第6話 続 遠い国の返事 第三部 下 アフリカ
「さあ、ではお約束の私の話をしましょうね。
私の父はインドネシア人だけど、母は違うの。母はモロッコ人なのです。」
サムハさんがそう話を始めるとニャーモさんが突然
「あああっ!!あああっ!!それで!」
と大きな声を上げました。
「ニャーモさんどうかしましたか?」
「いえ、いえ、急に大きな声を出してしまってごめんなさい。お話続けてください。」
サムハさんは何だったのだろうと思いましたが話を続けました。
「私の父は貿易商人です。今は30人ほどの社員のいる会社になっています。だから私の家は裕福ということはありませんが、生活に困ったことは無かったです。この家も父が建ててくれました。
でも父が若いときは貧しく、一人でインドネシアの品物を持って外国に行って、それを売り、外国の品をかってきてインドネシアで売っていました。外国と言っても父は寒い処へは行けないので赤道付近の国だけです。
お金がないのでただで船に乗せてもらって、航海の間は船の掃除をしたり食事作りの手伝いをして、働いていました。
ある時、モロッコに行きました。モロッコも暑い国です。そして貧富の差が激しい国です。石畳の広場で物売りがたくさん店を出していました。父はそのバザールを見て、めぼしいものはあるかと探していました。その時、手作りの小さな壺やお皿を売っている女性を見たのです。父はその女性に一目惚れしました。
モロッコにいる間中父は毎日その女性の処に行き、話をするようになりました。
彼女はお母さんと二人暮らしで、山で粘土を集めてきて小さな窯で焼き、色をつけてそれを売っているのだと言いました。 暮らしは貧しく、バザールで売った代金でその日の食料を買って過ごしているのだと。
父はその話を聞いて決心しました。この女性と結婚したい。そして彼女とお母さんをインドネシアに迎えて、そこで穏やかに暮らして欲しいと。
父は彼女にプロポーズしました。
『自分は一度国に帰ります。半年経ったらあなたとお母さんを迎えに来ます。必ず来ます。だから信じて待っていてください。』
と、言いました。そして彼女が売っていた壺や皿をいっぱい買って、インドネシアに戻ったのです。
その品物はインドネシアで飛ぶように売れました。それだけではなく父は半年の間懸命に働いたのです。そして小さな小さな家を建てました。狭い庭でしたがそこに窯も作りました。そして約束の半年。モロッコに再び向かいました。
彼女とお母さんは半分信じ、半分疑っていました。来るはず無い。でもあのまじめな顔、きっと来る・・・そう思いながら暮らしていたそうです。
父がやってきたとき彼女はとても喜びました。
『私たちは同じイスラム教徒。アラーの神様が引き合わせてくださったのだ。』と。
モロッコはインドネシアと同じイスラムの社会でした。
父は二人を連れてインドネシアに帰りました。そして彼女と結婚したのです。彼女とお母さんはもう外で働く必要がなくなりました。父が持って来た粘土で壺や小さな皿を作って父がそれらを売りました。全く違う国に来たので、不安もいっぱい合ったでしょうけれど、同じイスラム教なのでアラーの神様を信じて穏やかに暮らしました。
父はどんどん貿易を広げて行き、お金も貯められるようになりました。彼女とお母さんはモロッコに居たときより、ずっと楽な生活ができるようになったのです。
そしてやがて私が生まれました。
そのモロッコの女性が私の母です。
私は父には全く似ず、私の顔にはインドネシア人の面影は全然ありません。100%、モロッコ人の母に似たのです。・・・・・だから・・・・・・・不思議に思う人もたくさんいました。『あなたはどこの人?』とよく聞かれることもありました。
祖母、おばあちゃんは残念ながらもう亡くなってしまいましたが、母は元気に父と暮らしています。会えばびっくりするほど、私とそっくりですよ。
これで私のお話はおしまい。謎はとけましたか?」
「よく分かりました。キリエちゃんはサムハさんのお父さんに会っているから、お顔立ちが違うって知っていたのね。」
手紙さんが言いました。
「モロッコはねえ、とにかく美人ばっかりの国よ。女の人の綺麗なこと綺麗なこと。男の人もハンサムさんが多いわ。サムハさんのお父さんはお母さんを見て、なんて綺麗な人って思ったのでしょうね。」
