第017話 土曜日の朝


 魔法学園における最初の1週間を終えた土曜日。

 この日は休みなのでゆっくり寝ようと思っていた。

 だが、いつものように朝の4時には目が覚め、二度寝しようと思ったが、結局、6時に起き、完全に目が覚めてしまった。


「お爺ちゃんか、俺は……」


 自分自身に呆れながらもベッドから降り、カーテンを開けた。

 すると、朝日が飛び込んでくる。


「走るかなー……」


 ランニングが日課な俺だが、朝から走ったことはない。


「そうしよ」


 俺はパジャマから運動着に着替えると、部屋を出て、階段を下りた。

 すると、リビングにはすでに誰かがいることに気付き、覗いてみる。

 リビングでは母さんがテレビを見ていた。


「あら、ツカサ、どうしたんですか? こんな時間に起きるなんて珍しいですね」


 母さんが驚いた顔で俺を見てくる。


「学校生活のせいで起きた。走ってくるわ」

「寝ぐせは? だらしないから直していきなさい」

「走ったら直るでしょ。あと、帰ったらシャワーを浴びる」


 汗も流せて一石二鳥。


「そう……じゃあ、朝ご飯はそのくらいね」

「うん。よろしくー」


 俺は家を出ると、走り始める。

 土曜の6時なこともあって、人はほとんどいないし、涼しくて気持ちが良かった。

 そして、いつもの折り返し地点である公園に着くと、ベンチに腰かける。


「あー、いい天気だなー」


 雲一つない。

 公園には誰もおらず、実にのどかだ。


 俺はぼーっとしたまま空を見上げる。

 そのまま今日は何をしようかなーっと考えていると、視界に俺と同じように走っている人が見えた。

 仲間だなーっと思い、その人を見ると、ランニングウェアを着た女性がこちらに向かって走っていた。

 その女性は遠目から見てもスタイルがよく、ポニテにした長いプラチナブロンドの髪を揺らしていた。


「ほー……」


 思わず声が出て、その女性をじーっと見ていると、女性と目が合った。

 その女性は目を合わしたまま走り、俺を通り過ぎていく。

 しかし、数メートル走ったところでピタリと止まった。


「んー?」


 女性はゆっくりと振り向き、俺を見てくる。


「おはよう」

「おはよう……」


 挨拶をすると、挨拶を返してきた。


「何してんの?」

「走ってる……」


 見りゃわかる。


「ごめん。なんでいるの? ここ日本だぞ」


 その女性は昨日、一緒に呪学の授業を受けたシャルだった。


「えーっと、ツカサこそ……あ、いや、日本人が日本にいるのは当たり前か」


 まあね。


「座る?」

「そうね」


 シャルが頷いてこちらにやってきたので少しずれる。


「奇遇というか、妙なところで会うわね。この辺に住んでるのかしら?」


 シャルが座りながら聞いてくる。


「まあ、この辺と言えばこの辺だな。俺も走ってたから」

「へー……走るのが好きなの? 私はいつもこの時間に走っているけど、見たことない」


 早起きだなー。


「まあ、好きだな。でも、この時間なのはたまたま。日本とアストラルって3時間の時差があるじゃん。だから今日も早起きしてしまった」

「なるほどね。でも、良いことよ。時差問題は結構深刻だからいっそのことそういう生活リズムにした方が良い。私も土日は早起きね」


 私も……


「え? シャルって日本に住んでるの?」

「まあ……」


 シャルが目を逸らした。

 理由は聞かない方がいいっぽい。


「まさかこっちの世界でシャルと会うとは思わんかったわ」


 あまり人のこと言えないが……


「私も思わなかった。ツカサが日本人なことは知っているけど、こっちも広いしね」


 人も多いしなー。


「シャルはなんで走ってんの? 好きなの?」

「いや、好きじゃない。というか、運動全般が苦手。私、インドアだもん」


 そうは見えんが……


「じゃあ、ダイエットか何か?」

「まあ、そんな感じね」


 そう言われたのでシャルの身体を見る。

 まったく太っているようには見えないし、むしろスタイルが良い。

 身体のラインがわかりやすいランニングウェアなのでそれがよくわかる。


「いらなくね?」

「いるの。まあ、痩せるというより、維持ね。女子は大変なの」


 そういえば、トウコもストレッチしてるな。

 それに俺達兄妹は子供の頃から父さんに武術を習っているから運動はしている。


「ふーん……」

「ツカサってさー、魔法使いになろうと思ったのはつい最近なのよね?」


 シャルが前を向いたまま聞いてくる。

 横顔がマジで美人だ。


「そうだな」

「そんなに魔力があるのになんでもっと早く魔法使いになろうと思わなかったの? もしかして、家の人に反対されてた?」

「いや、むしろ勧められたな。でも、俺って魔力はあってもそれを使えないんだよ」


 もし、使えたらもっと早くに魔法使いを目指したのだろうか?


「言ってたわね……魔法学校に通って1週間だけど、どう? 使えそう?」

「全然。教本に載っている術式を使ってみたけど、さっぱりだ。やっぱり魔力を外に出すのが苦手っぽい。もしくは、そういう体質なのかもな。強化魔法は使えるんだが……」

「強化魔法? 戦闘タイプの魔法使いなの?」

「ゴールデンウィークに爺ちゃんの山で熊を一撃で仕留めた」


 実は自慢。


「熊……え? 熊?」


 シャルが驚いた顔で見てくる。


「熊。まあ、ツキノワグマだけど……」


 ヒグマもいけるか?

 まあ、いけるか。


「すごっ……あ、でも、それだけ魔力があればいけるか……私はどれだけ魔力があっても無理だけど」


 運動全般が苦手って言ってたもんな。


「シャルは戦闘タイプではない?」

「錬金術が好きな女が戦闘タイプなわけないでしょ。内緒だけど、私、魔法の才能がない」


 才能がない?


「そうなん?」

「魔力もそんなに高くないし、技術も普通。そして何より、運動神経皆無。イヴェールという名家で生徒会長をしているから皆、そう思ってないんだけど、私、結構ヤバいわよ?」


 エリートっぽいんだがなー。


「まあ、確かに俺より魔力は低いな。多分、半分もない」

「はっきり言わないでよ」


 シャルが笑いながら肩を叩いてきた。


 あ、やべ。

 マジで可愛い。

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