第6話

《sideフレイナ・アルバン》


 フカフカのベッドに自分以外の匂いを感じて飛び起きた。


「ここは?」


 部屋の景色を見て、豪華な部屋の中に戸惑いを感じる。


 ベッドの感触で自分の部屋ではないことはすぐにわかった。

 自分のベッドはこんなにもフカフカで気持ち良い感触は返ってこない。


「ここはソルト殿が泊まっている部屋か?」


 昨日は、ソルト殿とサシで酒を飲み交わした。

 ソルト殿の本音を引き出すために、酒を誘ったつもりだったが、こちらの方が飲まされてしまうとは不甲斐ない。


 酒を飲むまでの、記憶が次第に蘇ってくる。


 一杯目を一気飲みする姿を見て、ソルト殿は酒が強いのかと問い掛けた。


 それに対して、そうだと返ってきた。


 団員の中では、一緒に飲み比べができる者がいないので、久しぶりに同じペースで飲んでくれる者に出会ったことで嬉しくなってしまった。


 ペースがどんどん早くなって、まさか飲み比べで負ける日が来るなど思いもしなかった。


 いや、ラウンジに行った際に「綺麗ですね」そう言われて、嬉しいと思ってしまったのかもしれない。

 そんな言葉をかけられるのはいつぶりになるだろうか?


 私は身長が高い、デカい女と揶揄されることが多々ある。


 だが、自分でいうのもあれだが、顔は整っていて、成長が早く胸や尻が大きかったことで、まだまだ未熟な頃から、男性から嫌な視線を集めてしまうことが多かった。


 父がコーリアス伯爵領で騎士爵を授かっていて、私も子供の頃から男勝りにも剣術を習い指導を受けていた。


 年齢を重ねるごとに、剣術を共に習っていた男たちから、卑しい視線を向けられて悩まされることが多々あった。


 ある時、自分よりも上位の騎士数名に捕まって、襲われそうになったこともある。


 当時の私は未熟で、必死に抵抗していたが、父が近くを通りかかってくれなければ手籠にされていたことだろう。


 それ以来、私は男性が怖くなった。


 ラーナ様が騎士団を作る際に、剣術の才能と昔からラーナ様の護衛を務めていたことで団長に任命してくれた。


 団長という責務は、私の心にある恐怖を力に変えてくれたのだ。


 団員を守るという責任感を持つことで、これまで以上に武術や、属性魔法に磨きをかけることができた。


 次第に強くなるごとに、男たちから向けられる視線を跳ね除けられるようになっていった。


 代わりに向けられていた視線は、女性としてのものではなく。


「男女が!」

「デカいだけのくせに!」


 男たちから負け惜しみを言うように暴言を吐き捨てる。

 

 そんな男よりも強くなるのは、爽快なことであり、悪口や陰口を吐く相手を正面から叩きのめすことで黙らせた。


 騎士をしている男たちからすれば、名誉を失うことになるだろう。


 この一年ほどは、私に対して「綺麗」などという言葉をかけた男はいない。


 私に対して「綺麗ですね」と、自然に声をかけた男は久しぶりだった。

 素直な感想として、気負いもなく告げられたことが伝わってくる。


 ラーナ様のいう通り、ソルト殿にはこちらへの気遣いが感じられる。

 それでいて、私が望む、酒を飲み比べたいという要望を共にしてくれる。


 なんと心地よいのだろう。


「ベッドの上にいたのはなぜだ? 酒に酔った私に悪さをしたのではないか?」 


 あまりにも心地よくて、気を許しすぎた。 

 少しばかり信用するのが早かったかもしれない。


 そんな疑問を持ってホテルの部屋を出て、フロントで昨晩のことを聞いてみれば、意外な証言を聞くことになる。


 ソルト殿はラウンジから自分の部屋まで私を抱き上げて運んだそうだ。


「お姫様抱っこで大事そうに運んでおられましたよ」


 私は顔が熱くなるのを感じる。

 いつぶりだろうか? まともな女性として扱われるのは?