ニャーモさんが言いました。
キリエさんが聞きました。
「サムハさん、モロッコって国どこにあるの?」
「キリエちゃん、モロッコはアフリカにあるのよ。」
サムハさんがそう答えたとたんに、手紙さんがあああああ!と大声を出しました。ニャーモさんが叫んだのと同じように。そしてボトルさんもタライの中で不思議な動きをしたので、中の水がパッパと飛び跳ねました。キリエさんだけ静かでした。
「アフリカ・・・・アフリカ・・・・・・モロッコはアフリカ・・・・」
と、ぶつぶつつぶやいていました。
サムハさんはみんなの様子がおかしいので、どうしたことかと心配になりました。
「私がお話します。私はキリエちゃんと同体なので。」
手紙さんが話し始めました。
「キリエちゃんはサムハさんの処にたどり着く途中、地中海のスエズ運河の手前まで、マダラトビエイのエイヤさんに案内してもらいました。そしてスエズ運河ができる前は、船もお魚もみなアフリカ大陸をぐるっと回っていたと聞きました。キリエちゃんがアフリカと言う名前を聞いたのはその時だけです。
でも、ニャーモさんのところに帰ってきてから、何かあると『アフリカ』と言っていたのです。声に出してもいいましたけど、キリエちゃんはしょっちゅうアフリカのことを考えていました。キリエちゃんの考えていることが分かる私には伝わっていました。なんで、そんなにアフリカの事を考えるのか、私は不思議に思っていました。それで聞いたことがありましたが、キリエちゃんにもなぜだか分からなかったようです。今回の旅の最中も『アフリカに行くの?』と何度も言いました。
ニャーモさんや私はキリエちゃんがふざけているのだと思っていました。だって、ちゃんとニャーモさんから日本に行くよ、インドネシアに行くよと聞いていたから、アフリカに行くはずないのにと思っていたのです。
今サムハさんのもう一つの故郷がモロッコと聞いて、ニャーモさんが大きな声を出したのは、ニャーモさんはモロッコがどこにあるか知っていたからでしょう。
キリエちゃんと私は知りませんでした。でもサムハさんが『モロッコはアフリカにあるの』と言ったとき、私も分かったのです。多分ニャーモさんも、キリエちゃんの言葉の意味がもうわかったと思います。
キリエちゃんはサムハさんと暮らしている間に、サムハさんの中に『アフリカ』を感じ取っていたのでしょう。そしてサムハさんを大好きなキリエちゃんは『アフリカ』に憧れて・・・
『アフリカ』はキリエちゃんにとって『サムハさん』だったのです。サムハさんはキリエちゃんのアフリカだったのです。」
手紙さんのしっかりとした説明でサムハさんは納得しました。ニャーモさんも深くうなずきました。そして当のキリエさんも、自分が何故アフリカに度々反応していたか、その理由がやっと分かったのです。
「手紙姉ちゃんありがとう。私が自分でも分からなかった理由を話してくれて。手紙姉ちゃんの言う通りだと、やっと分かった。」
「キリエちゃん、私をずっと想っていてくれてありがとう。涙が出るほど嬉しいわ。
私はまだ母の故郷モロッコに行ったことがないの。いつか行きたいとエハカに言っているの。
モロッコはね、アフリカの一番北で地中海に面している国なの。海を挟んでポルトガルやスペインにとっても近いの。ヨーロッパに一番近いアフリカの国なのよ。
いつか私がモロッコに行くとき、メールボトル19さんもニャーモさんにお願いしてモロッコに旅をしてね。そこで又会いましょう。私のもう一つの故郷で今度は会いましょうね。」
メールボトル19は嬉しそうに、はい、と言いました。
夜みんなが寝静まった後、サムハさんはアラーの神様にお祈りしていました。
「神様。私はとても素晴らしい友を持ってこんなに幸せです。
キリエちゃんはずっと私の事を思い続けていてくれました。手紙さんも素晴らしく良い子ですし、ボトルさんもとても可愛い。もちろんそのように育てたのはニャーモさんでしょう。彼女の人柄も私は大好きです。
どうか、私がこんな良い友達に、恥ずかしくない人間でいられますようにお導きください。
そして又必ず、みんなに会えますように。」
静かな夜の闇の中、トッケイがしきりと鳴いていました。
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