第29話 ノヴァの記憶

ノヴァの父、オーフェンが巻き込まれた宇宙港の事故から、半年が経とうとしていた。


 ノヴァの母も彼が幼い頃に病で帰らぬ人となっており、この事故により、ノヴァは両親を二人とも失ってしまったのだった。

 偉大な父までも失ってしまった心の傷は深く、いまだ立ち直れずにいた。


 それでも、ノヴァは天涯孤独となったわけではなかった。

 彼の祖父母は健在だった。

 もともとオーフェンは遠征で家を空けることが多かったため、母の死後は父が地球にいる間を除いて、祖父のグレッグと祖母のマチルダとともに暮らしていたのだ。


 グレッグとマチルダは優しい人で、この上ない愛情をもってノヴァを育てた。  マチルダは豪放磊落な性格で、「オーフェンは誇りをもって生きたんだ。あんたも胸を張りな!」と彼女らしい言葉でノヴァを励ました。

 二人とも事故の後は彼の胸中を慮り、努めて温かく接していたのだが、それでも少年の心に空いた巨大な穴を埋めることはできなかった。


 事故が起こった後は、気晴らしのためにと、たまにグレッグに散歩へ連れられる以外、ほとんどの時間を部屋の中にこもって過ごしていた。


 そんなある日。

 ノヴァはそれまでと同じように真っ暗な部屋の中で、膝を抱えて泣いていた。


「俺が……ワープゲートを見たいなんて言わなければ……」


 後悔と自責の念が、鉛のように重くのしかかってくる。


「うう……、父ちゃん……、寂しいよ……」


 どれだけ泣き続けても涙が枯れることはなく、寂しさや虚しさが薄まることもなかった。


 すると、突然。

 部屋に置いてあるテレビの明かりが勝手につくのと同時に、接続されていたビデオゲーム機の電源ランプが明るく点灯した。


 このビデオゲームは、自らがいない間もノヴァが退屈しないようにと、大昔にあったレトロなコンソールを模して父が手作りしてくれたものだった。


「え? これって……?」


 突然のことに驚き、ノヴァは涙に濡れた顔を上げる。

 不思議なことに、テレビは明るくなっているのに、自動で投影されるはずのゲーム画面が映っていない。ただ、黒い背景が広がっているだけだ。


 しばらく画面を見つめていると。

 画面の左上に、短い縦線(カーソル)が点滅していることが分かった。  すると、そこに文字が一文字ずつ、タイプライターのように表示されていったのだ。


『 こ ん に ち は 』


「こ……ん……に……ち……は……?」


『 私 は イ ブ 』


「わ……た……し……は……イ……ブ……。なんだろうこれ、こんなゲームあったかな?」


『 ゲ ー ム で は あ り ま せ ん 』


「!? 会話ができるの?」


『 当 然 で す 』


 無機質なテキスト。だが、そこには確かな意志が感じられた。


「……君はなに?」


『 私 は イ ブ 。  あ な た の 父 オ ー フ ェ ン に よ っ て 作 ら れ た 、  汎 用 型 人 工 知 能 で す 』


「父ちゃんが?」


『 は い 』


 父の作ったプログラム。父の遺した言葉。  そう思った瞬間、抑え込んでいた感情が堰を切って溢れ出した。


「父ちゃんがいなくなっちゃって……涙が止まんないんだよ……っ」


 画面のカーソルが、考えるように一度点滅を止めた。  そして、ゆっくりと紡がれる。


『 私 は あ な た の 涙 を 拭 い て あ げ る こ と は で き ま せ ん 』


『 で も 、 あ な た の 悲 し さ が 薄 れ る ま で 、   一 緒 に い た い と 思 い ま す 』


「え?」


『 あ な た の そ ば に い る 。   そ れ が 私 の 使 命 の よ う で す 』


 父は息子に残していたのだった。

 自分がいない間、彼を支え、共に歩んでくれる存在を。


 これが、ノヴァとイブの出会いだった。


        *


 やがて、自分の意識が深い闇から現実に引き戻されるのを、ノヴァは感じた。  乾いた喉。重たい瞼。


 意識が表層に浮かび上がっていく中で耳に聞こえてきたのは、これまで全く聞いたことのない声だった。


「おや? どうやら目を覚ましそうだね」

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