第10話 轍(わだち)

ゲーム機の動画や注文できた分の部品が届いて、胸を撫でおろしたのが四日前。

怪重に頼んだ奴は、二割ダメだったが八割は完品だった。その確認に丸二日。


使えもしねぇだのボタンの裏に当たるとこが剥がれ落ちるだの、やっぱり検品してねぇじゃねぇかとそれでも怒り狂ってぶん投げる訳にもいかず黙々と歯ぎしりしながらやって。


今日は、設計図と送られてきた修理手順のビデオとにらめっこだと古ぼけた四足のリモコンもついてないダイヤル式のテレビに。凹んで投げ捨てられていた黒いデッキを、中あけて修理して使えるようにした液晶の割れたやつの上を撫でながら呟く。



「いい子で動いてくれよ……」



そういって、さっき紙を敷いてその上にタンブラー代わりにしている竹のデカいコップ(蓋無し)や賞味期限が後一日で安売りされてたピーナツなどを山のように用意してどかりと胡坐をかいて座る。


膝の上には木の板がのって、その板の上には筆記用具と裏が白いチラシ。



「こんなもんが残ってんなら、そっちでやってくれって」



箱舟本店は、場末の修理屋に対してのアフターケアもする割に自分達も他のメーカー同様にアフターケアしない事に憤っていた。


「にしても、あそこは本当すげーな……」


これ、九十七年前のゲーム機だぜ?それがシート系以外の部品全部あって基盤まで新品で検品済みで揃うとかそんな事あんのかよ。


ピーナツ片手に、ちびちびと水をやりながら。


「これだと、ガワの清掃と組み立てだけやりゃ何とかなるな。とはいえ、最大の課題の配線シートが無いんだが」


七か月待つか、あーいうものは印刷みてぇにつくるから多分マスターフィルムを切らしてるとかだろうな。じゃなきゃそんなかかる筈ねぇにしても参ったな。


幸い、設計図のコピーと配線図のコピーは貸して貰えたから最悪フィルムは自作か。


何度も何度も、ビデオを見ては。

ピーナツか水がなくなった時か、トイレ以外席を立たず。

一心に膝の上の筆記用具で、書きなぐる。



「ここ、両面テープで止まってたんかよ……」とか「これ、ネジ一山回し過ぎたら下穴が折れるんじゃね?」とかぼやき続けては。



薄いベース材に銅箔を貼って絶縁の為に同じベース材を貼って、フレキシブルケーブルみたいので代用するか。んで、ベース材のトコに空けた穴で基盤の線と接着できりゃ多分大丈夫だ。



FPC同様に表面をポリイミドで覆ってやりゃ、耐熱も確保できそうだな。


子供って、ゲーム機を炎天下の場所に放置したりすっから。衝撃や熱にも強く設計しとくべきだし、本当はボタン電池なんて喉につまらせそうなもん使うのはダメなんだがそれだと構造かわっちまうからダメだな。


「誰が何といおうが、子供の責任は親が取るべきで。責任取れない親は存在しちゃいけねぇ、店のもん触ったり開けてダメにしたら親が全部買わなきゃダメだ。小さい子どもなんてみんなそんなもんなんだから、子供用玩具なんて特に口付けても大丈夫にして車で引いて窓から投げて確かめる位でもいいぐらい」


(生まなきゃよかったなんて親は、それすら考えられねえボンクラって事だろが)



とにかく、自分に出来る対策は徹底的にやるぐらいじゃねぇと。

お客を選んでも変な知恵つけては、文句言ってくるやつなんてごまんといやがる。

嫌なら金払って消えろ、手間も時間もかかってんだ。

その代わり、こっちもてめぇで考えられる事は全部やるんだよそれが誠意ってもんだろが。



このネジのとこもこんな頼りねぇのじゃなくて、プラスチックの奥に山付仕込んで山付の方を接着して強度あげとかねぇと。



取り敢えず、一心に手順の計画。注意事項なんかを書いては、新しく頼む部品なんかを列挙しておく。



「コン、こいつには十日後から手を付けるわ。それまでに部品やシート作らねぇとな。銅箔伸ばすのだって機械がありゃそこまで難しいもんでも無いんだが手作業でゲーム機の配線に使えるようにするってなるとそれなりにかかる」


コンは溜息をつくと、全然割に合わねぇなぁアクシスと言いながらもどこか悟ったような視線を一瞬向けただけだ。



「良いんだよ、場末のしょうもない工場での話だ。迷惑かけるのは精々、てめぇ位なもんだろ?」


「そうだな、大迷惑だと思ってんならとっくに出てってるから安心しろ」



「ちげぇねぇ」そういって、ボロい木の机に向かい。


銅箔を作るべく、まず適当にジャンクから集めた銅を拾って来た七輪と石を窪ませた奴の上で溶かし幾度も繰り返したのち。米粒の様な銅を紙の上にのせては伸ばし、のせては伸ばしを繰り返し大きい一枚の習字紙の様な銅箔を手作りして言った。


(あれは金箔の手順の応用か?)


