第016話 呪学


 翌日、午前中のむずい授業を終えると、一度、寮に戻り、フランクとセドリックと共に昼食を食べる。


「お前らは午後からどうするんだ?」


 2人に聞く。


「町に遊びに行く」

「お前を案内しようと思ったんだけどな」


 へー……


「そういや俺、結局まだ町に行ってないな」

「だろう? だから誘ったんだ」

「明日、行こうぜ」


 明日は土曜だから休みだ。

 一応、授業もやっているんだが、それは社会人や復習をしたい人のためのものらしい。

 俺はいいや……

 休みが欲しい。


「明日は実家だよ」

「僕もだね。遊びたいんだけど、さすがに家のこともしないといけないから。まあ、日曜には戻るから日曜に出かけてもいいよ」


 時差がウチの比ではないのにすごいなー。


「じゃあ、日曜日に町を案内してくれ」

「わかった」

「いいよ」


 2人が頷く。


「頼むわ……さて、呪学を受けに行くか」

「行ってこい」

「3年の授業だからわからなくて当然だし、呪学は特に難しいから気にするなよー」


 2人に見送られると、寮を出て、丘を降りた。

 多くの制服を着た生徒達がいる中を歩いていくと、ふとC棟が目に入る。

 C棟に入っていく生徒達を眺めてみるが、別に鼻につくような感じの生徒はおらず、Dクラスの生徒と変わらずに見えた。


 俺はそのまま歩いていき、A棟を目指す。

 すると、A棟の入口近くの掲示板の前にはまだ約束の5分前だというのに制服を着たシャルが立って待っていた。

 シャルを見て、早歩きで近づいていく。


「ごめん、ごめん」


 シャルより早く来ようと思っていたのだが、ちょっとフランクとセドリックと話しすぎてしまったようだ。


「んー? まだ約束の時間じゃないわよ。ちょっと早く昼食を食べ終えただけ」

「寮?」

「そうね」

 

 シャルはフランスだし、やっぱり俺みたいな半寮生ではなく、普通の寮生なんだろうか?


「15分前だけど、教室に行っていいもんかね?」

「いいわよ。3年は社会人の人が多くなるから割かし入りやすいわ。行きましょう」


 俺達は校舎に入ると、階段を昇っていった。

 2階、3階と昇っていき、とある教室に入る。

 すると、そこには20人近くの生徒がいたが、半分以上が制服ではなく、私服やスーツ姿だった。

 中にはいかにもな三角帽子を被った人もいる。


「シャル、シャル、後ろに行こうぜ」

「まあ、下級生だしね」


 俺達は教室内を歩いていくと、一番後ろの席に並んで座る。

 その間、俺達をチラッと見る人もいたが、基本的には興味なさそうだった。


「思ったより、入りやすいな……」

「でしょ。珍しいことじゃないもの。私だって中学の時に3年のクラスに来たことあるけど、別に何も言われないし、注目もされなかったわよ」

「3年の授業を受けたの?」

「錬金術ね。これは1年から3年まである」


 へー……

 そういや、水曜くらいに錬金術の授業があったな。

 相変わらず、まったく言ってることがわからなかった。


「俺、理科苦手」

「理科……まあ、物理学や化学も入ってるけどね……」


 無理だな。


「全部単位取ったの?」

「単位は取ったけど、ほぼ趣味ね。好きなの」


 まあ、そんな気はしてた。

 ポーションくれたし。


「錬金術師とかにならないのか?」

「ならないわねー……なりたいと思ったことは何度もあるけど、私、イヴェールの跡取りだもの」


 大変だなー。


「シャルは将来を決めているわけだ」

「まあ、そうね。ツカサは?」

「決めてない」


 目標はある。

 もちろん、解呪を習って、腕輪を取ること。


「解呪じゃないの?」


 まあ、わざわざ授業を受けに来ているんだからそう思うわな。


「わかんない。俺、魔法使いになったばかりで基礎の術式もロクに覚えてないし」

「あー……まあ、始まったばかりなら仕方ないわよ」

「ちなみに聞くけど、基礎学の教本に載っている術式は全部覚えている?」

「子供の頃に叩きこまれたわね」


 皆、そうなのか……


「苦痛じゃなかった?」

「最初はね。でも、錬金術にハマってからは少しでも覚えたかったから進んで覚えた。錬金術みたいなのは術式を覚えないと話にならないから…………まあ、呪学もだけど」


 マジかい……


「まあ、とりあえずは受けてみるか」

「そうね。ほら、先生が来たわよ」


 シャルが言うように教室に年配の女性が入ってきた。

 そして、呪学の授業が始まる。


 俺は今回もノートを取らずに先生の話を聞くことに集中する。

 だが、他の授業と同様にまったく言っている意味がわからなかった。


 うーん……無理じゃない?

