第9話 そこに居た訳

「ったくよぉ、魔神が子供の笑顔を守りてぇとかなんの冗談だそりゃ」


コンが今まで知っている魔神というのは、大体が戦争屋とかダンジョンマスターの類。


「あんな古いゲーム機一つなおしたって、金にならねぇだろうが何考えてんだ」


そうは言いながら、狭い秘密工場の天井を見上げコンは微笑む。


(あいつ、魔神に生まれたってだけでどれだけ損してんだ?)


しかし、あいつも昔はやっぱり戦争屋だったわけか。あいつだって、見た感じそんな弱くはねぇのにあいつが修理屋初めて人の笑顔の為になんて心変わりするなんてどんだけのもんをお前はみたんだよ。



「俺の親父の領地、その街の近くに魔神が住み着いたって聞いてみりゃいるのはスライムとあいつ一人でしかも他の魔神みたいにあぶねぇわけじゃなく。むしろ、すげーいい奴だった訳だ。あんとき間に合わせの大嘘で、親父と喧嘩したから手に職をくれるとこ探してんだって言ったら金は払えねえぞだぜ?その癖、本当にこんなバカ丁寧に包み隠さず教える奴いるかよって位なんでもかんでも聞きゃ教えてくれるとかどんだけだ」



(なんで貧乏してるか、すぐ判ったけどな。金をとったという事実が欲しいだけで金額に頓着してねぇんだ。本当になおすのにかかっただけの金額のチョイプラスで請求してやがる)


「注文だって、受けたい奴の修理品だけ受け取って。渡しに行くときゃ自分の足で歩きだぜ?色んな街までどんだけ距離あると思ってんだ。人なら死ぬわ、あいつは魔神だから下手に手を出して戦争屋に戻られるのがみんな嫌だから協力してるに過ぎない」


(ギルドにはこっちから手を回したしな、どの道量受けられねぇから事故だと思って諦めてくれって)


「世の中何があるか判んねぇ、変わりもんなんて幾らでも居やがる」


そんな言葉が自然と口から出てくるが、そういえば俺達の神は暴れん坊の怠けん坊だったわと哀愁を漂わせた。



その癖、毎日毎日道具や材料の研究に余念がねぇ。暇な時は、まるで漬物みたいに研究と分析を繰り返してやがる。下手な商品並べてるとこより、道具は磨かれて棚に並んでるし。作業するときゃ、使う道具順番にならべて使う道具がどれだけ残ってるかで一目で残りの工程数が判る様になってやがる。レトロにやる為に、レトロな工夫で対応してやがるんだ。俺を除きゃあいつ一人しかいないこの秘密工場で、誰に判る様にしてんだって前に聞いたらそりゃ覗きにきたお客様とかが居たらだよ。ど素人でも判る様にしてやれば、信用も出来るだろってなもんだ。実際に、客が来たことは一度もねーけどな。


(そりゃ、笑って言う事じゃねぇよ)



(知識のお漬物かよ、魔神がだぜ?)



「もう数年は奴に教えてもらって、靴とか包丁とか直してるけど。未だに判んねぇ事が多すぎらぁ。ゲーム機の製造メーカーは、箱舟だったから電話してたが。中身みた時のあいつの顔といったら、まるで宿題朝に思い出した小学生みたいな面してやがった」



あいつがあんな顔するなんて、どんだけ状態が酷かったんだよ……。

先日、靴底が米粒みてーな面積でかろうじて繋がってる様な靴見た時だって。


しょうがねぇなぁって、苦笑してたような奴だぞ。

古いマシンの制御チップ剥がしてる時も、スピーカーのガラス入りのワタの調整してる時も。





あんな面、見た事なかった。





「くわばらくわばらっと、御貴族様らしくヤバそうなものには近寄らない様にしないと」

自分の服や姿を一度みて、貴族に見えない事をこれ程感謝した事もなかった。


「おかげで、親父に勘当された息子としてここで働けてるんだしな」



姿形で損して、病気抱えてゴミみてぇなとこで働かされる人間ってのはいるもんだが。

あいつの場合種族なんか、当人の努力じゃどうにもなんねぇだろ。




「知れば知る程、付き合いが長くなればなるほどに。信じがたい存在だが、信じるもクソも当人はいっつもここに居るんだから。存在してるものに、ケチつける訳にもいかねぇし」