後は、窪ませた所に残っている銅は別で使うつもりらしく横に避けただけだ。


一度木の板に、その銅箔を皴なく伸ばして置いておいて。

同じ大きさの別の板に、何か描いてやがる。

手が止まった時に、尋ねてみた。


「おい、その描いてるやつなんなんだ?」


「あぁこれか、銅箔とかで作る配線ってのは切り取ったり繋いだりってのが大変なのは判るよな。だから、こうして薬品を塗ったトコだけ銅箔が残ったままになる様にしてんだよ。こう言った薬品には、紫外線あてたら固まる奴や補修液なんてのもある。木の板を彫刻刀で掘るっていうアナログと、こうした薬品の知識が両立して初めてこういう方法が使えんのさ。バッテリー替えるだけの交換屋と修理屋の違いさ、修理屋は修理できてナンボだかんな。」


無論、機械でバチっとやれりゃ作業自体はすぐ終わるものだって世の中にはあるぜ?

「世の中にはそう言う商品が山のようにあるんだが、ここにはそんな良いもの無いけどな」


そういって、くるりと背を向けフィルム造りを再開し始めてしまう。


(そんな事までやって、あの料金じゃ本当割に合わねぇな)


「少なくとも、安く無けりゃ貧乏人や子供は手軽に頼めねぇだろが。買いたくても買えねぇのは何も俺だけじゃねぇってこった、こちとら客商売なんだ。客と認めた奴にはちゃんとするさ、箱舟もそういう風にやってるだろ?」


(魔国最大手の箱舟本店がそうなら、魔国で商売する時にそのうたい文句ってのは何処でも通用するからな)



「モノや人大事にしねぇ奴の修理なんか殺されたってしたくねぇから、俺は大切にするやつのもんはこの手と眼が動く限りやってやりてぇんだよ」


「それなら、もうちょい料金とってお前の言う機械やその機械作る為の材料にすりゃいいじゃねぇか」


「俺は、最初から修理屋目指してたわけじゃねぇ。人の血と苦しみを喜ぶ戦争屋から、人の幸せと笑顔を喜ぶ修理屋に鞍替えしてきたからな」




「そうかい、まぁ世間はインフレしていくんだ。緩やかにな、そしてどっかで破裂して破滅してみんなで底辺からスタートして。それが、経済ってものの正体さ。時代から取り残されてるようなゴミが、洞窟でその日暮らししながら勝手に自分の妄想好きに語って何がおかしいんだい?」


「自虐にも程があんだろ、アクシス」


「どんな偉い奴が、どんなに凄い奴が俺に戦争やれって言ってきても。俺はもう戦争屋やるつもりはねぇんだ」


「なぁ、アクシスおめーは一体戦場で何をみた?ずっと聞こうと思ってたんだが数年たっちまってたからな」


「魔族の神、そのペットを見たんだよ……」


「俺達の神っていうとエノかい?」「あぁ……」


「俺が憧憬し畏怖し、死を眼の前にしたような女が一柱いて。そいつが死に物狂いの全力で尚エノには猫じゃらしで猫が遊んでもらっている程度だってな」


「はぁ?!」「魔族の神は結果を問わない、努力や過程を喜ぶとそいつからきいた」

「戦争屋をやらず、かといって努力をしてもしても終らない様なものを探してたんだ俺は」


「魔族の俺でも初耳だぜそりゃ、努力や過程を喜ぶんだな?不誠実やルール破りにはすこぶる厳しいとは聞くが」


「俺は、欲しいモノが二つできたんだ。戦争屋なんかやってたら絶対手に入らない人を幸せにする仕事と、努力や研鑽を途切れさせない様にする事でいつかでいいから魔族の神とやらに認められたいってな」


「そうかい、お前の執念の源泉ってのは其処から来てんのかい。教えてくれてありがとよ」


「つまんねぇ話してすまねぇ、さてと修理の続きでもすっかな……」


そういって、肩を回すとゲーム機の修理に再度とりかかった。

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