 俺、他クラスに行ってでも基礎学を集中して学んだ方が良い気がしてきた……


 ふと、チラッと隣のシャルを見る。

 すると、シャルは真面目に先生の話を聞きながらもノートを取っていた。


 付き合いで来てくれただけなのに真剣に授業を聞き、ノートを取るのか……

 ヤバいな……


 俺はすごいなーと思いながら授業を聞き続ける。

 そして、2時間という長い授業を終えた。


「どうだった?」


 シャルが聞いてくる。


「うん……まあ……」


 何も言えん。


「難しかったわね。さすが3年の授業。しかも、その中でも難しいと言われる呪学」


 そうなんか……


「ごめん。はっきり言っていい?」

「どうぞ」

「その難しさもわからなかったレベル。今週受けた授業と変わらん」

「まあ、そうでしょうねとしか言えないわね」


 やっぱり?


「俺、すごい場違いな気がするんだけど……」

「最初は皆、そうだったと思うわよ。だって、これまでやってきた小中の授業とは全然違うんだもの。小学校に入学した子が高校や大学の授業を受けるようなもの」

「無理では?」

「それはツカサ次第。日本らしく言えば、塵も積もれば山となるってやつ。近道はない」


 なるほどね。


「わかった。今日はありがとうね」

「いえいえ。どうせ2年後には受ける授業だもの。予習、予習。それで来週はどうするの? また受けてみる?」


 どうしよっかなー?

 明らかに俺の適性レベルではない。

 だが、ここが目標なのは確かだ。


「一応、受けてみる。さっぱりだけど……」

「そのうち慣れるかもしれないし、呪学を学びたいなら良いと思うわよ。そういう専門的な人も多いしね」

「専門的な人って?」

「例えば、薬師の家の人は稼業を継ぐためにそういう授業ばっかり受けるのよ。だから逆にそういう人は戦闘系の魔法だったり、薬学に関係ない授業は1年の授業でもさっぱりわからないってケースも多いのよ」


 なるほど。

 確かに薬師に強化魔法なんていらんしな。


「そういうのもあるのか……」

「ええ。来週も受けるなら付き合おうか?」

「いいの?」

「どうせ2年後に受けるし、ノートも取っちゃったしね」


 この子が問題児にはとても思えない。

 やっぱりトウコが悪いな。

 絶対にそう。

 だって、笑顔が可愛いもん。


「一人は辛いから付き合ってくれる?」

「いいわよ。じゃあ、来週も受けましょう」


 ええ子や。

 俺、ラ・フォルジュの家の人間だけど、イヴェールに寝返るわ。


「ありがとう」

「いえいえ、じゃあ、帰りましょうか。あ、これを渡すんだった」


 シャルはそう言って、紙を取り出した。


「何それ?」

「アインの町の地図。あげるって言ったじゃない」


 シャルが呆れながらも地図を広げる。

 地図を見る限り、アインの町は円形のようだ。


「ありがとー」

「いえいえ。それにこれはかなり広域の地図でおおざっぱなやつね。えーっと、ここが学園区。この学校があるところ」


 シャルが北の方を指差す。


「区で分かれてるのか?」

「そうね。大きく分けると学園区、住居区、工業区、商業区に分かれてる。遊ぶなら当然、商業区」


 ま、住居区や工業区で遊ぶイメージはないな。


「ショッピング?」

「まあ、そんな感じ。楽しいわよ」


 魔法道具が売ってるんだっけ?


「ふーん……日曜に町に出るから見てみるかー」

「そうなの?」

「フランクとセドリックが案内してくれってさ」

「あー、ヘーゲリヒとシーガーの」


 フランク、セドリック……すまん。

 お前らの苗字を完全に忘れてた。


「そうそう。同じクラスだし、寮で隣の部屋なんだよ」

「良かったわね。隣に恵まれるのは良いことよ」

「シャルの隣は?」


 そう聞くと、シャルが固まった。


「え? どうしたん?」

「あ、ごめん。隣はトウコさんね」


 あいつかーい。


「可哀想に……」

「え?」

「あ、ごめん。ラ・フォルジュさんだっけ? 仲悪いの?」


 この際だから聞いてみよう。


「うーん……まあ、そうなのかしら? いや、そう……あ、でもなー……」


 シャルが目を泳がせながら悩んでいる。

 どうやらしてはいけない質問だったらしい。


「ごめん、忘れて。帰ろうか」

「そ、そうね」


 俺達は寮の分かれ道まで一緒に帰ることにした。

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