第25話 穴
出発後、地球時間で十二日が経過した。
この星の地形は単純な平坦さからは程遠く、巨大な山々や深い谷、大小のクレーターが散在している。
こうした地形の影響で、ローバーは急勾配の登り坂を喘ぐように登ったり、断崖絶壁を迂回したりしなければならず、進行はしばしば困難を極めた。
結果として、想定したような速度を出すことができず、補給地点への到着が大幅に遅れてしまっていた。
初めに積み込んだ食料と水は、ジローのブラックホールのような胃袋のおかげで、かなり心許ない残量になっていた。
だが、あと少しで初めの補給ポイントに到着できそうというところまでは来ている。
運転を長時間継続したこともあり、ノヴァはローバーを停止し、一旦休憩することとした。
「ふぅ……。なんとか食料が尽きる前に補充ができそうだな」
「早くお腹いっぱいたべたいデェス……」
助手席でジローが干からびたように呟く。
「お前がペースを考えず、バカバカ食うからだろ……!!」
ノヴァがツッコミを入れた、その時だった。
ズズズズズズ……ッ!!
地響きとともに、強烈な縦揺れがローバーを襲った。
「……! なんだこの揺れは!?」
あまりの揺れに、ノヴァは近くのアシストグリップにしがみつかなければ立っていられない。
「地震デス!」
ジローも驚いてはいる様子だったが、揺れる車内でも何かに捕まることなく、平然と仁王立ちしている。
「そんなバカな! なんでこんな星で地殻変動が!」
振動がさらに大きくなる。
たまらずノヴァは床に四つん這いになった。無様だが、怪我をするよりはマシだ。
「アハハハッ! ノヴァさん、生まれたての小鹿みたいデス!」
「うるさい! お前と違って俺は普通の人間なんだ!」
「ヒドイデス! ワタシもれっきとした人間デス!」
そうこうしているうちに、だんだんと揺れが遠ざかっていく。
揺れが収まった。
二人はまずは、ローバーの録画映像を確認してみる。
ローバーには、360度のカメラが搭載されており、直近24時間の映像は記録されているはずである。
しかし、なぜか、地震が始まる数分前から画像が乱れ始め、地震の時の映像は完全にノイズしか映っていなかった。
二人は、実施に状況を確かめてみるため、ローバーから降りた。
揺れの原因が何か見つかるのではないかと、周囲を見渡してみる。
「……なぁジロー、あれ」
ノヴァが指差した先。少し離れたところの地面に、ぽっかりと巨大な穴が空いていた。
警戒しながら近づき、穴を確認してみる。
穴の直径は二十メートルほど。
垂直方向にかなり深くまで掘り進められたのち、奥の方で直角に折れ曲がり、地面に対して水平方向へと伸びている。
ちょうど「L」の字を描くような空洞だ。
曲がった先の暗闇は肉眼では確認できなかったが、方角的に穴はローバーの停まっている位置の真下を通っているようだった。
ローバーの反対側を確認すると、もう一つ同じような穴が空いていた。
つまり、何かが地下を突き抜けていったのだ。
「これは……なんデスか……?」
不審な状況に、ジローが不安そうに眉を寄せる。
「分からない……。ここはただの枯れ果てた星だと思ってた。だけど……」
先が見えない状況。想像を超える事態。
そういうものに出くわした時、多くの人間は不安や恐れを感じずにはいられない。
ただし、これは決して生存に不利な特性ではない。
これから起こり得る“危機”を回避する本能は進化の贈り物であり、その臆病さがあったからこそ、人類は過酷な自然界を生き残ってきたのである。
この能力がなければ待っているのは、遅かれ早かれ破滅する運命だ。
「だけど?」
ジローが小首を傾げる。
人類の中には、その「生存の素質」を欠いている者たちが一定数いる。
そのような者たちは、こういった“未知”に出会った時、自らの内から恐怖や不安とは“別の感情”が湧いてくるのを抑える事ができない。
その先に待つ“何か”に期待を膨らませ、心が躍るのを止められないのだ。
たとえ行きつく先が、獣の腹の中だったとしても。
そして、ノヴァもその一人であった。
「もっと”面白いこと”に出会えるかもしれない」
ノヴァは、底知れぬ暗闇の穴を覗き込みながら、ニヤリと不敵に笑った。
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