第9話

 メイの案内で、俺たちはドラゴンゾンビが現れたという岩山へと向かっていた。


 城郭都市になっているコーリアス領から、第四騎士団が管理している馬車を借りれたことは冒険者としては移動が短縮できてありがたい。


「クルシュさんと、メイの属性を教えてくれるか?」


《属性》、この世界に生まれた人間ならば必ず一つの属性を有している。

 それが戦士であっても、魔道士であっても属性に合わせた力しか使うことができない。


 俺は聖属性で、シーフ。


 聖属性の回復魔法や、攻撃魔法を発動できる。


「はい! 私は風属性です」

「風か、使い勝手が良くていいな」


 御者をしてくれているメイがクルシュさんの方を見ながら、自分の属性を宣言する。

 明らかにクルシュさんに対して気を使っている節があるので、俺としては疑問を持ってクルシュさんを見る。


「私は……無属性だ」

「無属性? 珍しいな」


 俺の知っている人物に無属性の人間がいる。

 無属性は存在が珍しいので、なかなか会える属性ではない。


 昔馴染みのあいつは無属性であることを誇りに思っていたな。


「無属性のクルシュさんは、何ができるんだ?」

「何も」

「えっ?」

「無とは、属性が無いとされている。私もその通りだと思っている」


 クルシュさんの思い詰めたような顔に、俺は首を傾げる。

 俺の知っている無属性は、そういう意味ではない。


「それはおかしい」

「おかしい?」

「ああ、属性っていうのは、ちゃんと意味があるんだ。無属性は可能性に溢れた属性だと俺は思うぞ」


 あいつに聞いた無属性の本質を思い出して、クルシュさんが本質に気づいていないのではないかと思えてきた。


「そんなことはない。実際に私は他の者たちが使える魔法を使うことができない。魔力は反応はするが、何も起きないんだからな。だから、私は剣で生きているのだ」


 そう言って自分の腰から剣を抜き放つ。


「私は属性など必要ない。この剣で魔物であろうと、魔法であろうと切り伏せてやる」


 クルシュさんの覚悟は素晴らしいと思うが、本当にそうだろうか? 


 無属性。俺が知っている無属性は、何にも染まらず、何にも左右されない。


 実際、それぞれの属性には得手不得手な相手が存在する。


 聖属性の俺は、闇、死に対して絶大なアドバンテージを持っている。


 だが、それ以外の属性に対しては、あまり攻撃魔法の効果を発揮することができない。だからこそ、回復要員としてしか聖属性は役に立たない。


 浄化の効果を使って、病気や汚れを取るクリーンなどは重宝されているから、冒険者をしなかったら洗濯屋でもやろうかと思ったほどだ。


 冒険で数日ダンジョンに入った際には、クリーンを使うことで綺麗にできるので臭いの除去なども行えた。


 クルシュさんは無属性ということを悲観しているようだ。

 

 剣に誇りというよりも、これしかないという覚悟を持って執着しているように見える。


「ソルト殿、私は元々スラム街出身だったのだ」

「スラム街?」

「ああ、今はラーナ様のおかげでコーリアス領は随分と生まれ変わった。だが、二年前は酷い状態だった。貴族や他所から来るものには良い街に見えたことだろう」


 昔に来た際には、スラム街など目にしたことはなかったが、どこの街にも格差と裏の姿は存在する。それは王都であっても変わらないのだ。


「ずっと格差が広がるばかりだったんだ。そこに、ラーナ様が家令になられて行われた大改革によって、街が生まれ変わった」


 キラキラとした瞳で、コーリアス領の改革を喜んでいるクルシュさんの姿は希望に満ちた顔をしていた。


 本当に街を愛していることが伝わってくる。


「無属性で魔法が使えない私を第四騎士団の副団長にしてくれたのは、ラーナ様とフレイナ様だ。だから、私は二人に報いるためにも剣を極め、強くあらねばならない」


 宣言するクルシュに、俺は何か力になれることはないかと考えてしまう。


「メイ、少し止めてくれないか?」

「どうかしましたか? おトイレですか?」


 少しからかうように言ってきたメイに俺は苦笑いを向ける。

 

