第4話
《sideラーナ・コーリアス》
クルシュを置き去りにして、私はコーリアスに帰ってきたことを悔いても悔いきれないほどに後悔しています。
すぐにフレイナたちが加勢に向かってくれはしたけど、きっとクルシュの属性では、死霊を相手にしても勝つことはできないでしょう。
コーリアスを守ってくれる第四騎士団は、私が一から作った我が子のような存在なのに、副団長を務めてくれているクルシュを失ってしまう。
あの子も多くの悩みを抱えている子なのに。
「どうか、神よ。クルシュをお守りください」
私に出来るのは祈ることだけ……。
最近は、領内で瘴気の出現が多発しています。
各騎士団に警戒を伝えていたといっても、まさか私が管理している第四騎士団を危険な目に合わせてしまうなんて……。
瘴気の影響でワイトキングが誕生しているなど思いもしませんでした。
調査不足が招いた結果。
こんなことでコーリアス家の家令が務まっていると言えるのでしょうか?
このままでは実家に帰った意味がないわね。
私は伯爵令嬢として、十八歳の頃に一度結婚をして。
結婚生活は三ヶ月ほどでした。
相手の殿方が病気で、結婚した当初から闘病が続いて、死別してしまい、家へと戻ることになったのです。
結婚された殿方の弟さんに家督を引き継ぐので、私の存在が邪魔になってしまったのです。
いえ、正直に言えば怖かったのです。
私は男の人が苦手です。
自分の肉体が、男性の視線を集め、欲望を向けられていることがわかるからです。
小さな頃から発育がよかったせいで、いろんな人に邪な視線を向けられて生きてきました。
遠慮もなしに凝視される感覚には慣れません。
夫の弟さんが、私の寝室に入って来ようとしたこともありました。
フレイナが同行してくれていたので、守ってもらうことができたから、今も私の純潔が守られています。
そのことがあって、私は兄上に頼んで実家に帰ってきました。
一度は嫁いだ身です。何もしないわけにはいかないので、家令の責任を預けてもらうことで、実家で働き、己の意義を示さなければならないのです。
第四騎士団を結成したのも、私の事情と、同じように弱い立場である彼女たちを守るためでもありました。
騎士団を作って二年が経ち、このままではいけないと私もわかっています。
彼女たちにも男性と交流する機会を与え、私自身も男性を克服しなくてはいけないのです。
これまでも何度か、男性の入団を考えたことがありました。
ですが、若く幼い男性団員は、女性ばかりの団だと知るや、態度を変えて下品な欲望を満たすために女性団員に悪さをしようとしました。
それからも何度か男性と交流を持つ機会はありましたが、私と視線を合わせないで、体にばかり視線を注ぐ人ばかりなのです。
上手くいかないことばかりで、今回の事件が起こってしまった。
男性の団員を受け入れることができれば、もう少し彼女たちを守れるかもしれない。
今回も私を逃がすために、メイとクリシュが犠牲になってしまい、苦渋の選択だったと言っても、胸が張り裂けそうなほど辛いのです。
「ラーナ様! クルシュが旅の冒険者に救われました!」
フレイナの報告を聞いて、嬉しい反面。
「男性の方ですよね?」
「はい。男性です」
半分、恐怖を覚えました。冒険者の男性は貴族よりも粗暴で、どんな要求をしてくるのかわかりません。
彼女たちを救ってくれた相手に、領主代行として礼を伝えるためにも会わないわけにはいきません。
私は覚悟を決めて、男性が喜ぶ衣装を身に纏って、お礼を伝えるために騎士団を総動員しました。
何かあった際には……。
普通の男性であれば、一番に私の胸を見ることでしょう。
これも騎士団のためだと思えばできることです。
「冒険者ソルト様。此度は私を含め、隊員の命を救っていただきありがとうございます。領主の妹で、家令を務めております。ラーナ・コーリアスです」
私がソルト様に近づいていく間、一度も彼は私の胸を見ようとしませんでした。
むしろ、瞳をじっと見つめ、こちらの方がドキドキしてしまいます。
受け答えも謙虚で、自分のために救ってくれたと告げられました。
今までの粗暴な冒険者なら、体を舐めるように見て、金銭以上の要求をしてくる物ばかりでした。
辺境の貴族と侮っているのでしょうね。
ですが、ソルト様は……挨拶の間、一度も彼は私の視線から目を逸らすことなく、握った手を離すタイミングがわからないほどに見つめあってしまいました。
常に紳士な振る舞いを心がけて、こちらを気遣う言葉使い。
このような男性がいるのだと感心してしまいます。
「フレイナ。ソルト様の態度をどう思うかしら?」
メイにホテルへ案内してもらった後に、私はフレイナと二人で、ソルト様について話し合うことにしました。
「そうですね。熟練とまでは行きませんが、貴族との接し方、何よりも女性への接し方に慣れておられるように感じます」
「そうね。それも卑しい意味ではないのよね?」
