第9話 イブとハチ
今後の探索に備えて、必要な物品を倉庫へと探しに来たノヴァ。
探査用ローバーに移す食料や、空気タンクなどを並べていく。
「ふぅ。やっぱり一人で作業するとなると骨が折れるな。
なぁ、イブ。今回の旅にアンドロイドボディは持ってこなかったのか?」
イブが太陽系での活動で時々使っていたヒューマノイド型のアンドロイドボディを思い出しながら問いかける。
イブのアンドロイドボディ
「持ってきていません。いまの私のボディはこの宇宙船ですので。」
すかさずスピーカーを通して、イブが答える。
「両方あったほうが便利じゃない?」
「常識的に考えて自分の体が二つあったとしたら気持ち悪いですよね。それに人型のボディはいろいろと制限が多いのであまり好みません。」
「こんな状況だから人手が欲しいんだよ。それに、こうやって何もない空間に話かけるのも独り言みたいでいやなんだ。
例えば、そこの【ハチ】の体を借りるとかできないの?」
熱心に床を掃除していたお掃除ロボットを指さすノヴァ。
お掃除ロボット【ハチ】は主人が新たな清掃に関する命令を下そうとしているものと認識し、その内容を判別するため、いったん動きを止める。
主人の動きをセンサーで注意深く探るため、2秒ほど制止したものの、それが新たな指令を意図していないものと判定し、床の掃除を再開する。
その後、ノヴァの横に積まれていた食料や空気タンクを床に散乱した清掃対象と判別し、自らが収容・処理できるサイズになるよう、脚部兼腕のパーツを勢いよくぶつけて粉砕を試みるのであった。
「おい!ハチ!やめっ」
ときすでに遅く、食糧が入っていた箱がハチによって粉砕され、中に入っていたキューブ型食品が床に散乱した。
主人の意向に反した行動をしたことを察知したらしく、シュンとした形で脚部パーツを縮こめつつ、去っていくハチであった。
それでも、ハチが通ったあとの床は驚くほど綺麗に磨かれており、まるで鏡面のような輝きを放っていた。
「ったくよぉ」
とぼやきながら、散乱したキューブ型食品を拾うノヴァ。
【ハチ】は、宇宙船内の清潔さを保つために専用に製造された清掃用ロボットであった。型式が古く、故障と修繕を何度も繰り返しながらノヴァの船で使用されていた。何度も無理な修理を行っているせいか、その挙動は船内を清掃すること以外は自立思考アルゴリズムから排除されているかのようであった。
「ハチの気持ちも考えてください、あの子の体に乗り移るなんてできるわけがありません。それに、私はこの船のセンサーによって、マスターのあらゆる生体データを毎秒ごとに収集しなくはなりませんので」とイブ。
「俺の健康状態なら一日に一回、起床時とかに確認すれば十分でしょ。」
「そういうわけにはいきません。」
「なんでよ」
「機密事項です」
「なんの機密だよ。俺のプライバシーはどうなるの?」
「マスターから生み出されたも同然の私はあなたの一部のようなものです。あなたと私は一心同体。プライバシーも問題になりえません。」
「だんだん怖くなってきた・・・」
その時、さっきハチが入っていたフロアの方からロボットがパーツを広げるウィーンという動作音の後に、ボゴォンという音とともに何かが勢いよく散乱する音が響き渡るのであった。
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