第3話

 ヤバい、高級ホテルのベッドが最高過ぎる。


 一度は泊まってみたい最高級ホテル。


 いや、実際は前世の記憶がある俺としてはベッドで寝られるだけ至福なのだとわかるわけだが、ソルトとしての人生の方が長い今となっては、前世のことは記憶でしかない。


 人格とか、昔の俺はこうだったとかは全くなくて、ただ、俺には転生前の記憶があるって感じでしかない。


 今の俺は聖属性の適性を持っただけの冒険者で、この世界の冒険者は魔物を討伐するのがメインの仕事だ。


 常に命のやり取りばかりだからこそ、アーシャが騎士として安定職を手にいれ、シンシアが結婚できたことは喜ばしい。


 気持ちの整理がついたら、シンシアの祝福に会いに行ってもいいだろう。


 ーーコンコン


「はい?」

「失礼します。コーリアス伯爵家より、仕立てを申しつかって参りました」


 ホテルの扉を開くと、白髪の紳士が一礼していた。


「えっと、仕立て屋さんですか?」

「はい。ラーナ様から、明日のランチにご同席いただきたいとお伺いしました。その際に着られる服を御用立てするようにと」

「えっ?! それって断るわけには」

「貴族を敵に回したいのであれば?」


 貫禄ある仕立て屋のご主人に押し切られて、俺は正装用のタキシードと、ランチを食べる用の貴族にしてはラフな服を仕立ててもらうことになった。


 ただ、他にもいくつか服の色合いの好みを聞かれて何着か用意しますと仕立て屋の主人が立ち去っていく。


 一時間ほどで仕立てを行う採寸作業が終わってくれた。


「明日の朝にはランチ用の服をお届けします」


 仕立て屋の爺さんが部屋を出ていくと、また扉がノックされる。


「今度は何?」

「夕食をお持ちしました」

「それは助かる!」

 

 昼に戦闘を行ったので、食べ損ねた。


 今は腹が減っている。


「入らせていただいても?」

「えっ? 別にここで受け取れば良いのでは?」

「いえ、当ホテルのシェフが調理しながらご提供させていただきます」

「マジ?」

「はい! その際にはテーブルマナーの指導を」

「はは」


 それから二時間かけて夕食のマナーを学びながら、ディナーを食べた。

 ハッキリ言えば、美味い料理のはずなのに全然味を覚えていない。


 ただ、ナイフとスプーンは端から、料理に合わせて使う物も決まっていることは覚えた。


 ーーコンコン


「今度はなんですか?」

「失礼します。ソルト様」


 そう言って入ってきたのはメイドさんだった。


「あの、あなたは?」

「お風呂係りの者です。お風呂のご準備をさせていただきます」

「それは助かる!」


 夕食とは違って、マナーは関係ない。


 水を張った桶に、メイドさんが生み出した炎が放り込まれる。

 どうやら火属性の魔法でお湯を沸かすみたいだな。


 なんでもいいさ。気持ち良い風呂に入ってもう寝たい。


「お風呂が沸きました」

「ありがとう。それじゃ」

「いえ、お身体を洗わせていただきます!」

「はっ!?」

「それが仕事ですから!」


 貴族の方々は、自分一人で風呂に入ることはないそうだ。

 そのためホテル専用の風呂に入れてくれる洗体メイドが配置されている。


 プロの洗体術が披露された。


 ハッキリいう。


 メチャクチャ気持ちいいです!!!


 あっ、変な意味じゃないよ。


 痒いところに手が届くっていうか、王都を出てから風呂には入っていなかったので、相当に汚れていたらしい。


 隅々まで丁寧に洗われて、汚れはスッキリした。

 

 湯船に浸かっている間に、頭を洗ってもらって、肩のマッサージまでされて、至れり尽くせりだった。


 貴族様が泊まるホテルはスゲーよ。


「それでは失礼します」


 体を拭かれて髪の毛を乾かすところまでがセットだった。


 高級なバスローブに身を包んで、あとは寝るだけだ。


「やべー、マジでベッドが気持ちよすぎる」


 俺は3秒ともたないで眠りについた。


 ♢


 ーーコンコン


「はっ!」


 いつの間にか眠りに落ちていた俺は窓の外を見た。

 すでに明るい日差しが入っていることに驚いて目を覚ました。


「うわっ! もっとホテルを満喫しようと思っていたのに寝過ぎた」


 ーーコンコン


「はっ、はい!」


 扉をノックされる音で目覚めたようだ。


「ソルトさん。おはようございます。どこにも行かれなかったんですね」


 マジか?! メイが迎えにきた。


「あっいや、どうやら疲れていたようだ。寝入ってしまって」

「そうだったんですか。体調がすぐれなければ、予定を明日へ変更をすることもできますよ?」

「あっ! いやいやいや! ラーナ様とのランチだよな!? 行かせてもらうよ。支度をするからまってもらえるか?」


 貴族様の予定を変えるとか怖すぎる!


