第2話 続 遠い国の返事 第三部 下 エハカ青年

「サムハ、来たよ。」

と言う声が聞こえて、大きな荷物を持ったエハカがやってきました。

 サムハさんはニャーモさん達にエハカを紹介しました。エハカはインドネシア人のハンサム青年でした。爽やかな笑顔の青年で

「はい、エハカです。みなさんのことはサムハから何度も伺っていました。お会いできて光栄です。

 僕は料理をするのが趣味なので、今夜のディナーを持って来ました。こんなに大きな荷物になってしまいました。みんなで食べましょう。」

と、屈託無くにこやかに言いました。


食卓にたくさんのご馳走が並びました。全部エハカが作ってくれたインドネシアの家庭料理です。

 ニャーモさんは珍しそうに食べ始めました。

「ニャーモさん、スプーンやフォーク持てるようになっているね。」

とキリエさんが言いました。サムハさんが心配そうに聞きました。

「あらニャーモさんどうかしたのですか?」

そこで初めて昨日バリ島で起こったことを話したのです。サムハさんは食べるのをやめて顔を真っ青にしました。

「そ、そんなことがあったなんて・・・・・・・あなたたちがいなくなるなんて・・耐えられないわ。私の所にいてくれなくても、ニャーモさんのお家にいると思うだけで私はとても嬉しい気持ちになるのに・・・」

「しかし、君達は本当に運がいいね。シーラカンスに出会うなんて。僕たち海洋研究している者達でも、なかなか出会うことはできないんだよ。

 それにしてもニャーモさん、フォークも持てなくなるぐらい、ボートをこぎ続けていたのですね。ニャーモさんが考えたようにこちらに来てくれたら、海洋観測の船をすぐ出しましたよ。そして僕はダイバーの資格も持っているから、海に潜ってこの子達を探しましたよ。」

とエハカさんが言いました。


「昨日は本当に辛かったです。でもこの子達が戻ってきてくれて。そして夜に親切なマッサージの女性が二人がかりで、私のかちんかちんになった体や手をもみほぐしてくれたので、ほらもう大丈夫なの。みんなの親切で私たち助けてもらいました。」

「ニャーモさん昨夜は手でつかんでお料理を食べたのよ。」

「キリエさん、そんな恥ずかしいことみんなに言わないでよ。」

と、ニャーモさんは少しふくれっ面をして言いました。みんなどっと笑いました。

 でもみんなは、なにもかもうまくいって良かったと心底ほっとしていました。


「エハカさんは海のことならなんでも知っているのですね。」

と手紙さんが言いました。

「ううん、たくさんのことは知っているけど、なんでも、って訳じゃ無いよ。まだまだ知らないことや分からないことがたくさんある。だからずっと研究を続けているんだよ。」 「ええとね、海の中にはくじらさんやイルカさんのように、お魚でない生き物がいるって聞きました。くじらのPHR07さんは自分達は人間の仲間だよと言いました。それってどういうことかずっと考えていたのです。」

「手紙さんは沢山のことが知りたいのだね。良いことだよ。それは簡単なことでニャーモさんも分かるよ。でもせっかくだから僕が説明しようね。


生き物は『分類』されているんだよ。うんとたくさんの分類があるけど、今は簡単に『ほ乳類』『鳥類』『魚類』だけ話すね。

 陸地で住んでいるほとんどの生き物、動物たちはほ乳類。人間もそう。だけど、海の中にいるくじらとかいるかもほ乳類なんだよ。だから人間と同じ仲間。

 じゃあ、鳥たちとお魚たちとどう違うかと言うとね。鳥は羽があって空を飛ぶ。魚は海や川に中にいる。住むところは違うよね。でも鳥もお魚も子供は卵で産むんだよ。だけどほ乳類だけは赤ちゃんは卵じゃなくて親と同じ形で産むの。

 そして、赤ちゃん鳥は小さな虫など餌にして大きくなるの。赤ちゃん魚はプランクトンなんかを食べて大きくなるの。ただほ乳類の赤ちゃんたちは、みなお母さんのおっぱいを飲んで大きくなるんだよ。そのふたつが一番大きな違い。分かったかなぁ?

