第061話 トウコなんてどうでもいい


 森の奥に行くと、2人が言うように熊がいた。

 熊は二本足で立っており、かなり大きい。

 灰色の毛をしており、胸に三日月もない。


「グリズリーだな」

「しかも、かなりの大物だね。それに対するは……」


 俺達はグリズリーと相対している2人を見る。

 2人は男子と女子の組み合わせで学生なのは制服でわかる。

 当然、若い。

 それでいて格好がセドリックと同じような外套に杖だ。


「ありゃ無理だな。距離が近すぎる」

「っていうかさ、先輩じゃない?」

「あ、ホントだ。Dクラスの先輩だわ」


 知らんけど、ウチのクラスの先輩らしい。


「行っていいか?」

「行け」

「お金になるよ」

「よっしゃ!」


 俺は全身に魔力を巡らせる。


「え?」

「何だ、この高魔力は!?」


 先輩2人が俺の魔力に反応し、振り向いた。


「あ、バカ。熊相手によそ見するなよ」


 フランクが言うように2人がこちらを振り向いたと同時に熊が2人に襲い掛かる。

 しかし、それよりも俺が速く動き、熊の胴体に飛び蹴りを食らわせた。


「え!?」

「な、何!?」


 熊はゴロゴロと転がっていき、俺は熊と2人の間に着地する。


「先輩、こっちです!」

「そいつに任せてこっちに来てください!」


 フランクとセドリックがそう叫ぶと、2人の先輩は一目散に下がっていく。

 すると、熊がゆっくりと起き上がった。


「うーん、この前よりも大きい」


 この前のツキノワグマよりも一回りも二回りも大きい。


「ツカサー、援護はいるかー?」


 後ろからフランクが聞いてくる。


「いらね」


 そう答えた瞬間、熊が大きな腕を振ってきた。

 それを軽くジャンプして躱すと同時に顔面を蹴り上げる。

 しかし、熊は多少、たじろいだくらいで効いてなさそうだ。


「この前の熊より強いか……」


 やっぱりツキノワグマよりグリズリーの方が強いらしい。

 まあ、それに加えて魔力を持った魔物だし、全然違うか……


「うーん……」


 どうしようかなと思っていると、熊が上体を下ろし、四つ足になった。

 直後、口を空けて突っ込んでくる。


 そんなに速くないなと思い、横にずれて簡単に躱した。

 しかし、熊はそのまま駆けていく。


「こっち来たー!?」

「ちょ、ちょっとー!?」


 先輩2人が騒ぎ出す。

 熊は俺をスルーして後ろの4人に向かっていったようだ。


「チッ!」


 フランクが前に出ると、剣を構えた。

 だが、熊がフランクにたどり着くより早く俺が熊に追いつき、横に並ぶ。


「獣のくせに後ろ見せんなや」


 そう言って、熊の顔面にアッパーを喰らわせた。

 すると、熊がのけ反ったので蹴りを放つ。


 熊は10メートルほど転がったものの、まだ立ち上がってきた。

 そして、俺に向かって突っ込んでくる。


「来いっ!」


 熊は俺の近くまでやってくると、爪を立てた大きな腕を振ってきた。

 俺はその腕を掴むと、もう片方の手の拳を握り、熊の顔面に振り抜く。


 熊の顔面はぐるりと時計回りに回転し、明らかに致命傷だったが、突進の勢いは落ちていなかったため、勢いに身を任せ、倒れ込んだ。

 そして、覆いかぶさっている熊の腹部を蹴り上げ、そのままでんぐり返しをして、立ち上がる。

 すると、宙に舞った熊が地面に落ち、ピクリとも動かなくなった。


「……すごい」

「……倒しちゃった」

「あいつ、マジでバケモンだな」

「僕はあのマチアスを気の毒に思い始めたね」


 思わんでもいいわ。


「これ、どうすりゃいいの?」


 倒れている熊を指差す。


「僕が収納するよ。後で工業区に行こう


 セドリックが頷くと、熊が一瞬にして消えた。


「熊も収納できるの?」

「生きてる生物は無理だけど、死んでるなら大丈夫。死体も運べるよ」


 それは聞きたくなかったわ。

 嫌な想像をしてしまう。


「あの、ツカサ君だったね?」


 男の方の先輩が声をかけてくる。


「はい。長瀬ツカサです。Dクラスの先輩と聞きましたが?」

「ああ、僕達はDクラスの2年だよ。僕はアンディ。アンディ・キッドマンだ」

「私はジョアン・レイトンよ」


 先輩2人が自己紹介をしてきた。

 男の方のアンディ先輩は茶色の短髪で俺とそう身長は変わらないが、全体的に線が細い。

 女の方のジョアン先輩も同じ茶髪だが、肩下まであり、ウェーブがかかっている。

 体つきもアンディ先輩同様に細い。

 魔法はあるんだろうが、パッと見てこの2人が戦えるとは思えなかった。


「ケガはないですか?」

「おかげさまでね。感謝するよ」

「助かったわ。ありがとうね、ツカサ君」


 2人は安堵の表情を浮かべながら礼を言ってくる。


「いえ……あの、俺のことを知っているんですか?」


 アンディ先輩もジョアン先輩も俺の名を呼んだ。

 記憶を探ってみるが、面識はないと思う。


「ああ……この前の決闘を見たんだよ」

「DクラスとCクラスの決闘なら見に行くわ。しかも、ラ・フォルジュの御令嬢とイヴェールの御令嬢だもの」


 シャルはともかく、トウコってラ・フォルジュの御令嬢じゃないんだが……

 ウチって正式には長瀬だし、分家ですらない。


「なるほど。それで知ってたんですね」

「ああ。君は見事だったね。トウコさんにも勝ってほしかったけど」

「ソウデスネー」


 俺は一切、そう思わない。


「ん?」


 アンディ先輩が首を傾げる。


「あ、先輩。そいつ、生徒会長派なんです」

「え? イヴェールの派閥なの? もしくは、血統派? Dクラスなのに?」

「いや、そういうのじゃないですよ」


 フランクが苦笑した。

 すると、何かを察したジョアン先輩が肘でアンディ先輩の腹を小突く。


「あー……まあ、シャルリーヌさんも見事だったね。あの魔法は驚いたよ」

「そうですね」


 俺もそう思う。

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