第7話
フロントの椅子で寝ていたせいで、体のあちこちが痛い。
顔を洗って体にクリーンをかけて、首を治そうとしたところでフレイナ様がやってきた。
ヒラヒラしたワンピースを着て恥ずかしそうにモジモジとしているフレイナ様は非常に可愛い女性だった。
「おはようございます。フレイナ様」
「あっ、ああ。おはようございます」
「今日は一段と可愛いですね。良ければ朝食を一緒に食べていただけませんか?」
アーシャやシンシアから仕込まれたことだが、女性に対して綺麗や可愛いは素直に伝えた方がいいと言われ続けている。
だからそのまま伝えると、フレイナ様は寒そうに自身の体を抱きしめた。
シンシアも冷え性で、よく上着をかけていたから、俺は自分の上着をフレイナ様にかけた。
「あっ、ありがとう。よっ、喜んで同席するよ」
勢いで誘ってしまったが、どうやらOKしてもらえてよかった。
ただ、一歩を踏み出そうとして、フレイナ様が倒れそうになる。
貴族のパーティーに参加する際に、アーシャがよく転びそうになっていたのを思い出して、俺はそっと手を差し出してエスコートを進言した。
ついつい演技っぽくなったのは、アーシャがそういうことが好きだったからだ。
昔を思い出しながらフレイナ様を見れば、二人と違ってとても綺麗で可愛い女性だったので、ドキッとしてしまう。
手汗に気づかれていないといいな。
♢
フレイナ様との朝食は緊張の連続だった。
ホテルの人が用意してくれた服が、フリフリのワンピースだとは思わなくて、それを着て現れたフレイナ様はメチャクチャ美人なのに可愛らしさもあって、なんだか守ってあげたくなるような感じだったな。
汚してはいけない気がして、いつもより張り切って紳士を装ってしまった。
食べている間は、会話が弾んだようには感じないから、情けないことだ。
はは、柄にもないことをしたと思うが、フロントのソファーで寝て体が痛かったのも原因だな。胸を張っていないと首が物凄く痛い。
フレイナ様もどこか堅い感じだったから、ベッドで寝て体が痛くなったのかもな。
彼女を送って部屋に戻ると、女性の匂いがして、フレイナ様の姿を思い出してしまう。
ドキドキしながら、自分の首を治すために回復魔法をかけた。
今日は街の散策と、冒険者としての仕事を受けるためにホテルを出た。
「さて、しばらくはコーリアスに住むことになるから、街のことをもう少し知らないとな。冒険者として滞在するにしても、騎士団に就職するにしても、地理を理解するのは必要なことだ」
冒険者としては瘴気の調査を中心に仕事をしていこうと思っている。
瘴気は、汚染された空気に毒や高濃度の魔素を含んでいる。
そのため、それを吸い込んだ生き物は魔物へ変貌して、草木や大地は腐って滅びてしまう。
聖属性との相性が良くて、瘴気の発生源を処理できる俺としてはそれらを浄化するだけで稼ぐことができる。
散策をしながら、冒険者ギルドの前に差し掛かったところで、誰かが飛び出してきた。
「ソルト様!」
「えっ?」
飛び出してきた人物が、見知った顔であることに驚いてしまう。
「メイ? どうしたんだ?」
「ソルト様! すみません。助けてください!」
「何があったんだ?」
メイの慌てように、俺は冒険者ギルドの中を見る。
「とにかくこちらへ」
メイに腕を引かれて冒険者ギルドの中に入ると、クルシュを囲む数名の男たちが目に入った。
「なっ!」
「クルシュ副団長が、私を庇って冒険者さんと」
クルシュを冒険者の男三人が取り囲んでいた。
男たちは何かを狙っている様子で、クルシュは背後に気づいていない。
四人目の男が棍棒を振りかぶる。
「ホーリーインパルス」
親指で弾くように聖属性の衝撃波を飛ばして、棍棒を持った男を壁に吹き飛ばした。続け様に他の三人も吹き飛ばして、クルシュに近づいていく。
「ソルト殿!」
「クルシュ、何をやっているんだ!」
「あっ、いやこれは」
「わっ、私が悪いんです! 冒険者方々から声をかけられて怯えてしまって! クルシュ副団長が庇ってくれたのです。私がハッキリとお断りしなかったのがいけないのです」
メイが悲しそうな声で、何が起きたのか説明をしてくれる。
クルシュは罰が悪そうな顔をして、自らの美しい銀髪を掻き上げた。
黙っていれば、美しい令嬢なのに、騎士団で男勝りな態度を取るように指導でもされているのだろうか?