自分に任せてもらった修理品の一つを見ながら、コンは必死に眼を凝らす。


「あいつみたいに、ダンジョンマスターじゃねぇから肉眼で見てどうにかなる訳でも無い。だが、手で触れて僅かな凹凸を感じれば。その変わりにはなるんだ、だから神経を研ぎ澄ませろって言ってたな」


酒も煙草も、俺は大好きだけどさ。

鈍らせるから、仕事始める一週間前からは断つ。


指は常にほぐし、歳は膝や踵かとにかく衰えは足からくる。

顔を洗って、気を引き締めて。


「そこがスタートだ、どうだやりたくなくなって来ただろ?」


じゃねぇって、全くどんな神経してんだあいつ。




あの日からずっと、俺とあいつはこの秘密工場でやってきた。




魔神に社会貢献教わるなんて、貴族として情けねぇにも程がある。

貴賤なくやってもめごとを起こさねぇなんて、難易度高いにも程があるだろがよ。



「全く……、大した男だ」



幾度となく口をつくその言葉、品物を直す為に品物を作れるレベルにまで己を高めるなんて。ありえねぇにも程がある、だが才能がある訳でも無きゃ教育を受けられる訳でもない。本当に、ゴミから分解して構造を理解して。図書館通って物理や数学や電気と言った基本の基本から学んで身に着けたもんだ。



金属溶かして、不純物を取り除いて。機材も機械もないのに、その道具すらつくり上げる。人間なら心折れるぜ、寿命が足りなさ過ぎる。


「肉眼で普通は見えない、だったら顕微鏡使えばいい。道具ってのはあれば助かるが使いこなしてこそだ、その道具を買えるに越したことはねぇが無限に買える訳でも置ける訳でもねぇから。大事に使って見極めて買ってを繰り返さなきゃな」


うちらみたいな、弱小はそんないいもんありませんのでって言ってやるしかねぇんだ。


「全く、しばらく仕事はうけねぇって。あのゲーム機一つの為に……か」


メーカーがずっと保証してくりゃ、俺達場末の修理屋なんていらねぇはずなんだよ。

所が、部品とっとくだけでもタダじゃねぇから耐使用年数に関係なく決められた時間保証したら後は知らん顔。


「新しいものが常に良くなるなら、願ったり叶ったりだが。実際は必要なネジは減らすわ耐熱設計が甘いわ、放熱プレートは密着してなきゃ意味ねぇのに浮いてるわ。悪くなったりする事も多々ある、だからお客だってクルクルパーじゃねぇんだから良いものと判ってりゃ後生大事に使いたいだろ?」



自分達のモノが売れないからってルールごと変えて、結果恥をさらしてる連中だって山ほどいる。ルール変える方が、勤勉に開発するより金も手間もかからねぇからな。


だが、その先にあるのは子や孫の世代が地獄の苦しみを味わうだけってんだから。

「子供の笑顔にならない事やって、その子供が大人になった時。怨みとつらみと怒りがどこ向くか考えもしねぇならそりゃゴミ以下ってもんだ」




(全魔族が唯一信じる神様じゃあるめぇし、一柱(ひとり)でなんでも力でねじ伏せるなんて無理に決まってんだ)


法則だって、理屈だって無意味。

最強の子供の真似事なんか誰にも出来ねぇ、気に入らなければ叩き伏せ改竄しやがる。


自然や化学、物理に概念何でもだ。


「俺達は、ただ毎日を必死に土握りしめて。今にしがみついて、情報のリンチに耐えながら泥臭く生きるしかねぇんだ」


アクシスはいっつもそう言って、だから俺は勤勉にナメクジみたいにはいつくばってやらせてもらうだけだって笑いやがる。



「だっせぇ生き方だろ? 他人におススメなんて出来やしねぇ。それでも俺はそれで生きて来たんだ」




あいつは、いっつもそういう事言ってるけどさ。そんなことねぇよ、アクシス。お前が魔神じゃなかったら、もっといい神生(じんせい)を送れていた筈だ。


「だからって、お前ほどストイックにはなれねぇけどな」


いつの間にか、あいつの生き方が眩しくて。

こんな、ボロイとこに随分長くいたもんだ。


完成した修理品をまた一つ、チェックしては箱に入れ。


コンが奥の部屋で、検品を終えたそれをチラリとみて。



「あぁは生きられねぇよ、少なくとも俺にはな」


その心の呟きは、夕方鳴く鳥の声に消えた。

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