第12話 救出
ローバーを走らせること七時間。
荒野の果てに、ぽっかりと大地が落ち込んだ巨大な陥没が姿を現した。
砂が――吸い込まれるように中心へ流れ落ちている。
「反応を検知しました。ここから距離にして十五分ほどの座標です。」
「……あれが落下物の衝突痕か?」
「いいえ。自然発生した“流砂の陥没”です。」
ノヴァは眉をひそめた。
「流砂だって!? まずいにもほどがある!」
アクセルを踏み込み、ローバーは砂煙を巻き上げながら陥没縁ギリギリで止まる。
ライトスーツのブーツに砂が吹き付ける。
軽量で動きやすいが、重作業に耐えるほどの強度はない。
生命維持も最低限――本来、こんな状況で使う装備ではない。
(フルスーツに切り替える余裕は……なかったな)
陥没の中心を覗いた瞬間、ノヴァの喉がひゅっと鳴った。
砂の中央から、人の腕のようなものが突き出ていた。
「なんだこれは……どんな状況だ?」
「生体反応、極めて低下。可及的速やかに救出しなければ死亡します。」
イブの声が、砂嵐の音の合間に淡々と響く。
ノヴァは迷いなくテザーロープを取った。
「長さはギリギリだが……これでいくしかねぇな。」
ロープの片端をローバーに固定し、もう片端を自分の腰へ巻きつける。
「危険です、マスター。
ライトスーツは耐荷重サポートも制限されています。
救出成功確率は――限りなく低いです。」
普通なら足がすくむ言葉。
だがノヴァは笑った。
「イブ。俺のギアはそんなやわじゃねえ。行くぞ。」
ノヴァは一歩――流砂へ踏み出した。
その数歩後、ライトスーツの警告音が鋭く鳴る。
《警告:負荷過多。脚部アクチュエータ推力40%低下》
「まだだ……!」
足が膝上まで沈んだ。
砂が生き物のように絡みつき、引きずり込んでくる。
踏み込むたびに足場が崩れ、バランスが奪われる。
ライトスーツの補助では支えきれない。
いまのノヴァは、ほぼ生身の筋力だけで砂の引力に抗っていた。
「重てぇ……っ!」
それでもノヴァは歩みを止めない。
腕のあった位置まで――あと数歩。
しかし腕はもう砂に飲まれていた。
「マスター!これ以上はローバーごと流砂に飲まれます!」
ロープはピンと張り、ノヴァの腰を締め上げる。
振り返ればローバーのタイヤは陥没縁に半ば乗りかかっていた。
(ここまで来て……諦めてたまるか!)
――父ちゃんなら。
その一瞬の思考が、全身へ火をつける。
ノヴァは前へ倒れ込むように腕を伸ばし、砂へ腕を突っ込んだ。
「どこだ……どこにいる……!」
視界は砂に閉ざされ、呼吸フィルタが悲鳴をあげる。
《警告:フィルタ機能40%低下》
それでも必死にかき回す。
指先が――硬いものに触れた。
「……いた!!」
掴んだ瞬間、ノヴァは叫んだ。
「今だァ!! バックしろッ!!」
ローバーが全力で後退する。
ノヴァの身体が“引きはがされるように”流砂から抜けていく。
砂の抵抗が全身を引き裂くように襲いかかり、ライトスーツの関節サポートが悲鳴を上げた。
視界も砂に覆われ、あとどれくらいで抜け出せるかもわからない。
《警告:出力上限突破。パワーサポート停止まで5秒》
「離すかよ……ッ!!」
握力が限界を超えている。もはや、腕が千切れそうだ。
それでもノヴァは掴んだものを――絶対に離さなかった。
数秒後。
ノヴァの体は陥没縁を超え、固い地面へ転がり落ちた。
「……はっ……はぁ……っ……」
息は荒れ、喉は砂で焼けつくようだった。
それでもノヴァは、震える手で掴んだ“それ”を見た。
――人型。
太陽系のどの宇宙服でもない、異質なスーツ。
そして。
ヘルメット越しに見えた顔は――
髑髏だった。
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