第003話 優しい家族


「………………」

「………………」


 父さんと母さんも目を伏せ、何もしゃべらない。

 非常に気まずい……


「ね、ねえ……」


 ふと声がしたと思ったら妹のトウコがリビングを覗いていた。


「トウコ、2階に上がってなさい。私達はお兄ちゃんと話があります」

「う、うん……」


 母さんが冷たく言うと、トウコが引っ込む。

 そして、駆け足で階段を昇る音が聞こえた。


「まあ、話も何も結論は出てるな。俺は腕を切り落とすのは嫌だ」


 重い沈黙が嫌だったので話を切り出す。


「校長先生はああ言いましたが、私以上の解呪を使える術者もいます」

「解呪できんの?」

「可能性はあります」


 1パーセントでも可能性だ。


「ねえ、俺が解呪の魔法を覚えられると思う?」

「正直なことを言おうか?」


 父さんが確認してくる。


「どうぞ。こんな時に遠慮はいらない」


 もはやそれどころじゃねーし。

 父親の優しさはいらん。


「ツカサ、お前は魔法使いとして最高の才能を持っているが、素質はゼロだ」


 ………………。


「どういう意味?」

「お前の魔力は大きい。それこそトウコや俺達……いや、長瀬の家の者もラ・フォルジュの家の者の誰よりも大きい。これは天性のものだ」


 うん……

 実際、父方の親戚や母方の親戚とも会ったことがあるが、俺より大きな魔力を持っている奴を見たことがない。


「でも?」

「それを扱えないのがお前だ。お前は体内にある魔力を外に出すことが非常に不得手なんだよ」

「知ってる」


 だから火魔法も使えないのだ。


「だから正直、何とも言えないんだ……お前は魔力が大きいからとんでもない解呪の魔法を使える可能性は大いにある。だが、それを習得するのは非常に困難でもある」


 うん、まあ……


「ハァ……父さん、爺ちゃんに電話してみてよ」

「何度もしてるが、繋がらない。消息不明だ。実際、アストラルの者が指名手配して探しているらしいが、まったく消息を掴めていない」

「何を考えているんだか……母さんはどう思う? 俺、魔法学園に行くべき?」


 今度は母さんの意見を聞いてみる。


「まずですが、魔法学園に行くことは賛成です。実は前からそのことも検討していました」

「そうなの?」

「魔法学園ならラ・フォルジュの家の伝手で試験がなくても入学できます。それにあそこは年齢層もバラバラであなたやトウコのような学生だけでなく、社会人も通うところなんですよ。だから途中で入学しても目立つことはありません」


 へー……それはいいな。

 普通はなんで5月に転校してくるんだって思うし。


「もっと早く言ってよ。4月は暇だったわー」

「あなたが魔法使いになる気がないと言ったからです」


 あ、そうか。


「それでその魔法学園に入って解呪の魔法を覚えられると思う?」


 そう聞くと、顔を伏せ、首を横に振った。


「ダメ?」

「あなたは私の子です。とても可愛い私の子です。でも、残念ながらバカです……解呪の魔法は知識と経験と才覚が必要になるんです」


 残念だね……


「じゃあ、どうするの?」

「ラ・フォルジュの家はあなたを引き取ると言っています」


 ん?


「あっちの爺ちゃんと婆ちゃん? どういう意味?」

「あなたに死んでもらっては困るし、たとえ腕が一本なくなってもどうにかすると言っていますね」


 はい?


「何? 養ってくれんの?」


 結局、ニートなん?


「まあ、そういうことですね……えーっと……」


 母さんが言いにくそうにしている。


「母さん、俺が話そう。ツカサ、来なさい」


 父さんがそう言って立ち上がると、リビングに隣接する書斎に入ったのであとに続いた。


「何? 母さんはダメなの?」

「まあ、お嬢様の母さんは言いにくいだろうからな。ラ・フォルジュの家はお前の血が欲しいんだよ」


 血?


「吸血鬼か何か?」


 もしくは蚊。


「そういう意味じゃない。血統だよ。ラ・フォルジュの家はお前の才能が欲しいんだ。ラ・フォルジュを名乗っているのはトウコの方だけど、血統的な意味ではお前の方が素質はある。単純に魔力が大きいからな。つまりトウコの子よりお前の子の方が優秀な魔法使いが生まれる可能性が高いんだ」


 自分で言うのも何だが、バカが生まれる可能性も高いと思うぞ。


「それで向こうの家に来いって?」

「まあ、それだけじゃないんだけどな。向こうのお爺ちゃんとお婆ちゃんはお前が高校受験に失敗してからずっと心配してたみたいだし」


 そりゃすまん。


「向こうの家に行ったらどうなるの?」

「多分、解呪の魔法使いを探してくれると思う。いや、すでに探しているか……向こう的には最悪、お前の腕がなくなっても死ぬよりかは良いと思っている。腕がなくなっても養ってくれるし、嫁さんも紹介してくれる」


 マジ?


「嫁さんって?」

「さっきの血統の話だ。お前の子は優秀な魔法使いの可能性が高い。だから同じく良いところの家のお嬢さんと結婚することになるだろう」


 結婚って……

 俺、まだ16歳だぞ。


「お嬢さんって、ラ・フォルジュと同じような魔法使いの名門?」

「だろうな。母さんみたいな良い感じの子が来ると思う」


 その言葉で一気に魅力がなくなったぞ。

 どこの世界に母親みたいな嫁さんって言われて喜ぶ男がいるんだよ。


「パス! そもそもあっちの家の婆ちゃん、うるさいんだもん。飯食ってる時に屁をこいたらめっちゃ怒ってきたぞ」


 ラ・フォルジュは名門なだけに躾けや礼儀にうるさい家だ。

 なお、爺ちゃんは全然しゃべらないけど、いつもお小遣いをくれる良い人だったりする。

 くれるのはユーロだけど……


「それはウチでもやめてほしいけどな。母さんとトウコが睨んでいるぞ?」

「知らんわ。とにかく、あっちの家に行くのは嫌だ。日本が良いし、まだ結婚する気もない」

「そうか……リビングに戻るぞ」


 父さんがそう言ってリビングに戻っていったので俺もあとに続いた。


「母さん、ツカサはあっちの家に行くのは嫌だそうだ」


 席につくと、父さんが結論を言う。


「まあ、そうでしょうね」


 母さんはわかっていたかのように頷いた。


「やっぱり魔法学園とやらに行くよ。そこでやってみる」

「わかりました。お婆ちゃんにはそう言っておきます」

「よろしくー。それでさ、魔法学園ってどうやって行くの?」


 そもそも異世界って何だ?

 アストラルだっけ?


「それについては手続きをした後に説明します。その前にツカサ、腕輪のことは誰にも言ってはいけません」

「トウコは?」

「トウコにもです。あなたが魔法学園に入る理由もニー……やることがないからということにします」


 母さんは優しいなー……

 涙が出そう。


「わかった」

「ハァ……上に行きなさい」

「はーい。あ、風呂入るわ。2日くらい入ってないし」


 そう言うと、母さんが息子にしてはいけない優しさゼロの軽蔑しきった目で見てきた。

 涙が出そう。

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