「はい。長年女性と暮らしていたのかもしれませんね。もしかしたらソルト殿も悲しい別れを経験されているのではないでしょうか?」
「まぁ!」
大切な人を失う悲しみ。私も両親を失っている身としては、痛いほど分かります。
夫とも死別して、男性への恐怖から実家に帰りました。
ですが、ソルト様のような紳士な方がおられるのですね。
少しでもコーリアス領で悲しみを癒していただきたいものです。
私とはタイプが違う整った容姿をした二人。
高身長で凛々しく美しいフレイナ。
誰よりも整った顔をしたクルシュ。
そんな二人にもソルト殿はいやらしい視線を向けませんでした。
彼女たちも私と同じように、これまで多くの不躾な視線を浴びてきています。
だからこそ視線には敏感になっていて、そんな二人もソルト様からは視線を感じなかったのです。
彼は清廉潔白な紳士だと証明されました。
むしろ、安易に男性が喜ぶだろうと、わざと露出が大きい服を選んだ自分の方が恥ずかしくなってしまいます。
ならば、自分の恥を最上級のもてなしで謝罪するしかありません。
最高級のホテルと、最高級のサービスを提供した上で、ソルト様には第四騎士団の回復術師をやっていただきましょう。
彼ほどの紳士な方であれば、無碍に団員を傷つけることはないでしょう。
それよりも彼が求める団員がいて、女性の方にも同意を示すなら祝福してもいい。
「フレイナ。第四騎士団も改革の時が来たのかもしれないわね」
「どういうことですか?」
「ソルト様を回復術師として迎え入れようと思うの。彼ほどの紳士な方ならば、私が守ってきた彼女たちを預けても良いと思うの」
「……ラーナ様がそこまで決心をなされているなら、良いと思います。クルシュの話では、高いレベルの回復術と、聖属性の魔法を使える高位の冒険者だろうと言っておりました。私の方からも探りを入れてみます」
「お願いするわね」
彼の能力を疑う必要はないでしょう。
我々が全滅をしかけたワイトキングを、一人で壊滅させてしまったのだから。
そして、瀕死で死ぬはずだったメイを助けてくれたのです。
彼には何度礼を伝えても足りないほどです。
不思議なことですが、これまでは男性のことを思うと嫌悪感か、恐怖が湧いてきていたはずなのに、今の私はソルト様と会える明日を楽しみにしています。
♢
面接も兼ねて、ソルト様とランチをすることにしました。
もしかしたら、初日だけが紳士な振る舞いで、本当は違うのかもしれない。
そんな思いがあったからこそ、フレイナ、クルシュにも同席してもらって、ランチをすることにしました。
事前にクルシュから、コーリアス領で冒険者をしようと思っていることは聞いています。なんと好都合なのでしょう。
滞在する意思があることがわかったおかげで、騎士団に誘いやすくなりました。
ローズガーデンと言われる自慢の庭でお茶をしながら待っていると、メイがソルト様を連れてやってきました。
冒険者風の格好とは違い……。
身なりを整えられたソルト様は、清潔感があり、優しそうな雰囲気をした男性でした。どこかの貴族家出身かと思わせるような佇まいをしており、ソルト殿が風を切るように颯爽と現れたのです。
「本日はお招きいただきありがとうございます。こういう場に慣れていませんので、無礼がありましてもお許しください」
そういった彼の一挙手一投足は優雅で、決して私たち三人に不躾な視線を向けることはありませんでした。
常に誰かに視線を合わせるか、目を閉じておられます。
相変わらず紳士な振る舞いに、正装を加えたことで、見た目にもカッコよさが追加されてしまいました。
今まで感じたことがないほど、胸が高鳴ってしまいます。
「はい。信頼できると判断して、どうか第四騎士団専属の回復術師になってはいただけないでしょうか?」
「はっ? 第四騎士団専属?」
「もちろん、お給料は弾みます! 何よりも、第四騎士団は女性ばかりです。その中からソルト様がお気に召した女性がいれば、求婚されることも認めましょう」
これは最終試験です。
ほぼほぼ合格間違いなしですが、
最後の1%。
即答で食いつくような男性なら、諦めるつもりで問いかけました。
警戒心が強いと言われるかもしれませんが、私のトラウマはそこまで根が深いのです。
だけど、それでも信じさせてほしい。
ソルト様の答えは?
「あの、どうして俺なんでしょうか? そんなに親切にされてしまうと、どうしても裏があるのではないかと考えてしまうのですが?」
この方はどこまでも紳士なのですね。
自分が評価されているとか、美味しい話だと食いつくことなく。
冷静に状況を分析して、警戒を示しました。
ふふ、どこまでも私の期待を超えてくるのですね。
分かりました。
絶対に、あなたを回復術師として手に入れてみせます。
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