第31話 シュタインという男
再び目を覚ますと、ノヴァの体調は劇的に回復していた。
意識もはっきりしてきたところで、体を起こし辺りを見渡す。
部屋ではジローが隣のベッドで眠っており、シュタインは室内の物品を点検しているようだった。
部屋の中を改めて観察してみると、ここが太陽系文明とは根本的に異なる技術体系によって作られたことが分かった。
宇宙船の内部であるにもかかわらず、一見して金属やプラスチック類の使用が見当たらないのだ。
その素材を正確に言い当てることは難しいが、全体的な印象として植物の細胞壁や、昆虫の外骨格のような有機的なイメージを彷彿とさせる。
壁は淡い緑色で、表面は柔らかく、まるで葉や皮膚のように温かみやわずかな弾性が存在することを感じとれた。
扉代わりに壁がゆっくりと開閉する、その動きも筋肉の収縮のように滑らかだ。
この宇宙船を構成する素材一つとっても、無機質な金属を多用する太陽系文明とは異なり、自然界の設計原理を巧みに取り入れた独自のバイオ・テクノロジーが用いられていることが明白だった。
「どのくらい眠ってた?」
ノヴァが声をかけると、シュタインが振り向く。
「あれから、二十時間ほど経過したね」
シュタインは腕のガジェット見ながら答える。
「そんなに寝てたのか……。本当に世話になった」
ノヴァは改めて、自らが途方もない窮地に陥っていたという事実を実感した。 この人物がたまたま自分たちを見つけてくれなかったら、今頃は砂の下で永遠の眠りについていただろう。
このような故郷から遠く離れた星で、他の人間と出会い、その上、これほどの親切を受ける確率は一体どれくらいだろうか。
そう思うと、シュタインへの感謝と、奇跡のような巡り合わせへの感慨でノヴァの胸はいっぱいになった。
「なに、困った時はお互い様というだろう?」
と、シュタインは穏やかな口調で答えた。
ノヴァはベッドから起き上がる。
「改めて自己紹介をさせてくれ。俺はノヴァ、太陽系からやってきたんだ」
「私はシュタイン。おそらく――宇宙で最高の科学者だ」
その発言に、ノヴァは一瞬固まった。
(「宇宙で最高の科学者」だって? 真面目に言っているのか、それともこれがエイリアン・ジョークなのか?)
通常、このような場面では場を和ませるためのジョークという場合が多い。
しかし、短い間で感じとったこの人物の性質と、会話の雰囲気から、自分のことを本当に「宇宙で最高の科学者」だと思っている可能性も高かった。
伊達男を自負するノヴァとしては、冗談を冗談だと分からないほどつまらない人間だとは思われたくない。
一方で、ジョークとして笑い飛ばすことで、命の恩人のプライドを傷つけるようなことも避けたかった。
数瞬の間に思考を駆け巡らせたノヴァは、一つの答えにたどり着いた。
「……。それにしてもおっきな借りができたな。この礼はどうやって返せばいいやら」
ノヴァは、聞こえないふりをした。
「大したお礼はいらないよ。ただ、どうしてもと言うなら……脳みそを解剖させてくれないか?」
シュタインは涼しい顔で言った。
ノヴァは再び耳を疑った。
だが、なんの淀みもなく放たれた発言であることから、至って真面目に提案している可能性が高かった。
「嫌だが?」
ノヴァが即座に返答すると、シュタインは軽く肩をすくめた。
「安心したまえ。私の腕前とこの船のテクノロジーがあれば、痛みを感じるのは麻酔の時だけさ。あとは頭を開いたことさえ気づかないよ」
先ほどの敬いの感情が、潮が引くようにスーッと消えていくのをノヴァは感じた。 こいつは、ヤバい。
「やるならジローの頭にしてくれ」
ノヴァが隣を指さすと、いつの間にか目を覚ましたジローが騒ぎ出した。
「ちょっとノヴァさん! 何を勝手に人のことを売っているデスか! 私だって嫌デス!」
「仕方ないだろ。命を救ってくれたこのマッドサイエンティストがそう言うんだから」
ノヴァが肩をすくめると、シュタインがムッとして反論した。
「マッドサイエンティストとは無礼な。これは高潔な科学的探求行為だよ。 さぁ! 身を委ねたまえ! サイボーグの脳神経など、じゅるりと興味深い!」
いつの間にかシュタインはその手に怪しげな注射器を握り、ジローに迫っていた。 その目は、研究対象を見る狂気的な光を放っている。
「ひぃっ! いやぁぁぁ!」
叫びながら、ジローは反射的に右腕を突き出した。
華麗なる右ストレートが、シュタインの顔面を捉える。
ズドンッ!!
吹っ飛ばされたシュタインは壁に激突し、ずり落ちた。
「……フ。……いいデータが取れたよ……」
彼は満足げにそう呟くと、ガクッとして、動かなくなった。
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