第018話 魔法使いの才能


 シャルは才能がないらしい。


「でも、頭良いじゃん」

「自分で言うのもなんだけど、そうね……完全に研究職方面の魔法使いなのよ」

「別にそっちでいいじゃん」

「私、イヴェールの跡取りだもの。そういうわけにはいかないの」


 そんなもんかねー?


「同じ跡取りのセドリックは自分で弱いって言ってたぞ」

「同じ名門でもウチは武家なの。その跡取りが弱いのはね……」


 シャルがちょっと暗くなった。


「シャル、ちょっと立ってみ?」


 そう言いながら立ち上がる。


「んー?」


 シャルが立ち上がったのでシャルの顔の前に右手を掲げた。


「何? え……?」


 俺は空いている左手でシャルの腕を掴むと、足を払う。

 すると、シャルは何も反応できずにこけそうになったので 右手を腰にやり、転ぶのを防いだ。


「ホントだ……鈍っ……」

「え? 私、何をされたの?」


 空を向いているシャルが目をぱちくりさせる。


「お前、夜道を一人で歩くなよ」


 そう言いながらシャルを立たせると、ベンチに腰かけた。

 シャルは立ったまま呆然と俺を見ている。


「あなたって強いの?」

「シャルの言う戦闘タイプだからな。唯一使える強化魔法があるし、子供の頃から武術を習っている」

「熊を倒したって言ってたわね……ね、ねえ、私にその武術を教えてくれない?」


 武術……

 この運動神経皆無女が……

 あ、でも、護身術にはなるか。

 知っているだけでも力になる。


「それはいいぞ。呪術の授業を付き合ってもらっているし」


 美人だし。

 実はさっき顔が近くてドキドキした。


「ありがとう。代わりに勉強を見てあげるわ」


 勉強……


「うん……まあ……」

「すんごい嫌な顔をするわね……本当に何のために魔法学園に来たのよ……」


 シャルがジト目になる。


「ありがたいんだけど、いいの?」

「いいわよ。私、勉強好きだもの」


 勉強が好き……

 かわいい顔して恐ろしいことを言っている……


「じゃあ、お願いしようかなー……」

「嫌そうねー……」

「そんなことはないんだけどな」


 腕輪のことがあるからありがたいのは確かだ。


「まあいいわ。じゃあ、さっきのやつをもう一回やって」

「またやんの?」

「というか、何したの? 視界を隠されたらわからないじゃないの」


 まあ、そのために隠したからな。


「シャルって強化魔法を使える?」

「まあ、使えないことはないわね。あれ自体は術式を使う魔法じゃなくて、ただの魔力のコントロールだもの。人によってはあれは魔法じゃないって言う人もいる」

「誰だ、その俺を全否定する奴は?」


 怒るぞ。


「そういう考えの人もいるってこと。私はそう思ってないわよ」


 いい子だなー。


「まあいいや。やられるよりやってみる方が良いだろうからやってみ?」


 そう言ってシャルの前に立つ。


「どうやるの?」

「とりあえず、俺の顔の前に手を掲げて」

「こう?」


 シャルが俺の顔の前に手を掲げる。

 すると、俺の目にはシャルの手しか見えなくなった。


「綺麗な手だなー」

「ありがと。それで?」

「空いてる手で俺の腕を掴め」


 そう言うと、シャルが俺の腕を掴む。


「掴んだ」

「後は強化魔法で足を払うだけ」

「えい」


 痛っ……


 シャルは足を払ったつもりなんだろうが、ふくらはぎを蹴ってきたため、ちょっと痛みが走った。


「靴を蹴って。ただ、蹴るというよりも払う感じ」

「えーっと、こうか」


 シャルがそう言うと俺の足が払われ、視界が空に変わった。


「そんな感じ」


 でも、支えて欲しかったね。

 ケツを地面に打った。


「あ、ごめん。大丈夫?」

「大丈夫。まあ、さっきやったのはそんな感じ。変なのに絡まれたらそれで体勢を崩して逃げな」


 運動神経皆無女の足が速いかどうかは知らんが。


「倒すのはないの?」

「あるけど……」


 地面を見たが、痛そうだ。

 実際、ケツが痛かった。


「あっちの芝生の方に行きましょう」


 シャルが向こうにある芝生エリアを指差す。


「まあ、いいんだけどさ」