 

 ラーナ様のように女性らしくはない。

 クルシュのように整った容姿もしていない。

 メイのように愛嬌もない。

 

 そんな私を大事そうにお姫様抱っこで運んだ?!


 しかも、ホテルの者が見ている前でベッドに寝かせて、後は全てメイドに任せて部屋を出たという。


 ソルト殿自身は、フロントのソファーで寝て部屋に戻ることはなかったという。


 それは私を気遣ってのことだろう。


 男性の部屋に泊まったという変な噂が立たないようにしてくれたのだ。


 どこまでも紳士的な態度だと思ったが、フロントマンが「紳士ですね」と声をかけると、「ヘタレなだけです」と笑っていたそうだ。

 

 私の完敗だな。


 酒を飲ませて、本性を曝け出してやろうという、私の魂胆を見抜いたのだ。


「ソルト殿!」


 ここまでされて好意を無碍にするわけにはいかないだろう。

 私はソルト殿が用意してくれた服を着て、ソルト殿が待っているフロントのソファーへ向かった。


 すでにどこかで身支度をされていた様子で、昨日見たままの爽やかな様相だった。

 

 私はと言えば、スカートなどいつぶりに履いたのだろうか? パーティーに出席する時でも、ラーナ様の護衛としてズボンが当たり前だった。


 それなのに……ソルト殿が用意してくれたのは、私のような身長が高い女性でも着れる、ロングスカートのワンピースだった。


「おはようございます。フレイナ様」

「あっ、ああ。おはようございます」


 男性の前で、こんなヒラヒラとした服を着るのは初めてなので恥ずかしい。

 

 私が戸惑っていると、そっとソルト殿が近づいてきた。


「今日は一段と可愛いですね。良ければ朝食を一緒に食べていただけませんか?」


 可愛い!!!


 わっ、私だって綺麗だと言われたことはあるが、可愛いなんて言われたことはない。父上だって、そんな言葉をかけたことがないのに、ソルト殿は私に可愛いと告げてきた。


 恥ずかしくて顔を下に向けた私は、自分の胸元が開いていることに気づいた。ソルト殿から視線を感じなくて気づかなかった。

 見られていないことの悔しさと、素肌をソルト殿に晒していることの恥ずかしさで黙ってしまう。


「寒かったですか?」


 そう言って、自分が着ていた上着をそっとかけてくれる。

 

 私が恥ずかしがっていることにも気づいているのだろ?! さりげない感じでそんなにもスマートに!!!


「あっ、ありがとう。よっ、喜んで同席するよ」

「嬉しいです。フレイナ様と朝食が食べられる名誉に感謝を」

「くっ!」


 どこまで紳士を貫くつもりだ!


「行きましょう」

「ああ」


 私は一歩を踏み出そうとして、ヒールで倒れそうになる。


 そっと腰と手をソルト殿に支えられた。


「すっ、すまない。慣れない靴だったもので」

「いえ、エスコートする権利を頂いても?」

「あっ、ああ。任せる」


 ソルト殿が手を取ってくれて、私のペースに合わせて歩き出す。

 酒を飲んだわけでもないのに顔が熱い。


 絶対に赤面しているだろうな。


 私ばかり恥ずかしい思いをしているのに、ソルト殿はどうしてそんなにも涼しい顔をしていられるんだ?!


 悔しい! 少しぐらいはドキドキしてもらいたい。


「あっ」


 変なことを考えていたせいで、また倒れそうになる。


 だが、先ほどと角度が違ったことで、私はソルト殿の胸へと飛び込んだ。


「おっと、すみません。手を差し伸べるのが遅れてしまって」

「いっ、いえ。ありがとうございます」


 ドキドキが止まらない。


 いや、ソルト殿もドキドキしている? もしかして、私のこの姿にドキドキしてくれているのか? 


 気がつけば、私を引く手に汗を感じる。


 自分の手汗だと思っていたが、ソルト殿の物なのかな? そう思うと少しだけ嬉しくなった。


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