「もちろんです。それでは支度係さんに声をかけてきますね」

「支度係?」


 俺はこれまで冒険者として必死に働いてきたつもりだが、このホテルに来て思うことは……。


 貴族ってどんな暮らしをしてんだよって何度思ったことか。


 メイがいうように支度係が二人やってきて、俺の服を着替えさせていく。

 鏡の前に座らされて、髪の毛を整え、髭を綺麗に剃られた。


 手入れはしていたが、仕事の都合上、適当になっていた身だしなみが生まれて初めて全て綺麗に整えられた。


「うわ〜! ソルトさん、凄くカッコ良いです」

「そうか?」

「はいです! どこかの貴族様だと思ってしまいます」


 鏡を見れば、確かに服装や髪型が王都で見かける貴族様のようだ。

 仕立て屋の主人が持ってきてくれた服は、窮屈さと身動きの取れにくさに戸惑いを感じる。


「とにかくこれで問題はないか?」

「はいです! 問題はありません!」


 今更だが、メイも昨日の鎧姿ではなく、軽装になっていた。

 ロケットな巨乳が昨日よりも強調されている。


「さぁ、行きましょう。ラーナ様、フレイナ様、クルシュ様がお待ちです」

「あっ、ああ、行こう」


 俺は覚悟を決めて部屋を出た。


 貴族様との対面は初めてではないが、こんな格好をして会いに行くのは初めてだ。


 緊張してしまうが、昨日と同じでお礼のためだと思えば、気も楽だな。


 メイの案内でたどり着いたのは、バラが咲き乱れる庭園で、その中央では、三人の美女たちがお茶会を開いていた。


 まるで別世界に来たのではないかと思うほどに華やかで、俺は一瞬で三人に見惚れてしまう。


「あら、いらしましたわね」

「ソルト殿! 見違えましたな」

「うむ。素敵だ」


 ラーナ様が俺の存在に気づいてくれて、クルシュなりに褒めてくれているのだろう。フレイナ様が正面から俺の姿を見て告げてくれる。


 三者三様の言葉に、俺から彼女たちに言うべきではないかと疑問が浮かんでしまう。


「本日はお招きいただきありがとうございます。こういう場に慣れていませんので、無礼がありましてもお許しください」

「そう、固くならないでくださいませ。ここに来るまでに正装をお願いしましたが、ここに来て仕舞えば、気楽なのが一番です。皆でランチにしましょう」


 どうやら貴族の建前というやつで服を整えさせられたようだ。


 ラーナ様が合図を送ると、テーブルに四人分の食事が並べられていく。


「さぁ、こちらへ」


 ラーナ様に呼ばれて、俺はクルシュの隣に腰を下ろした。

 正面にはフレイナ様がおられて、どこを見ても美人ばかりだ。


 相変わらずラーナ様は爆乳を惜しげもなく披露する服を着ておられ、フレイナ様、クルシュは鎧を脱いだだけで、美しさに磨きがかかった気がする。


 最初のスープが運ばれてきたところで、ラーナ様の口が開く。


「改めて、第四騎士団の団員をお救いいただきありがとうございます」

「「ありがとうございます!!」」


 ラーナ様の声に反応して、二人が俺に礼を告げて頭を下げる。


「クルシュから聞くところによると、こちらで冒険者をしようと思っていると?」

「まぁ、ヒーラーなので冒険と言っても安全なことばかりですが」


 仲間もいないソロなので、ヒーラーとして臨時パーティーに参加させてもらえればいい。


「これまでは仲間と支え合って生きてきたのですが、その仲間が結婚をすることになって、パーティーを解散してしまったんです。こちらでお役に立てるのではないかと思ってやってきたんです」


 瘴気が発生しているなら、聖属性の俺は役に立てるだろう。

 こちらに向かっている途中で、こんな出会いがあるとは思っていなかったが。


「でしたら、お願いしたいことがあるのです」

「お願い?」

「はい。ソルト様は、とても紳士でいらっしゃいます」

「紳士?」

「はい。信頼できると判断して、どうか第四騎士団専属の回復術師になってはいただけないでしょうか?」

「はっ? 第四騎士団専属?」

「もちろん、お給料は弾みます! 何よりも、第四騎士団は女性ばかりです。その中からソルト様がお気に召した女性がいれば、求婚されることも認めましょう」


 ラーナ様が言われていることが頭に入ってこない。

 

 専属回復術師? 伯爵の妹公認で女騎士に交際申し込みができる? そんな美味い話があるのか?


「もちろん、無理にとは言いません。一週間ほど考えて、お答えをくださいませ。その間、昨日泊りいただいたホテルを使っていただいて構いません」


 あまりにも俺に都合が良過ぎる内容ばかりで、裏があるのではないかと疑いたくなる。


「あの、どうして俺なんでしょうか? そんなに親切にされてしまうと、どうしても裏があるのではないかと考えてしまうのですが?」


 俺の言葉にラーナ様は少しだけ困った顔をした。


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