 俺達は芝生の方に行くと、シャルにいくつかの護身術を教えてやった。

 それでわかったのは確かに運動神経が良くないということだった。


「疲れた……」


 シャルは膝を抱えて、沈んでいる。

 体力もなさそうだ。


「走ってんじゃないの?」

「ゆっくり休憩しながら走っている。9割は歩きね」


 ウォーキングですな。


「どんぐらいまでにはなりたいの?」

「トウコさんに勝てるくらい……」


 無理なような……

 あいつもそこそこ魔力が高いし、何よりも子供の頃から武術をやってるから接近戦は強いぞ。


「うーん……お前らが俺の勉強を見て、無理だろって言わないのが不思議でならない」


 俺は今のシャルを見て、そう思う。


「誰だって最初は挫折するもの。魔法関連は特にそう」

「そうなのか? やっぱり勉強?」


 そう聞くと、シャルが首を横に振った。


「……魔力よ。こればっかりは努力でどうにかなるものじゃない。大抵の人は魔法使いを目指した時にそのわかりやすい才能の差に絶望する。特に名門と呼ばれる家の子はそう。魔力という絶対的な才能が自分にないことに気付くのよ。だからその差を少しでも埋めるために努力する」


 そういやフランクとセドリックが俺のことを羨ましいって言ってたな。


「だから皆、優秀なのか……」

「まあ、不出来な人間もいるけどね……」


 僕でーす。


「ハァ……まだやるか? 俺、腹減ったぞ」

「そうね。疲れたし、帰りましょうか」


 膝を抱えていたシャルが立ち上がり、お尻を手で払う。


「またやる?」

「やる。私は負けるわけにはいかないの」


 誰にだろう?

 トウコかな?


「いつやる?」

「来週の土曜。ちゃんと早起きしなさい」


 えー……と思ったが、別にいいか。

 シャルが言うように4時起き生活の生活リズムにした方が良い。

 じゃないと、月曜が最悪になる。


「わかった。じゃあ、帰るわ」

「ええ。10時にあそこにあるファミレス集合ね」


 え?


「10時って今日の?」

「そうよ」

「……なんで?」

「勉強を見てあげる」


 やっぱり……

 土曜なのに勉強……


「そうか……」

「ものすごく嫌そう……解呪を学びたいんじゃないの?」


 腕がなくなるよりかはいいかー……


「まあ、そうだな」

「じゃあ、ファミレスね。昨日の呪学の授業も解説してあげるわ」


 シャルがそう言って、笑った。


「どうも。なあ、ケガとかしてないか?」

「してないわよ。何回も転ばされて疲れたけど」


 転ぶ前に支えたじゃん。


「むしろ、転ばされたのは俺では?」


 シャルにもやらせたが、本当に運動神経皆無で俺を気遣う余裕なんてなかった。


「悪かったわね。はい、あげる」


 シャルがどこからともなく、青色の液体が入った瓶を渡してきた。


「ポーション?」

「そうよ。疲労がぽんっとなくなる」


 言い方……


「いいのか? 知らんけど、高くない?」

「高いけど、自作だからタダよ。趣味で作ったやつだから家に腐るほどある」


 本当にインドアなんだな……


「悪いなー。もったいなくて、この前もらったやつもまだ飲んでない」

「なんでよ。飲みなさいよ。私が改良に改良を重ねて味にもこだわったのよ?」


 味……


 俺は蓋を開けて、青色の液体を飲んでみる。

 すると、口の中にリンゴの味が広がり、疲労がスーッと抜けていく気がした。


「リンゴジュースだ、これ……美味いな」

「そうでしょう、そうでしょう」


 同じくポーションを飲んだシャルが満足そうにうんうんと頷く。


「自分で改良したの?」

「そうね。市販のポーションって不味いし」

「こういう味付けも錬金術の授業で習うのか?」

「習うわけないでしょ」


 本当に趣味なんだな。


「シャルってすごいなー」

「ふふん」


 ドヤ顔をしたシャルは本当にかわいく見えた。

 同じく、よくドヤ顔をするトウコはあんなにムカつくというのにこの差は何だろうか?


「ありがとう。じゃあ、帰るか」

「そうね。また」


 俺達はその場で別れ、それぞれの家に帰ることにした。

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