「何事ですか?!」
俺がこれからのことをどうしようか悩んでいると、冒険者ギルドの受付さんがやってきた。
赤茶色の髪を頭の上で束ねたお団子ヘアーに、メガネをかけた知的美人さんが状況を確認するようにギルドの中を見渡す。
他にも冒険者がこちらを見ているが、誰も近づいて来ようとはしない。
「すまない。冒険者同士のいざこざだ」
「あなたは?」
「俺はこういうものだ」
冒険者証を見せて身分を証明する。
俺の冒険者証を見て、受付さんは驚いた顔を見せた。
「《
やめてくれ〜。恥ずかしい二つ名を叫ぶのは……。
「セイコウ?」
俺の背後で、首を傾げるクルシュ。
だが、冒険者ギルドの中は次第にザワザワと騒ぎ始める。
「はい! 聖なる光を使うヒーラー兼短剣使い。幼馴染の《剣聖》アーシャ様と、《緻密な魔導士》シンシア様のパーティーは、国でも有名なAランク冒険者様パーティーなのです!」
全部言うなよ!
「そんな凄い冒険者だったのか?! だからワイトキングを一人で討伐できたのだな」
クルシュさん。今はそんなことを言うと誤解を生むよね? わかるでしょ?
「まぁ! その話は初めて聞きました! ワイトキングは天災の一種と言われるようなモンスターです。発生した際には、Aランク冒険者が束になっても討伐が難しいと言われています!」
なんで全て大きな声で言うんだ? ちょっと芝居かかって見えるのは俺だけか?
「相性がね。よかっただけなんだよ」
「そうだったのか! それで全て納得できた。ソルト殿の実力はやっぱり騎士団に必要な人材だ! ソルト殿、どうか第四騎士団へのスカウトを受けてくれないか?」
クルシュさん、話が噛み合ってませんよ。
俺があなたたちを助けて欲しいとメイに言われて、やってきたんですよ。
視線をメイに向けると「テヘペロ」と舌を出した。
メイよ。
お前だけは純粋で嘘などつかないと思っていたのに、俺の気持ちを返してくれ。
「なるほど、それでお二人が冒険者ギルドにいらしたのですね。納得しました」
どの話に納得したんだ受付さん。
てか、これはどこからが芝居で、どこからが本当だ?
俺は全く納得できてないよ? もう少しわかりやすく説明してくれるかな?
「その通りだ。だが、ソルト殿の意外な経歴と二つ名を知ることになったな」
「私も知らない功績を知れて嬉しいです」
なぜ、受付さんとクルシュは握手を交わしているのだろうか?
二人の奇妙なやりとりに呆れていると、倒れていた冒険者が立ち上がって問いかけてきた。
「あっ、あんたが聖光のソルトってのは本当か?」
「その呼び名は好きじゃないが、本当だ」
「ゆっ、許してくれ! 第四騎士団の奴らがきたから、ちょっとからかってやろうとしただけなんだよ!」
どうやらメイに対して声をかけ、クルシュをからかったのは本当のようだな。
それをクルシュたちが上手く利用したってところか? 受付さんもグルなのか?
「第四騎士団と仲が悪いのか?」
「そうじゃねぇよ! あんたも男ならわかるだろ? あれだけの上玉揃いなんだ。相手をしてもらいたいって思うのが男のサガってやつだろ?」
男にニヤニヤと見つめられても全く嬉しくない。
確かにクルシュは絶世の美女で、メイはロケットオッパイの持ち主だが、どっちも悪さをして良いと言うことには繋がらない。
「わからないでもないが、今後はやめとけ、俺が彼女たちのバックに付くからな」
「うっ! わっ、わかったよ。流石にAランクに逆らうほど俺たちはバカじゃねぇよ」
そう言って四人は立ち去っていった。
地方に来るとどうしても荒くれ者が増えるので、治安の悪さが窺える。
「あの、ソルトさん! どうしても受けて欲しい依頼があるんです!」
受付さんが目をキラキラさせて、私は困っていますと言う、あざとい視線を向けてくる。
「いや、俺は!」
「ソルト殿! 私も協力しよう!」
「私もです!」
なぜか、クルシュとメイが前のめりで依頼を受ける気満々で俺に問いかけてくる。
その姿が、アーシャとシンシアとダブってしまって、俺は深々と息を吐いた。
「どんな依頼だ?」
「ドラゴン討伐です!」
どうしてヒーラーの俺にドラゴン討伐を依頼するのか意味がわからない。
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