住んで居るところは海の中でも、くじらとかイルカとか、そのほか何種類かの生き物たちは、人間と同じように子供を産んで、赤ちゃんはお母さんのおっぱいを飲むのだよ。」 エハカさんはできる限りわかりやすく説明してくれました。手紙さんはやっと、ずっとどうしてかなと思っていたことが分かって、すっきりして嬉しくなりました。もちろんキリエさんもちゃんと分かりました。

「まあ、エハカったらまるで先生みたいね。」

 サムハさんがにっこりしました。


「じゃあ、今度は私がエハカさんに質問!」

と、キリエさんが言いました。

「うん?なんでも、僕が知っていることなら答えるよ。何かな?」

「どうしてサムハさんをお嫁さんにしようと思ったの?」

キリエさんの質問にエハカさんは真っ赤になりました。そして咳払いをしました。横でサムハさんがにっこり笑っています。

「キ、キリエちゃんの質問は手紙さんのとはずいぶん違うなぁ・・・」

ニャーモさんが言いました。

「この子たちは同体で記憶など全部共有していますが、性格はずいぶん違うのですよ。キリエさんはおちゃめで、おてんば。手紙さんは思慮深くておとなしいの。」

エハカさんは、なるほど、と思ったようでした。

「でも、その質問。私も聞きたいわ。エハカさん!」

とニャーモさんもちょっと意地悪な笑い顔で言いました。


「ええと、サムハはとってもきれいでしょう。」

「やっぱりそれが理由なのね!」

ニャーモさんもメールボトル19も声を揃えて言いました。

「いや・・・そうじゃなくて・・・好きになった人が綺麗な人だったら、それはとても嬉しいことでしょう。

 僕はサムハより7年先輩なのです。サムハが研究所に入ってきてから僕がいろいろと教えていたのだけど、彼女はとても勉強熱心。そして海の生物たちが大好きで。たくさんの事を覚えなくちゃならないのだけどすぐに覚える。時々失敗したり忘れたりする時もあるけど、そんな時は素直に謝る。そして同じ間違いを二度としない。

 そんなサムハを見ていていい人だなぁと思ったのです。そしてお嫁さんにするなら、サムハみたいな人って思うようになってプロポーズしました。」

エハカさんは少し照れながらもまじめに答えてくれました。


「確かにエハカさんの言う通りね。サムハさんは本当にまじめで勤勉ですものね。

 でも、イスラム教って女性は結婚したらお家の中の事をして、お仕事はやめるのが普通なのでは?」

「そういう風になっています。けれど時代は変わってきていて、イスラム教の女性でも結婚してからもお仕事を続けている人も少しずつ増えました。

 僕はサムハみたいな優秀な研究員が、仕事を辞めてしまうのはもったいないと思いました。まだイスラム教ではあまり一般的ではないかもしれませんが、僕は料理をするのが大好きだし、サムハが働いていても二人で家のこともできると思いました。」

「サムハさん、良い人と出会えて良かったわね。エハカさんはとてもあなたの事を良く分かってくれていて、なんと言えばいいのかな?新時代の若者ですよね。」

ニャーモさんの言葉にサムハさんは深くうなずきました。


楽しい夕食もたくさんのお話も名残惜しいけれど、もう夜も更けてきています。そろそろエハカさんは自分のお家に帰る時間です。

 「サムハさん、エハカさんにウェディングドレス見せないの?」

とキリエさんが聞きました。

「見せないの・・・見せたいけど見せないの。結婚式に驚かせるのよ。」

サムハさんはサプライズにしたいようです。


「明後日帰国ですよね。ジュアンダ空港からの時間に間に合うように、僕の車で迎えに来ます。明日はサムハとみなさんでゆっくり楽しんでくださいね。今日はお会いできて本当に嬉しかったです。」

エハカさんはそう言って帰っていきました。

 お家の外まで見送ったとき、変わった鳴き声が聞こえました。それは『トッケイ、トッケイ』と聞こえたのです。

「あれは?何の鳴き声かしら?」

「ヤモリです。お家を守ると言われているヤモリ、どこの国にもいると思います。ただ、あのヤモリは『トッケイ』と不思議な鳴き声を出すので、ここではヤモリと言わずトッケイと言っています。」

その鳴き声は南国にふさわしいように思えました。満月の美しい夜でした。


サムハさんとニャーモさんは後片付けをして眠る用意をしました。

「私の事、お話すると言っていたけれど、今夜はもうかなり遅くなってしまったから、明日ゆっくりお話しますね。手紙さんキリエちゃん、それでいいかしら?」

手紙さんもキリエさんも今日はいっぱいお話したから、明日でいいと思いました。

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