 馬車を止めてもらって、クルシュさんとメイにちょっとした講義をすることにした。

 

 これは、シンシアとアーシャにもよくしていたことだ。


「いいか? この世界の理である属性は、ある程度絶対的な優劣が存在する」

「なんだ? 急にどうしたんだ?」

「いいから、少し俺の話を聞いてほしい。メイ、風魔法を見せてくれないか?」

「はいです」


 チラリとクルシュさんを見た後に、メイは風を生み出して、矢のように飛ばした。


「ウィンドアロー」

「うん。風の魔法は、四大元素の力で強力だと言われる反面、炎を強くして、水を飛ばすことができず、地にも劣る」


 俺が他の元素との相性を指摘すると、メイがムッとした顔をする。


「風の魔法以外に、己を軽くしたり、矢を風に乗せて命中精度を上げるなどの能力にも長けているが、四大元素の中で最も威力が低いと言われているんだ」

「それはそうですけど!」


 反論しようとするメイを手で制して続きを話す。


「だが、能力を高めることで、竜巻を起こし、全てを吹き飛ばすほどの威力に高めることもできる」


 最後に熟練度の問題であると説明すれば、メイも納得してくれたようだ。


 だが、風の力が凄いことを聞かされたクルシュさんは表情を暗くする。


「クルシュさん」

「なんだ?」

「俺の友人に無属性の者がいる」

「無属性の友人?」

「ああ、そいつは冒険者でも上位にいるんだが、そいつの言葉で、無とは何にも染まっていない属性を意味すると言っていた。そして、クルシュさん自身も言ったが、魔物も魔法も切ってやると言ったな」

「ああ、言った」

「それがおかしいんだ」

「えっ?」


 クルシュさんは意味がわからないと首を傾げる。


「メイ、俺に向かって風の魔法を放ってくれ」

「えっ?! 危ないですよ?」

「いいから、俺も聖属性の魔法を使うから」

「わかりました」


 メイが風の魔法を使うと同時に俺は魔法を使うことなく、ナイフで魔法を切りつけた。風の魔法は切れるが、分散して、そのまま俺に向かってきた。


「ぐっ!」

「ソルトさん!」

「大丈夫だ。回復魔法は自分でかけられる」


 メイが生み出した風の刃で受けた傷に回復魔法をかけて、クルシュさんを見る。


「クルシュさん、見たか?」

「何をだ?」

「今、俺は魔力を纏わせた武器で風の刃を切った。だが、完全には斬れなかった。これが闇の魔法か、死の魔法であれば、俺は完全に切ることができただろう。俺はそれを何度も経験して知っている。だが、それ以外の属性魔法は相殺すら難しい」


 俺は完全に傷を治して立ち上がる。


「今から、俺はクルシュさんに聖属性の魔法を放つ。それを切ってみてくれ」

「……わかった」


 クルシュさんは剣を抜いて、魔力を纏わせる。


 どんな属性とも違う色の無い魔力が剣に纏わされて、俺が放った青白い聖属性の矢を切り裂いた。


 それは綺麗に魔力を切って捨てた。


「これがなんだというんだ?」

「無属性は何にも染まらない。それは弱点が無いということだ。クルシュさんは誰にも負けない属性を持っているってことなんだよ。無属性は相性に関係なく、どんな属性の魔法も切り裂くことができるんだ」


 無属性は、他の属性ができることができないかもしれない。


 だが、誰にも負けない属性だとクルシュに知ってほしい。


「そんなことを今まで思いもしなかった……」

「クルシュさんは属性が無いんじゃない。クルシュさんにしか持っていない属性をちゃんと持っているんだ。だから誇ってくれ。クルシュさんの無属性は強いよ」


 俺が言えることは言えた。


 その後に、クルシュさんがどう思うのかわからない。


 俺は二人の属性を知ったことで今後の戦いに挑む作戦を考えるだけだ。

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