第5話

 ラーナ様たちとのランチを終えて、ホテルに戻ってきた俺はどこかを出歩く気にもなれなくて、呆然とソファーに座っていた。


 一週間という猶予をもらったが、俺としてあまりにも美味しい話なので、警戒してしまう。


 ただ、アーシャに言った通り。

 冒険者なんて危険な仕事は早々にリタイヤしてしまった方がいい。

 冒険者以外の安定した就職先があれば好ましい。


 今回の誘いは、女性ばかりの騎士団ということが、どうしても気になってしまう。


 俺はヒーラーだ。


 聖魔法を使うことで、浄化やクリーンといった普通の回復術師にはできないこともできるわけだが、だからといって騎士団にスカウトされるほどかと言われれば、よくわからない。


 多少は現世の記憶が蘇ってきたことで、人間の構造は理解しているつもりだ。

 聖属性が珍しいと言ってもいないわけじゃない。


 聖属性の魔法を使った回復は、自己治癒力の向上と、除菌を主な効果としている。


 ホテルに帰ってきて、騎士団に誘われたことを何度も考えては、どうしたら良いのか悩んでしまう。


 日が傾きかけるほどに悩んでいると、扉がノックされた。


 ーーコンコン


 また誰か来たのか? 昨日ほどは疲れていないので、流されはしないと思うが……。


「ソルト殿、フレイナだ。第四騎士団団長の」

「えっ?! フレイナ様!」


 俺は急いで扉を開いた。


 ランチの時のような綺麗な服ではなく、どこか着崩したラフな格好をしたフレイナ様が扉の向こうに立っていた。


「先ほど別れたばかりだが、よろしいだろうか?」

「ええ、中に入られますか?」

「いや、そこまで無警戒ではないのでな。夜に男性の部屋に入ることは控えておくよ」

「あっ! それは気がつかないですみません」


 俺は着替えもしてない格好だったので、ランチに行ったままだ。

 汚したくはないが、フレイナ様と外を歩くような服は持っていないので、このまま出ていくことにした。


「どこに行かれますか?」

「あまり外を出歩いて、団員に見つかって揶揄されるのも困るのでな。このホテルのラウンジでもいいだろうか?」

「もちろんです」


 俺たちは連れ立って、ホテルのラウンジへ向かった。

 最上階のラウンジは、街の明かりが見える程度の高さがある。


「綺麗ですね」

「ふっ、ありがとう。あなたから言われると不思議と嫌な気分がしないよ」


 夜景を褒めたつもりだったが、どうやら勘違いをされてしまったようだ。


 まぁ、実際にラフな格好ではあるが、フレイナ様は美しい。

 赤い髪は肩を超えるぐらいのセミロングで、女性らしさの中に凛々しいカッコ良さすらも兼ね備えている。


「こちらにはよく来られるんですか?」

「たまにだね。団員を連れ回すことができないので、一人で酒を楽しみたくなった時だけだ」


 そんな場所に俺を誘ってくれたのは嬉しいが、気を許しすぎではないだろうか?


「改めて、貴殿にはお礼を言う。団員を救っていただき感謝する」

「それはラーナ様から何度も言われましたよ」

「それほど感謝しているということだよ」

「はは、タイミングよく駆けつけられてよかったです」


 俺はフレイナ様を見ないようにして、出された酒に口をつける。

 緊張しながらではあったが、ランチを食べていたおかげで腹が満たされていてよかった。


 あまり酒は強くないので、酒の毒を浄化しながら飲んでいれば問題ないだろう。


「ほう、ソルト殿はイケる口か?」


 俺が一気に飲み干して、浄化の効果が発動できているのか確かめていると、隣から嬉しそうな声が響いた。


「ええまぁ、酒なら何杯飲んでも酔いません(浄化しているので)」

「本当か?! 私は結構な酒豪でな。飲み比べをしてくれる相手を求めていたんだ」


 本当に酒が好きなんだろう。 

 キラキラした瞳で言われてしまうと断るのも悪いと思ってしまう。


「飲み比べですか? もちろん構いませんが俺は」

「ふふ、先に言っておくが私は飲み比べで負けたことはないぞ」

「そうなんですか? まぁ適当におつきあいさせて頂きます」

「久しぶりだよ。皆、最近は誘っても一緒に飲んでくれなかったんだ」


 あっ! さっきは一人で来ているとカッコ良いことを言っていたが、本当は誰も酒豪であるフレイナ様と飲みたくなかったのかな? 


 まぁ、浄化しながら飲むから酔わないだけなんだけど、コーリアスにいる間なら、付き合ってあげてもいいかな。


「今日はとことん付き合いますよ」

「嬉しいことを言ってくれる! ならば、今日は私の奢りだ! 飲み明かそう!」


 何時間飲み続けていたのかわからない。

 日付が変わる時間まで飲み続けているのは確かだ。

 完全に店には我々しかいなくなった。


「キィているのか〜ソルおー」


 完全に呂律が回っていないフレイナ様が出来上がった。


「ええ。聞いていますよ」

「キミは〜ほんとに〜凄いな、ハタヒガ負けたのは、ハジメテだよ〜」


 そのまま倒れるように眠ってしまったフレイナ様。


 俺はホテルの人に空き部屋はないかと問いかけた。


「申し訳ありません。もうすぐコーリアス領で収穫祭が開かれるので、部屋は空いておりません」

「ハァ〜わかった。洗体係りは、この時間でも大丈夫なのか?」

「もちろんです。部屋へ向かわせましょう」


 フロントマンにお願いして、女性用の寝巻きと着替え、風呂に入れてくれる洗体女性を二人ほど呼んでもらった。

 フレイナ殿は身長が高いので、二人でいなければ難しいだろう。


「部屋までは俺が連れて行こう」

「よろしいのですか?」

「ああ」


 これも役得だろう。フレイナ様を抱き上げて、部屋の扉をホテルマンに開けてもらってベッドに寝かせる。メイドがやって来たところで交代して、俺は部屋を出た。


 俺はフロントのソファーを借りることにした。


 流石に同じ部屋で寝て、変な噂が立ってはフレイナ様に申し訳ない。


 せっかくのフカフカベッドに寝る機会を一度失ってしまったが、仕方ないだろう。


「お客様は、紳士的なのですね」

「ただのヘタレですよ」


 フロントマンにお辞儀をされて、俺はソファーで眠りについた。


 野宿をして固い地面で眠るよりは随分とマシだな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る