第004話 庶民兄妹
風呂に入り、一息ついた俺は自室のベッドの上でゴロゴロとしていた。
すると、部屋にノックの音が響き、ガチャッと扉が開く。
「お兄ちゃん、ちょっといい?」
妹のトウコが声をかけ、部屋に入ってきた。
「何だー? 熊を倒した話でも聞くか?」
「熊? 何を言ってんの?」
トウコが呆れた顔をする。
「いや、いいや。何の用だ?」
「さっきお母さんから聞いたんだけど、お兄ちゃんも魔法学園に入るの?」
もう説明したのか。
「そうなったわ。ニートよりかは良いだろうってさ」
「まあねー……ずっと我が家の空気が悪かったから良かったよ」
すまん……
「お前も通っているんだよな?」
「そうだね。まだひと月だけど」
「どんな感じだ?」
「うーん、色んな国の色んな魔法使いがいるね」
へー……
「俺、馴染めそう? ひと月遅れなんだけど……」
「そこは気にしなくてもいいよ。中途半端な時期に入る人もいれば、辞める人もいるからね」
ふーん……
「何を習った?」
「まだひと月だし、そこまで習ってないよ。私が好きなのは薬草学とか歴史とか……」
つまんなそー。
絶対に嫌だわ。
「そっかー。まあ、俺は基礎からだな」
「基礎学って言うのもあるよ」
それだ。
「地道にやるわ。あ、学園では兄妹なことは秘密な。優秀そうなお前と比べられたくない」
というか、双子なことを弄られたくない。
同じ学校に通っていた小学生の時は本当に弄られた。
よく言われるのが『ぱっと見はわからないけど、よく見るとそっくり!』
「私もそうしてほしいね。まあ、苗字も違うし、バレないでしょ」
そうそう。
長瀬とラ・フォルジュでは違いすぎる。
「他に気を付けることはあるか?」
「えーっと、色んな魔法使いがいるし、中には名門の子もいるからね。そういう家の子はプライドが高いから気を付けて」
「お前も名門の子じゃん」
「お兄ちゃんもでしょ。まあ、ウチは庶民だし……」
確かにウチに名門感はないなー……
長瀬の家も名門といえば名門だが、古すぎて知名度は皆無らしいし。
「おほほとかいうお嬢様でもいる? もしくは、王子様っぽい野郎」
「おほほはないけど、似たようなのはいるね……プライドの塊みたいなお嬢様や他の人を庶民とか言うお坊ちゃま」
いるんかい。
「俺はラ・フォルジュを名乗らないようにする」
迷惑がかかりそうだし……
「そうした方が良いんじゃない? お婆ちゃんが怒るよ?」
だろうな。
「そういや、お前ってラ・フォルジュを名乗っているよな? 旦那候補はいんの?」
「は? なんで? 16歳なのにいるわけないじゃん。彼氏すらいないよ」
うーん……彼氏もおらんのか。
可哀想に……
まあ、俺も彼女いないけど。
「いやさ、俺がラ・フォルジュの家に行ったらもれなく、嫁さんを紹介してくれるらしいんだよ」
「へー……いいじゃん。いい歳になって女っ気がなかったらお婆ちゃんか次期当主のエリク君に泣きつきなよ」
そうか……
そういう保険はあるんだな。
その時に婆ちゃんが生きてるかは知らないけど、従兄のエリク君ならいい感じの子を紹介してくれるだろう。
「ふむふむ」
「でも、ラ・フォルジュの家が紹介する奥さんって絶対に良いところの人でしょ。礼儀とかを死ぬ気で叩きこまれそうだね」
それは嫌だなー……
やっぱりあっちの家はないわ。
「まあ、気長に考えるわ。そのうち、彼女もできるだろう」
「ふっ……」
ムカつくな、こいつ……
同じ顔なくせに。
「なあ、それで異世界って何だ? それどころじゃなかったから軽く流したけど、とんでもないことを言ってね?」
「それどころじゃないって?」
あ、やべっ。
「いや、長瀬さん家のニート問題。触れるな」
「うん…………アストラルね。どこまで聞いたの?」
「昔、魔女狩りから逃げて別世界を作ったとかなんとか……どういうこと?」
「そのまんまだね。魔女狩りから逃れるために別世界を作って移住したんだよ」
すごく軽く言うなー。
「世界って作れるのか?」
「その辺は知らないし、記録も残っていないらしいよ。そういう研究をしている人達もいるんだってさ」
昔すぎてわからないのか。
「アストラルだっけ? 魔法使いが住んでるのか?」
「住んでるね。でも、半数はこっちの世界で生活しつつって感じかな?」
なるほど……
「お前、いつの間にそんなところに行ってたんだよ」
「普通に転移できるんだよ。というか、お兄ちゃん、ずっと寝てるじゃん。春休み以降、ほとんど部屋から出てこなかったじゃん」
だって、皆が可哀想な子を見る目で見てくるんだもん。
「大事なことを聞きたいんだが、その魔法学園って受験とかないの? 母さんがラ・フォルジュの伝手でいけるって言ってたけど……」
「普通にあるし、私も受験したよ。お兄ちゃん、それ裏口入学じゃん」
やっぱりかー。
「仕方がないのか……俺、受かんないし」
「受かんないだろうねー……」
トウコが首を横に振る。
「大丈夫かね? 主に進級とか?」
「あー、別に卒業とかはしなくてもいいんじゃない? 自分で学びたいことだけを学ぶ人もいるし、必要なことだけを学んだら辞める人も多いよ」
「そうなの?」
「そもそも魔法学園なんて外の世界の学歴になんないしね。私もお兄ちゃんも対外的には中卒だよ」
長瀬さんの家の中卒双子……
「お前、どうするの?」
「私は魔法が好きだから卒業までみっちりやるけど、終わったらラ・フォルジュの家に行って、エリク君のお手伝いだね」
こいつ、将来設計ができてやがる……
俺も考えないといけないんだろうか?
いや、やっぱり腕が大事だし、まずは解呪だな。
「……もっと早く知りたかったわ」
「魔法なんかどうでもいいって言ってたのはお兄ちゃんじゃん」
「お前、魔法を使ってみ?」
そう言うと、トウコは人差し指を上に向ける。
すると、指の先からロウソクの火のような小さな火が出てきた。
「俺はそれすらできんぞ」
同じように人差し指を上に向けるが、俺の指からは何も出ない。
「……何を学びに行くの?」
解呪の魔法って言ったら笑われるかバカにされるだろうなー。
言えないけど。
「さあな。いまいちわかっていないし、そのうち考える」
「ふーん……あとさー、その腕輪は何? おしゃれ? ダサいよ」
うるさいなー。
「これのかっこよさがわからんのか?」
「全然、わかんない。頼まれても身に着けたくないね」
だろうよ。
頼まれてもお前にはやらんわ。
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