うん?」

「貴殿は、変な男だな」

「そうか?」

「ああ、無属性を誇れなんて……」


 それ以上、私は言葉を発することができなかった。


「メイ、そろそろ行こう」

「はっ! はいです!」


 メイが私を見ていることはわかっている。

 だけど、私は馬車に乗って、御者に座るソルト殿の背中を見つめてしまう。


「こちらです」


 瘴気が濃くなって、ドラゴンゾンビの住処が近づいている。


 まだ、本当は半信半疑だ。


 彼が言った無属性が強いという言葉、それを証明しなければ納得なんてできない。


「クルシュさん、メイ、露払いを頼む」


 ドラゴンゾンビの前に、オークゾンビたちが群れを成している。


「任されよう」

「はいです」


 私は剣に無属性を纏わせて、オークゾンビを切りつけた。


 今まで、何も考えずに切っていた。

 だけど、手応えを初めて感じたような気がする。


 メイが放った風の刃でオークゾンビに傷はついていく。

 だけど、倒すことはできない。


 私が無属性を纏わせて切りつけたオークゾンビは起き上がってくることは無い。


 そういうことなのだろう。


 ソルト殿が説明してくれた無属性の可能性は、本当に他の属性に対して弱点がなく、全ての属性に対抗できる力なのだ。


 特別なことは確かにできないかもしれない。


 だけど、他の者たちができないことを私はできるんだ。


「どんどん来るがいい。第四騎士団副団長クルシュが、騎士としてソルト殿の進む道を切り開いて見せよう!」


 こんなにも自分が誇らしいと思ったことはない。


 無属性に生まれたことを嬉しいと思ったのは、初めてだ。

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